「ロシアで待ってろっつっただろ!!」
「えっと」

ユーリの怒声に眉を下げた女性は、引っ張られたままの腕に視線をよこした。転びかけた体を支えたのは他ならぬユーリであり、この支える腕がなければ今頃階段から転げ落ちていただろう。

「ありがとうね、ユーリ」

へにゃ、と微笑んだ彼女に青筋を立てる。脈絡のない言葉のキャッチボールは、話を聞いていない証拠でもあった。何に対してありがとう、と言ったか勇利は理解しておらず首を傾げる。

「だ、か、ら!なんでここに!」
「心配だから、追いかけてきたの。ユーリはまだ子供だからね!おねーさんが守ってあげなきゃ」
「その対象にたった今守られたオメーに何出来んだよ!!」

あ、と間抜けな顔で納得してしまった彼女は相変わらずふにゃりと微笑んでいる。もうきちんと立っているのに離れない手に、心配の文字が霞んで見えた。離せば落ちるとでも思われているのだろう。掴む力はユーリにしては弱く、愛されてるなぁとにやつく。

「おい聞いてんのか」
「私はそんなヤワじゃないから放ってくれて大丈夫だよ」
「うるせえポンコツ」

口では辛辣な言葉を投げるが、纏うオーラはいくらか緩い。恋人か、と勘繰るも二人にそのような甘い空気はない。恋人というよりは姉弟のような、そんな親しさがあった。
自分も旅館に行くと発言したユーリだが、この人はどうするのか。勇利がそう思案してすぐ、ユーリはまた怒鳴り声をあげ、眉間の皺をこれ以上ないくらい寄せた。

「おいなまえ!お前熱あるぞ!」
「長谷津はロシアよりあったかいね*」
「うるせえ!てめー風邪引いてんじゃねーか!だから来んなって言っただろ!おい豚!旅館どこだ!」

どうやら彼女も勝生家経営の温泉旅館に泊まることになるようだ。奪った彼女のスーツケースを片手に持ち、もう片方の手はしっかりと彼女の腕が掴まれている。ユーリより年上らしい女性はユーリより小さく、ふらふらとしていた。

「久しぶりに日本帰ったらあったかいなぁ」

「熱だポンコツ」

どうやらだいぶ頭のネジが緩いらしい。



2018/02/07