「…オイ」
「……かんだ?」
「またか」


ちらちらと視線を集める彼女は、死体と見違えるほどの体勢で廊下にいた。…いや、倒れていた。それは彼の言葉からよくあることであり、そんな彼女にいい意味で目線を送るものはいない。
神田と似たエクソシストの服装をしていても、彼女だけは神聖視されない。それどころか、忌み嫌われ過ごしていた。
そんな現実から逃げるように、彼女はよく眠っていた。
ため息をついた神田は、寝ぼけたままの彼女を小脇に抱えた。彼女、なまえはまだ夢の世界にいるようだ。目指すは彼女の部屋らしく、なまえは安心したようにまた寝息を立て始めた。

「…仮にもお前は女だろうが」


彼女は、神田と同じく作られた使徒だ。神田と違うのは、彼女はイノセンスの力であのAKUMAを倒していないところだ。イノセンスでしか倒せないはずのものを、倒す。気味が悪く、そしてそれはいつ敵に回るかわからない。だが教団は心理的、精神的に彼女を教団に縛りつけることを成功している。
そして彼女は、教団がこの世で一番大嫌いだ。
早く自分が死んでしまえばいい。だがそれをしないのは、彼女が絶望の中出会った一人の少年が原因であった。名前もわからぬ、少年。ピエロで芸をし旅をする大人と共にいる少年であった。
彼と出会い、彼女の中で希望ができた。だが、彼女は未だにその少年と再会を果たしていない。

実験体にされ、イノセンスを埋め込まれ、体が何度も悲鳴をあげ、死ぬより酷い思いをした。選ばれたリナリーを恨む気力もないほど、心は疲弊していた。ある時、イノセンスの力はないが力を出した。やっと力を手に入れた、これで解放されると思ったが、余計体を蝕む毒は増していった。

なんで、私なの。

それは彼女の中で何度も繰り返された問いであった。家族に売られ、帰る場所もない。結局神の力にも選ばれなかった。何故今こうしているのかも、わからない。
眠ればいい。眠れば考えなくて済むから。眠れば、この現実から逃げられる。
彼女は、いつしか夢の世界に逃げるようになっていた。それが日常であり、そこらで眠る彼女に冷たい視線を送る科学班やファインダーなどなどがいる、それがこの教団での普通であった。

「神田!抱えてるの、もしかして…」
「…部屋に送るだけだ」
「ね、ねえ!談話室に運んでもらっちゃだめ?私、なまえと話したいことが…」
「行かない」

必死な表情のリナリーの言葉は、眠っているはずのなまえの言葉で遮られた。苦しそうに眉を寄せるリナリーと正反対な無表情で、なまえは神田の腕から降りた。

「…神田、ありがと」
「っなまえ!」

神田は、止めなかった。リナリーを無視し部屋に向かうなまえに、一層冷たく嫌悪の目線が降りかかる。それを気にすることなく、すたすたと歩いていく足取りは寝起きだがしっかりとしていた。膝上のスカートはズボンになっており、後ろから見てもわからないそれはひらひらと歩くたびに揺れている。長い髪は、腰のあたりでまたふわふわと揺れていた。夢を誘うように、ふわふわと。


扉の先は、簡素な部屋であった。ベッドと机、そしてクローゼットがあるだけの部屋。ホテルのように最低限のものしかなく、趣味と思われるものは何一つなかった。クローゼットを開け、中にあるのは団服だけ。彼女は着ている団服の上着をかけると、ベッドの上に身を任せた。
リナリーは教団をホームと呼んだ。そりゃあ、自分の兄がいて、皆は自分を慕ってくれる。好きで仕方ないだろう、恵まれているのだから。だからといってリナリーを嫌っているわけではない。彼女は、こんな自分にも優しく、声をかけ、心配をして気にかけてくれている。だからこそ、教団で忌み嫌われる私と仲良くしてはいけない。

「…アレン、」

どこにいるのかな。会いたいなぁ。一粒の涙が溢れると同時に、また夢の世界へと足を踏み入れる。真っ暗になっていく中、何故か意識はなくならなかった。




「初めましてぇ、ナンバーレス…近いうちにお迎えに行くから、待っててね」




2019/07/19