手のひらにこぼれた大量の花に、血の気が引いた。血を吐くように吐き出されたこの花達は間違いなく私の口から落ちたものだ。柔らかい桃色に染まった花は私に訴えかけているかのよう。滲んだ色に、まるで私の感情があるかのようで吐き気を覚えた。

ああ、この現象を私は知っている。

花吐き病。諸説がありすぎて原因はわかっていないけれど、共通しているのは恋の病。すぐに思い浮かんでしまったあの人の姿に涙が滲んだ。ああ、そんな、気づきたくなかった。隠さなきゃ。この感情を絶対に見られてはいけない。そう固く決意をしていくつも日が流れた。












「なまえさん!大丈夫ですか…!」

突然発作のようにえずき、慌てて手で押さえるも口から花が落とされる。手から落ちた花がテーブルに落ちる。慌てて駆けつけた安室さんの姿に心臓が止まるような心地になった。こないで、と紡ぐこともできず私は咳き込んで言葉を失う。

トイレに駆け込もうと慌てて席を立つが、添えられるように安室さんの手が背中に回る。すると、抑えきれない嘔吐感と共に吐き出されたのは真っ赤な花。振り払うこともできず咳き込む私は気づけばポアロの事務所へ通されていた。

「落ち着いて、ゆっくり深呼吸してください」
「…っは、は…けほっ、」
「大丈夫ですから」

優しく背中をさすられ、膝下に置かれた袋には吐き出された花がどんどん詰められていく。ぼろぼろ涙がこぼれてしまい、きっと化粧はぼろぼろだ。吐いている姿なんて人に見られたくないのに。ましてや、好きな人に。

こんな一般客の私にまで優しくてかっこよくてキラキラしていて。悩み相談にのってくれたり、いつも優しい言葉をかけてくれたり、雑談に花を咲かせたり。気づけば常連になっていて、気づけば好きになっていた。
でも、安室さん目当ての常連客なんて私以外にもたくさんいて、私よりかわいくて美人で能力の高い人もいっぱいいて。脈もないし成就するはずのない恋。叶わない恋に、また心臓がしめつけられる。そしてまた、ごぽりと大量の花が落ちた。

ああ、もう、死んでしまいたい。

この感情を見せるものかと、花を吐くものかと必死だったのに。きっとモテるだろう安室さんに好意がバレれば、きっと避けられてしまうし鬱陶しがられてしまう。ポアロに行けなくなる。好きな人を眺めることすらできなくなってしまう。だから必死に隠していたのに。

くらくらと目の前が歪む。流れる涙も、口から落ちる花も止まらない。こんなに花を吐いたことは今までになかったけれど、きっと安室さんが側にいるからだ。

「…なまえさん」

手が添えられ、ぐっと目線が上がる。反応する間もなく気づけばぐっと近づいた安室さんの顔があって、急に息ができなくなった。

息ができない。唇に柔らかいものが押しつけられている。反射で胸板を押そうと伸ばした手は、安室さんの大きな手に掴まれた。頬に添えられていた手はいつの間にか腰に回っていて、ぐっと距離が縮まってしまう。
酸素が足りなくて、身を捩る私に気づいたのか少しだけ唇が離れた。慌てて呼吸をした瞬間、また口を塞がれる。仰け反って逃げようとしても回された腕が許さない。

深く唇が合わさり、リップ音にカッと顔に熱が集まる。歯列をなぞられ、びくりと口を開けてしまいそれを狙ったかのように口内に侵入された。鼻を抜ける自分の声が聞いたことのないくらい甘いもので、びくっと震えてしまう体は自制が効かない。ねっとりと舌が絡められ、感じたことのない感覚に体がおかしくなっていく。まるで、食べられているかのようだ。


「…っは、知っていますか?」
「っ、…?」
「花吐き病の治し方は、失恋をするか恋が成就するかなんです。人魚姫のように、通じ合った想い人とキスをすれば治るんですよ…」

ゆるく目が細められた。呼吸も必死な私はまだ安室さんに囚われていて、ぐっとまた顔が近づきびくりと肩が跳ねる。またぱくりと食べられるように口が塞がれ、ぎゅっと目を閉じた。

花は、もう出てこなかった。






2018/06/13