なんだか、予感がした。

この教団に帰るのはもうないという、予感。

いつもは神田に無理矢理連れて来られないと食べないジェリーさんの料理も、最後にと何故か思って食べに行った。先に来ていた神田は箸を落としていたけれど。頼んだパンケーキを胃におさめ、部屋に戻ることなく地下通路に向かった。ネックレスにしている、あの日アレンがくれたおもちゃの指輪が音を立てた。


「なまえ!任務に行くの?」
「…リナリー」
「ねぇ、帰ったらお茶しましょう?なまえに見てもらいたいものが、たくさん……」
「……いってきます」
「!…っいってらっしゃい!」

今は、ファインダーの人がいない。だから久しぶりに話せたのに私はこんな言葉しか出せなかった。

何故話さないかって、そりゃあ、リナリーと話していると比較されるから。リナリーと話すと、ファインダーの人が睨むから。リナリーも、それをわかっているけれど私と話したい。例え自分が睨まれても、私と仲良くしたいことは知っていた。それでも、私のせいでリナリーまで評価が下がるのは耐えられなかった。



ある都市に大量に発生したAKUMAの斬滅。イノセンスはなし。それでも未だ増え続ける敵の中心に、貴重な真のエクソシストを送るわけにはいかない。だから、私が派遣される。私が死んでも厄介者がいなくなるだけなのだから。
だから、おかしいんだ。

「なんで…?」

大量に沸いたAKUMAはレベル2もたくさんいて、一先ず地面を動かして大量に潰そうとした。この世のものを自由に動かせる、この力で。
でも、私の姿を捉えたAKUMAは、私を攻撃しない。30体はレベル1を殺した時、一斉に頭を垂れたのだ。攻撃をする様子もない。
敵意はないAKUMAなのかと思いたいけれど、とっくの前に共に来ていたファインダーは殺されていた。
そんな時、どこからか拍手をする音がした。静まり返った空間に響く音は、頭を刺激していった。

「…だれ」

AKUMAの中から出て来たのは、一人の少女。そしてその次に姿を現したのは、大きくてふくよかな体に、長い帽子、とんがった耳。……誰だろう。

「初めましてぇ、ナンバーレス。会いたかったよお」
「初めましテvお迎えに来ましたヨv」
「…初めまして…?」

ナンバーレスとは、私のこと?
好意的な態度の二人は私のところまで来ると、少女は私の手をにっこりと微笑んで握りしめた。

「僕はロード、よろしくねシア!」
「私のことは千年公、と呼んでくださいねシアv」
「千年公……?」


千年公って、千年伯爵の愛称じゃなかったっけ。あれ、敵?でもなんでよろしくされてるんだろう。湧き出る疑問に体を固まらせていたら、ロードは私に抱きついた。

「突然言われてもわからないよねぇ。ナンバーレスはメモリーを受け継げないから。」
「…?」
「シアは本物の神の使徒、ノアの一族なんだよ。今は力で聖痕を隠してると思うけど……その力が目覚めた時、頭痛くならなかった?」


そういえば、この力が出た時は死にそうなくらい頭が痛くて、頭から血が出たほどだった。ふと見えた鏡に映ったひし形のマークは、本能で隠さなきゃいけないと思って、それで……ずっと抑えたら消えていた。そして、その跡があったことも、そういえば忘れていた。

「ごめんね、ずっと迎えに行けなくて。ずーっとずっと探してたんだけど……教団が隠してたのかなぁ」
「私、は…貴方達の仲間なの?」
「仲間ではなく、家族デスv」
「……家族……ノア……ッあ、」

ズキン、頭に激痛が走った。
頭が割れるような痛さに、思わず膝をつく。敵であるはずの彼らを前にしているというのに、動けない。血が出そうなくらい、ガンガン殴られているかのような痛さは既視感があった。
そう、私がまだ実験されていた時。夜の時間、寝る時間の時に頭が痛くなった。とんでもない頭痛が治まった頃、ふと部屋にあった鏡を見たら………そう、聖痕があったんだ。


「あ……」

治まりかけてきた頭痛より、自分の体の色に瞳孔が開く。白いはずの肌は浅黒い。
そして、あの時抑え込んでいた記憶が溢れた。
決して多くはない記憶の量。だけれど、私が普段AKUMA退治に用いている力は、これだと思い出してしまった。
イノセンスに適合したのではない、突然目覚めたこの力が原因だった。


「思い出したみたいだねぇ。…といっても、ナンバーレスはノアの記憶を引き継げないから…覚醒した時の記憶かな?」
「私、は…」
「ああよかっタ!v大事な大事なナンバーレスが忌まわしき教団の元にあると知った時には煮え繰り返りそうでしタvでもこれで、安心ですネv」

もう、頭は痛くない。まだ頭がついていけないのは自分でもわかっていた。
にこにこと笑って私に手を差し出す彼らに、気づけば手を握り返していた。困惑する私に、ロードはゆったりと目を細める。

「安心してぇ…もう大丈夫だよ、なまえ」
「…でも、私…は…」

脳をよぎるのは、神田の顔。それから、出発する前に話したリナリーの顔。ずっしりと体に重くのしかかるエクソシストの服が、体中を縛っているかのようだった。

「ああ…そっか、なまえは優しいから迷ってるんだねぇ?でもよく思い出して、あいつらがなまえに何をしたのか」
「………」
「誰かが助けてくれた?誰もシアを傷つけなかった?守ってくれた?…違うよねぇ?」
「そ、れは…」
「もう怖くないよ。帰ろぉ?なまえ」

慈しむようなロードの瞳に、じわりと涙が滲んだ。涙が溢れる前に、ぎゅっと強く抱きしめられる。瞬間、箍が外れたようにぼろぼろと涙が溢れてしまった。服が濡れてしまうのに、構わず私を抱きしめ、撫でてくれるロードに縋り付いてしまった。
自分がノアだということが、まだ理解できていない。
ただ、私の本能が、心がノアだとわかっているようだった。彼らは安心できる、家族だと知っているようだった。

「探されないように、なまえは死んだことにしましょウvそうデスね……そのボタン、一つ貰いますヨv」


血だらけの水たまりに、ぽちゃんとボタンが落ちた。私の名前が刻まれたそれは、赤く染まった。






※千年公の語尾のハートはサーバーの関係で反映されないため「v」表記にしております。

2019/07/19