第七話

「ーーあのマギと、マギと共にいるかわいそうな子も本当はここへ連れてきたかったんだけどね。」

邪魔をされてしまった、と憂うウーゴはそっと目を伏せた。彼の指す人物にアラジンは首を傾げるが、ウーゴの口からそれ以上聞くことはできなかった。真っ白なルフで満たされたこの空間には、聖宮生物とウーゴ、アラジンの姿のみだ。
連れてきたかったとされる人物について知りたいアラジンの気持ちは、ウーゴに届いただろう。だが、今はその時ではないと言葉はなくとも笑顔が返される。そっと言葉を紡ぐ彼に、アラジンは意識を向ける。

アリババの功績により、収まりかけた反乱はカシムによって焚きつけられてしまった。カシムの行動により、流れるはずのなかった血が多く流れた。そして、奮闘するアリババ達を嗤うように悲劇は起きた。カシムが己の胸に突き立てた闇の金属器。その力でカシムは、大きな黒いジンと化してしまった。

「よぉ…これでいいんだろ?」

国の兵士、モルジアナ、シンドバッド達の協力によりアリババが巨大な一撃が放たれるはずだった。突然背後に現れたジュダルによって、アリババは地に落とされてしまう。表情のない彼の近くに現れたのは”銀行屋”と、魔法で宙に浮かぶルーティの姿だった。
黒ルフの渦に閉じ込められているかのような彼女の顔色は悪い。そしてそれはジュダルも同じであり、銀行屋は表情を見せぬまま病み上がりの彼にさせていることを詫びた。倒れるアリババ達を見下ろすジュダルはちらりとルーティに目をやった。病み上がりの彼よりも色のない彼女は、まるで大きな人形のようだ。宙に浮かぶ彼女の四肢はだらりと重力に従い、垂れている。血が通っていることも疑う色に、ジュダルはふっと目を伏せた。だが、それも一瞬のことでジュダルは視線を変え、不機嫌そうに言葉を続けた。

「あんな奴わざわざやる意味あんのか?」
「彼は何度か我々の作る流れを妨害している。そして、今後も厄介な存在になると見える…今のうちに消しておくべきだ。」

彼らの瞳に映るのは、こちらを睨みつけるアリババの姿。酷い怪我をしたその姿にジュダルは心の中でため息をついた。脅威になるような人間には見えない。わざわざ、それも”マギ”である自分が手を下す必要性は今の説明からでも納得することはできなかった。だが、仕事は仕事だ。思考を切り替えたジュダルは己の身に起こる異変に気づいた。普段と調子の違う体は、決して悪いものではなかった。病み上がりというマイナスな状態を鑑みても、やけに力が湧いてくるのだ。

黒ルフに染まったこの地は、ジュダルにとって都合がいいらしい。同じ堕転した身であるルーティにジュダルはじっと目を向けた。

「じゃあ、ここにいたらルーティも回復するってことだな?」
「左様。この地にいれば魔力供給も容易い…目が覚めれば、思う存分金属器を…」
「んな雑魚にこいつの力はいらねえ。起きても使わせるんじゃねえぞ」

途端に苛立ったジュダルは、強く釘を刺すとジンに向き直った。同時の思い出されるのは、数刻前に銀行屋から聞かされた言葉だった。

自分が意識を失ってから数日間、彼女は一睡もせずジュダルに付き添っていた。そして、目が覚めないジュダルを想い、”ジンを使わない”約束を破りジュダルに力を使ったのだ。早く治るよう、ありったけの魔力を用いて。当然、魔力のなくなった彼女は倒れ、現在に至っている。目が覚めたと同時に彼女の倒れる光景は、あまり心地のいいものではない。むしろトラウマに分類されるものだった。
この地に着き、彼女の顔色はいくらかよくなった。だが、健康的な顔色にまで戻ってはいない。

自分は目が覚めたというのに、彼女は今にも死にそうな顔で固く目を閉じたまま。まず彼女が目を覚ましたら、約束を破ったことについてきつく叱らねばならない。その後、落ち着いたらこの地を観光でもしよう。もっとも、店主が生きているかは不明だが。

「(…早く、終わらせねえと)」

暗い色を纏った彼は、急ぐように黒のジンの元へ降り立った。楽しい戦闘に必要不可欠な彼女の意識は、未だ戻らない。

シンドバッドは身動きを封じられ、アリババの命が終わる直前であった。突如空から降り立ったアラジンは多くのルフを纏い、アリババに手を差し伸べた。それは出会った時と変わらない光だった。

魔法の使えなかったアラジンは、白いウーゴや熱魔法を使えるようになっていた。突如力を増やした彼に、ジュダルは笑みを深める。だが、同じマギであるジュダルに、アラジンの攻撃は効いていないようだった。早くジュダルを倒さなくては、と焦る彼らにアラジンはにこりと微笑んだ。余裕があるというわけではない、まして諦めているわけでもない。そんなアラジンの様子に言葉を失っていると、突如ルフの突風が巻き起こる。アラジンの額には、六芒星の光の陣が浮かんでいた。

「なんだァ?”ジン”の腹に食われちまったぜ。ただのハッタリだったんだな、ハハッ!」

ジュダルの言葉の通り、アリババは黒のジンに取り込まれてしまった。額に光を宿したままのアラジンは、焦る様子もない。ぐるりとジュダルへと振り返ると、睨みつけるように目つきを鋭くさせた。射抜くような強い瞳に、ジュダルは目を細める。

「君達にも伝えたいことがある」
「ああ?」

平坦な口調で言い放つアラジンを見下ろす彼に、波のように映像が押し寄せる。意識が奪われていく。火に襲われるどこかの村だ。紙芝居のように切り替わる映像は、見に覚えのないものだ。見知らぬ男女が、涙を流し自分と思わしき赤ん坊を見ている。だが、それも一瞬のことで。目の前で頭を撃ち抜かれ命を落とした夫婦の後ろにいる見慣れた姿に、ジュダルの息が詰まる。

「やめろ!!」

気が狂いそうだった。半狂乱になって頭を押さえる彼は、ついには浮遊魔法もままならず、落ちてしまった。尋常ではない様子に、覆面の男はジュダルの名を呼ぶも返事はない。苦しそうに顔を歪める彼に忍び寄るのは、真っ白なルフ達であった。黒を白に染めるほど、強い光だ。
彼に気を取られていたせいで、覆面はルーティに伸びる光に気づくのが遅れた。黒のルフが光によって剥ぎ取られた彼女が、白に包まれる。彼女を見つめるアラジンの顔は変わらない。ぴくり、とルーティの指先が動いた。ジュダルと同じように、彼女の脳にとある景色の映像が押し寄せる。

目の前にいるのは、金の長い髪を持つ少女だった。自分の顔とよくにた少女の顔はすぐに霧がかかったようにぼやける。かしゃり、景色が変わる。次に映ったのは、必死に自分に手を伸ばす少女が遠くなっていく映像だった。視点の主がいたらしい場所は王宮のようで、どこか既視感があった。

見たことのない景色のはずだ。見に覚えのない出来事のはずだ。だというのに、押し寄せる既視感に脳が悲鳴を上げる。苦しそうに眉を寄せ、息を吐いた彼女にやっと気づいた覆面は舌打ちをもらす。間髪いれずに黒のルフで彼女を覆うが、ルーティは苦しげに顔をしかめていた。このままではまずい、と覆面は彼女を取り巻く黒をより一層濃いものへと変える。染み込むように、押さえ込むように彼女に纏わされた黒は姿の認識ができない程の量だった。

一瞬、見えたのは。にこりと微笑む少年の顔だった。銀の短い髪に、口元に巻かれた包帯。大きな隈に、隙間から見えるそばかす。認識する前に、目の前の少年は滅多に上げない口角を上げたのだ。

「ずっと、一緒だ」

どこか遠くで囁かれた言葉のように感じた。
嘘つき。呟かれることのなかった彼女の言葉は、意識と共に沈んだ。

2018/02/07