※少し暗いです


ふと強い目眩がして、目の前が見えなくなる。手足の感覚もない中突如体に襲う浮遊感に鼓動が止まるかのような感覚。ひゅ、と風を切るような音と共にどこか床のような場所に体が投げ出された。受け身もなく落とされたようで、あまりの痛さに唸っていると聞き慣れた声が降りかかる。

「誰だ!」

突然耳に届いたその声に思わず顔を上げると、こちらを見下ろす金の髪に褐色の肌、空色の瞳が私を映していた。

「っあむ…!?」

コスプレの人?慌てて身を起こすとこちらを警戒するように睨みつける安室透、というか降谷零が視界に入る。風見さんもいる。コスプレ会場にでも来てしまったのだろうか。増えるばかりの疑問符を消化できずにいると、ふと手元がぬめぬめとしていることに気づいた。ツンと香る鉄の臭いに目線を下げ、後悔する。

「ヒッ…!」

咄嗟に仰け反るもあたりには血溜まりができているのか滑るばかりだ。なにこれ、そういう撮影?驚いて思わず涙が出てしまった。手や服についた真っ赤なものが本物だと思いたくない。
困惑したまま安室さんと風見さんのレイヤーさんに視線を送ると、眉間に皺を寄せた安室さんが私のすぐ近くまでやって来ていた。

「さ、撮影ですか?」
「何者だ」

なんだかこの安室さん怖い。降谷の方なのだろうか。腕を掴まれ立ち上がらされると、スカートにべったり赤いものがついていた。洗っても取れない気がする。これ、血のりとかだよね?

何者だと言われても。慌てて名前を名乗ると険しい顔のままこちらを見下ろしていた。風見さんにアイコンタクトをしている。そういえばこのレイヤーさん、身長高いなぁ。本物みたい。

「この男に見覚えは?」
「ないです、けど…」
「けど?」
「さ、撮影…ですよね…?これ、本物とかじゃ…」

すっと、空気が変わったような気がした。掴まれたままの腕が痛い。気づけば手が震えていて、どこかへ連絡をしていたらしい風見さんが降谷さんに声をかけるまで放心状態のようになっていた。降谷さんは、一先ず私をこの場から離れさせることにしたらしい。引かれるままついていけば、やはりそこは見知らぬ場所。

身体検査をされた後シャワー室に押し込まれ、渡された着替えに袖を通す。やっと髪を乾かしてシャワー室を出れば、腕を組み壁に寄りかかっていた降谷さんが待ち構えていた。顔がいい。何をしても様になるなぁ。それにしても、ウィッグ暑くないのだろうか。

「貴女の戸籍は見つからなかった。先程の内容に嘘偽りないな?」
「は、はい…」
「そもそも、何故あの場に突然現れた?どこかに隠れていたわけではないのだろう」

静かに、淡々と問われなんだか怖くて経緯までぽろりとこぼしてしまった。まぁ、目眩がして気づいたらそこにいたというだけなんだけれど。それを告げると更に降谷さんは眉間のしわを深くさせていた。

「あの、レイヤーさんですよね…?」
「は?」
「安室さんというか、降谷さんのコスプレですよね?」

突然、氷河期が訪れたかのようだった。失言をしたのだろうか。いやでも、リアルでこんな人がいるわけがない。声もあの声優さんの声をしているけれど、声真似が上手いレイヤーさんなのだろう。

じっとこちらを見るレイヤーさんを直視できず視線をうろつかせる。リアルとは思えないくらい綺麗な顔だなぁ。

「降谷さん!彼女は…」
「…ちなみに、この男の名前は何だと思う?」
「風見さん…」
「なっ…」
「知り合いではないな?風見」

何が、起こっているんだろう。そういえばスマホがない。何も、私物がない。服も着替えさせられたから、私服ではない服で少し居心地が悪い。突き刺さる視線に眉を寄せる。ドクドクと心臓が嫌な音を立て始めた。

おかしい。レイヤーさんなら、すぐそうやってカミングアウトするはずだ。あの血溜まりも、撮影やセットならそう言うはずだ。彼らは否定も肯定もしなかった。けれど、無言は肯定という言葉もある。

まず、何故二人は名前を言って驚くんだろう。夢小説でトリップした夢主が思わずキャラの名前を言ってしまったような反応じゃないか。どくどくどく、心臓がうるさい。

大体、戸籍がないなんてそんなわけがない。ドッキリにしても、こんな一般人に仕掛けてなんの意味があるのだろう。

…もしかしなくても、これ、コナンの世界にトリップしてる?既に彼らの名前を言ってしまった。詰んだ。
















トリップができるなら、補正ありの夢主としてトリップがしたかった。ここは結ばれることの約束された世界ではない。

ただ同じ空間にいられるというだけで恵まれているのだろう。それでも、その瞳が私に向かないことに耐えられるほど浅い愛ではなかった。本気で、彼のことが好きだった。だからこそ叶うはずがないと痛感する日々は地獄のようで、心臓の音が消えていくような心地だった。

夢小説のように甘い言葉を吐くわけでもない。コナンくんのように優れた頭脳も持っていないし、蘭ちゃんのように優れた身体能力を持っているわけでもない。私には、何もない。ただ突然現れて戸籍もない、漫画で彼らを見たとおかしなことを言う変人にすぎないのだ。夢だったのならよかったのに。

「動くな!動けばこの女を撃つぞ!」

死ねば、元の世界に帰れるかもしれない。その考えに至って数日、転機が訪れた。いつものように監視をされたままの日々をただただ過ごしていたある日のこと。即死を狙える場所を探すため外に出たいとわがままを言った私に風見さんが監視役としてついていた。そんな時、風見さんに恨みがあるらしい男に背後から取り押さえられ、銃を突き付けられ現在に至る。

普通なら、恐怖で震えて言葉を失っていた。絶望に染まった私の瞳に映る蜘蛛の糸に、目が離せない。拳銃、これがあれば。この男が引き金を引いてくれれば私は死ねる。頭に撃つと一発で死ねるのだろうか。頭蓋骨を貫通してくれるのだろうか。…痛いのかな。

様々な思考がごちゃごちゃと混濁し始める。一つだけハッキリとしているのは、何としてでもこの銃を引いてもらわなくてはいけないことだった。男は私に銃を突きつけるだけで、引き金を引く気配があまりない。本当に脅迫の為だけに使っているようであった。が、先程発砲していたから弾があることは確認できている。

「!おい暴れるな女!殺すぞ!」
「殺せるものならどうぞ」
「てめえ!」

逆上した男に鼓動が速くなる。これでいい。逆上した男が銃を撃ち、急所に当たれば。がっと首を掴まれ、気道を圧迫され息が詰まる。苦しさに顔を歪めると、目の前には銃口があった。早く、早く、早く撃って。早く、私を殺して。

銃にかけられた指が引かれるのを確認し、ぎゅっと目を閉じる。やっと死ねる。やっと、好きな人に見向きもされない世界から逃げられる。体に巻き付いていた重いものから開放されたような心地に肩の力が降りた。その瞬間、銃の音ではない、殴るような音が響いた。

「確保!」

複数の足音が駆けていく。床に投げ落とされた体に痛みが走る。撃たれてない、死んでいない。目を開ければ降谷さんが犯人を取り押さえたようで、部下の人達が男を拘束していた。いつの間にいたんだろう。

ふと、目に入る。飛ばされた拳銃は床に転がったまま。まだ誰も手に取っていない。慌てて這いずって手を伸ばす。手が伸びればいいのにと今ほど馬鹿な考えを真面目に考えたことはなかった。拳銃に手が伸びるまで、あと少しのところで拳銃が蹴り飛ばされた。

「…!」
「…お前」

スーツの足に、革靴。蹴り飛ばされた拳銃は他の人が押収してしまった。蹴り飛ばした犯人は、わかっていた。おそるおそる見上げると、私を見下ろす降谷さん。逆光で見えずらい降谷さんの顔は、どういう顔をしているのかわからなかった。小さく開いた口元は、何を考えているのだろう。


ああ、死ねなかった。次はどうやって死のう。

強く握りしめた掌に、強く強く爪を立てた。

「…銃を、どうするつもりだった?」
「……」

問いかけられた声色は、何故か柔らかい。そっと優しく立ち上がらされ、嫌でも降谷さんの顔が見えてしまう。視界に入った彼の顔は、私では推し量れないものだった。何を考えているのか、わからない。

「危ないと、思って」
「……そうか」

ああ、きっとこんな嘘見抜いているんだろうな。目を合わせないまま呟いた言葉は受け入れられたけれど、きっとわかっているのだろう。普段の私を、降谷さんは知っているのだから。死体を見て震えあがり涙をこぼすような小心者に、銃を突きつけられて挑発するような芸当ができるはずがない。ここ最近の私の行動も、きっと報告はされている。頭のいい降谷さんのことだから、予測くらいはできるだろう。

どうやって、どうやって死のう。それも、降谷さんや風見さんたちのせいではなく、だれのせいでもなく事故で死ねるような方法。












※設定
突然トリップして危ない組織との抗争現場に落ちてしまった。レイヤーさんかと思っていたけれど、そのせいで安室さんや風見さんの名前を知っていることが露呈してしまい警戒される。戸籍もなく、漫画で自身らの名を知ったとおかしな発言をする女性という嫌な立ち位置。二人は自分たちの目で突然夢主が現れたのを見てしまっている為、半信半疑。

その後用意されたマンションの一室で監視される日々を過ごす。夢小説などとは違い甘さのかけらもなく、むしろ疑心的な目を降谷さんから向けられる。夢小説の世界にトリップしたかった。少し経って自殺の道を思いつき突っ走るが、それを察した降谷さんが全て阻止していく。

監視中の部屋での会話や他の部下との会話などから、夢主という人格を知っていく。あまりにも死のうと突っ走る為徐々に保護欲が増していき、守る為に側にいることが増える。だんだん気づいたら恋に落ちていて結ばれるといいな…。


2018/05/21