※降谷零side
※綺麗な話のままで終わりたい方は閲覧をお控えください













なまえが死んだ。

嫌な予感がして部屋に行けば、フローリングに倒れるなまえの姿があった。あいつが死んでから彼女は急変し、魂が抜けたようになっていた。死を連想するようなオーラが出るほど落ち込む彼女に危機感を覚えていたのに、遅かった。俺は、俺は、何をしていたんだ。

あいつと幸せそうにしていたから手を引いた。俺ならもっと幸せにできると叫びたい想いをぐっと抑え込んで、二人におめでとうと笑いかけた。その我慢した結果が、これか。

「…ん?」

ひとまず救急車、とスマホを取り出した時何かが光っていることに気づいた。見れば光っているのは彼女の体で、光の粒が彼女を包むように増え始めている。非科学的な光景に思わず息を呑んだ。

大量の光の粒が彼女を包み込んだところでハッとして慌てて駆け寄るが、音もなく彼女の死体は消えてしまった。

「…は?」

そして、代わりになまえが現れた。


何が起きているのかわからない。一先ずスマホをしまい膝をついて彼女に触ると、あんなに冷たかった彼女の体は生きているかのように暖かい。口元に手をやれば、すやすやと眠っているかのように穏やかな呼吸を繰り返していた。
髪型は少し違うけれど、起こさないよう抱きあげれば見間違うことなくなまえの顔。この服を着ているところは見たことないが、なまえだ。

冷静に彼女を今一度見つめれば、側に彼女のものと思われる鞄が落ちていた。彼女を床に寝かせ、自分の着ていた上着をかけてから鞄を手に取る。携帯に財布、ポーチとノートが入っていた。携帯をつけてみれば圏外になっている。彼女の指を拝借しスマホを開けてみれば、俺に似たイラストの男の待受画面。比較的整理されたアプリ一覧を少し弄って見たが、電波が繋がらず見ることが出来ない。唯一開けた写真フォルダを見てみれば彼女の人間性がよくわかった。

それから、俺に似た男のイラストが多いことも。この謎は後で解くとしてスマホをしまい、次に彼女の財布を手に取る。身分証も確認し終え、俺は小さく息を吐いた。

目の前で眠るなまえに、視線を移す。

非現実的で非科学的だが、恐らく彼女は別世界のなまえだ。パラレルワールドというやつだろうか。真偽はともかく、彼女は俺の知っているなまえではない。けれど、なまえなのだ。

あいつと付き合っていないなまえだ。

見たところ付き合っている男はいない。フォルダにそんな写真もなかった。そして、詳細は確認していないが、待ち受けにするほど好きらしいイラストの男と俺は似ていた。
これは神様がくれた俺への贈り物なのではないだろうか。神を信じているかどうかはさておき、目の前のなまえはおそらく俺に似たイラストの男が好きだ。これ以上なく都合のいいことがあるだろうか。

小さい光の粒ふわりと浮かんだ。そうか、また元の世界に帰ってしまう可能性があるのか。

「…」

ふと、黄泉竈食の言葉が浮かんだ。死んだイザナミは、黄泉の国の食べ物を口にして帰れなくなった。このなまえも、この世界のものを口に含めば帰れなくなるのではないか?

今からなまえの部屋を探して食べ物を食べさせてもいいが、意識のない人間に固形物を食べさせるのは困難だ。液体、と考えたところでふと一つの考えに至った。寝かせていた彼女の頬に手を伸ばす。伏せたまつ毛は長く、起きそうにないことを確認してから指で彼女の唇を押した。隙間が出来たのを確認し、彼女の頬を包んだ。

食べるかのように、唇に噛みつくかのように唇を合わせた。焦がれていた彼女の唇は柔らかく、そっと目を閉じる。唾液を流し込み無理矢理飲み込ませれば、一瞬で彼女の周りを浮遊していた光の粒が消えた。そして、幻覚のように思えていた彼女を確かに目の前に存在していると認識できるようになった。

ああ、これで彼女は元の世界に帰ることはできなくなった。口角が上がるのと同時に胸の中に湧いた罪悪感を無理矢理押し殺す。


眠れていないだろう彼女に、と持ってきていた睡眠剤を口移しで彼女に飲ませる。これでしばらくは起きることはないだろう。
なまえを俺の家に運んで、鞄は絶対になまえが触れない場所へ隠そう。そうだ、なまえが起きたら元からこの世界にいたという体で話しかけよう。それから、彼女の服を変えなくては。

抱き上げた彼女の質量に胸が踊る。

このなまえは、俺のものだ。























自分のパジャマをなまえに着せる最中、膨れ上がる欲情を抑えるのには苦労した。薬のおかげですやすや眠るなまえは天使のようにかわいらしい。

部屋を掃除し、同棲しているのを信じさせる為に色違いの歯ブラシやタオルも買った。同棲し始めて日が浅いと言えば丸め込めるだろう。

ただ、あのなまえは別世界のなまえであって、俺の知るなまえではない可能性がある。その時のことも考え、念入りに準備を進めた。

「おはよう、なまえ。よく眠れたか?」

ぼんやりしているなまえに微笑めば、ぎょっとしたように視線をせわしなく動かした。自然に口づけをしてやれば、林檎のように赤くなったなまえの頬。このまま食べてしまえそうなほど愛らしい彼女に笑みがこぼれる。

最初からそういう世界だったかのように、俺はなまえの彼氏であることを説く。まぁ言葉だけでは丸め込めないだろう、と彼女の唇を何度も塞ぐ。かわいらしい反応に違うところが勃ちそうになるが、まずはなまえを丸め込むことだ。


甘いものが好きで、流されやすくてかわいい彼女は別世界でも変わらない。いや、同じ彼女が飛ばされたのか?
知らぬ男にキスをされ襲われかけているというのに満足に抵抗もできず、あまつさえ運ばれてしまうなまえの危機管理能力が不安だ。まぁ今後は俺がいるから問題はないが。

調理をしながらなまえのひとつひとつの動作に神経を澄ませる。目の動き、指先の動きに心情。ニュースをわざと見せてやれば、地名を何度も見返していた。あまりにも知らない地名というわけではなさそうだ。だが、全く同じではないらしい。
さりげなくテレビを変えて反応を見れば、小動物の姿に頬を緩ませていた。かわいい、と呟くお前がかわいいよ。言わないけれど。

食べる姿、危機感のなさ、話し方に少しの会話だけでわかる彼女の性格。嫌味もなく計算もない、少し天然な彼女は話しているだけで癒やされる。知らない男が目の前にいるというのに手伝いを申し出たなまえは、気遣い屋だ。そして人見知り。

ああ、よかった。俺の知っているなまえだ。特定の人間のものになる前の、なまえだ。



自分の唾液や体液をを飲み込ませ、元の世界になんぞ帰らぬよう念入りに染み込ませた。処女はもっと優しく控えめにしてやりたかったが、帰られては困る。夢にまで見た自分の服を着るなまえに興奮してしまったのもあるが。


天女の羽衣なんて燃やしてしまえばいい。帰ってしまう原因になるものは根絶やしにすればいい。

腕の中に閉じ込めた彼女の服の隙間から見える赤い跡に弧を描いた。




2018/06/19