「すごい、すごいユーリ!」

氷を滑りながらこちらへ戻って来たユーリに興奮を隠せず駆け寄る。出会ってから3日目、風邪はユーリのおかげでだいぶ緩和した。そして、ユーリのおさがりで暖かい上着を借りた。あの寒いコートはユーリがどこかにやってしまった。

「…これ巻いとけ」

強引に巻かれた豹柄のマフラーに、彼女は驚くもふにゃりと微笑む。そんな彼女に、ユーリは頬を染める。

一目惚れ、なのだろう。人とどこか違うオーラを持ち、儚く笑う彼女に心奪われていた。放っておけずに助けたが、話せば話すほど目が離せない。恋に、落とされていた。

楽しくて仕方ない、ユーリといる時間は。今までないくらい頬は緩み、暖かく優しいものが彼女の胸を包み込んだ。だが、それも明日で終わる。何故なら明日帰ることが決まっているのだから。

「帰りたく、ないなぁ…」

小さくこぼした彼女の心の声に、ユーリは目線を外す。移った先にいたのは、何故かユーリに対抗して来る彼女の弟がジャンプを失敗している姿だった。それをフッと嘲笑し、ユーリは彼女に向き合う。そして、少し外に出ないかと告げた。彼女はきょとんとしたが弟は眼中にないようで、ふんわりと笑って頷いた。

外と言えども雪積もる外ではなく、スケートリンクから離れた談話室のような場所に、彼らはいた。

「帰るな、ロシアにいろ」

その言葉に、彼女は目を見開く。そして睫毛を伏せ、悲しそうに言葉を返した。

「…私、日本語しかできないよ」
「俺がいる」
「体も弱いし頭もよくないし、運動もできないよ」
「おめーはスケートしねーだろ。関係ねえ」
「…何しても、だめだし」
「じゃあ何もしなきゃいいだろ、やりたいことやれ」
「ーーっ なんで、私を、」
「うるせえ、責任取るから側にいろ!」

彼女の頭の悪さも、運動神経の悪さも、体の弱さもこの数日間で充分に体感していた。それでも側に欲しいと、彼は望んだのだ。歯を食いしばっていた彼女はとうとう涙を流し、震えた手でユーリの手に触れた。

「ずっと、側にいてください」

それは契約だった。彼は側にいろと、彼女は側にいて欲しいと望んだ。お互いの利害は一致し、契約は交わされた。

この後、彼女をロシアに置くにあたりヤコフが苦労することになるとは知らずに、彼はスケートリンクで選手を見守っていた。


2018/02/09