※流血注意。スコッチが割と出て来ます。キャラ崩壊しているかもしれません。







あの地獄から出してくれた女神様は、ベルモット。
そして私に、楽しい、嬉しいといった感情を教えてくれたのはスコッチだった。
ーーー同時に、寂しい、悲しい、辛いの感情も植え付けて彼はいなくなったけれど。



「なまえ、今日はなぁフルーツタルトだ!タルトはな、食べる時コツがあるんだ」
「……」
「これは桃、ブルーベリーに…えーと、なんだ、なんか甘いソースだ。この下はパイ生地だ。パイわかるか?…あーえっと、ほら、昨日食ったシュークリームの外側のやつだ」

スコッチはおいしいものをたくさん教えてくれた。女の子は甘いものが好きだろうとよくわからない理論でおやつの時間に持ち込むものはほとんど甘いものだった。まぁ、実際私は甘いものが好きだったようだ。

「表情いつも硬いぞ。ほーら笑え笑え」

無理矢理口角を上げさせたスコッチの顔を真似するように表情筋を動かした日々。自分では笑う表情というものをしているつもりだったけれど、全然笑えていなかったらしい。でもそんな私でも、彼は見捨てることはなかった。
いつもいつも気にかけてくれて、可能な時間はいつも私の部屋に出向いていた。たまに一緒に来るバーボンはスコッチと正反対の顔をしていたけれど。

いつだっただろう。スコッチの話に自然と頬を緩めると、スコッチが目をまん丸にして驚いていた。その後すぐ私を抱き上げて、嬉しそうに部屋中をくるくると回ったのを覚えている。


知らないもの、楽しいもの、たくさん教えてくれた。
世の中の、普通とやらの生活を教えてくれた。
普通の生活がしたいとぼやいた私を馬鹿にしなかった。それどころか、協力すると次の日には勉強セットやありったけの児童書を持ってきた。


私は、本当に、本当にスコッチが大好きだったんだ。












なまえは太ももにある銃を確認した後、スマホに表示された部屋番号を二度確かめた。ジン宛に着いたことを報告する簡単なメールを送信し、迷わずインターホンを押した。電子音が響き、中から聞こえる物音になまえは少し身を硬くする。太ももの銃にいつでも手がかけられるように右手は伸びていた。

「…はい」
「………任務」
「なまえが?」
「今日から」
「…どうぞ」

短い単語で交わされたのちなまえが通された部屋は広く、2つの個室とリビングが用意されたものだった。
任務、と告げた内容はお互い把握しているようで、言葉を交わすことなく彼女はバーボンが指示した部屋へ入っていった。

二人は期限の決められていない同居を命じられていた。なまえには、バーボンの監視。ノックの疑いがあれば上に報告。バーボンには、なまえの身の回りの世話をする任務ーーーと、双方の任務には違いがあるものの、共に住むという条件は同じだった。
スーツケースをそのまま床に立て、なまえは部屋を見渡した。白いパイプベッドに、白いローテーブル、チェスト。迷わずベッドに倒れこむと、見た目より柔らかいようでぼふっと跳ねた。


バーボンは、スコッチとよく共にいた。そのせいでバーボンを見るとスコッチを思い出してしまうのだろう。なまえの表情は暗く、色素の薄く白に近い髪はベッドにばらまかれていた。
組織に救出された時ショートにした髪はとっくの前にロングになっていた。腰元まで伸びた髪は、研究室にいたときを思い出す。だが、同時にスコッチの言葉を思い出すのだ。彼はなまえの髪を撫でながら、彼女の髪をたいそう褒めた。本当に、本当に綺麗だ、と。彼女が髪を切らない理由は、それだけだった。


「なまえ、食事はどうしますか?何か食べたいものがあれば作りますけど」
「……いらない」
「食事はもう済んでいるのですか?」

ああ、面倒。なまえは食べてはいないが食べたと伝えると、夕飯時にまた聞くというバーボンを扉越しに睨んだ。去ったと思われる足音を聞き、すばやく部屋を施錠してまたベッドに潜る。
倒れ込んだまま、首にかけたロゼッタに手をかけた。開けたそこには、スコッチと笑顔の下手くそな自分の写真。そして太ももにあるのは、スコッチを死に追いやった銃。

「…スコッチ」

後を追うこともできない。
この世のものすべてに訪れる死が、羨ましい。

どうせ食べなくても死なないのだから、となまえは静かに瞳を閉じた。食事はいつも、スコッチと共にしていた。スコッチが持って来たものだけを食べ、笑いあった。
スコッチが死んでからというもの、食事もせず、現実から逃げるように睡眠にふける彼女は少し煙たがられていた。死なない体を持つ女の子、だが死なないというだけで武術に優れているわけでも、頭脳が明晰なわけでもなかった。不死の体を不埒な人間に弄ばれ、一生癒えぬ傷を持ったーーーーただの、女の子だった。












「なまえ、起きてくださいなまえ」

体が大きく揺さぶられ、真っ暗な世界にいた彼女はぱちりと目を覚ました。おぼろげな視界の中、体を優しく揺する手に、寝ぼけたままその手を握りしめた。

「スコッチ…?」

まだ覚醒していないなまえには、今自分を起こす人物はスコッチだと思ったようだ。安心したように頬を緩めたなまえは、ぎゅっとその手を抱きしめた。

「よかった、生きてる…」
「………なまえ」
「もう、いなくならないでね…」


すがるように、離れないようにとにじむ涙を隠さずなまえは手にすり寄った。まだ夢の中らしい。
目を見開いたバーボンは、再び眠りの世界に旅立つ彼女の頭を、少し時間をかけてそっと撫でた。震えた喉が出したのは、いつもと違う声であった。

「ごめんな、なまえ」
「……す、…っち…」
「ちゃんと食べて、元気に過ごすんだ」
「しなない、よ…」
「……元気でな」

返事は、なかった。しばらくして力の抜けたなまえの頭をもう一度撫でると、バーボンはそっと部屋を出た。そして迷わずキッチンへ向かうと、エプロンを身につけまな板を取り出した。

「…あれは、きっと食べてないな」

先程スコッチを真似て言ったきちんと食べること、に彼女は死なないから大丈夫と返した。つまりは食べなくても死ぬことはないから必要ないということだ。この任務を受けた時に聞いたなまえの様子を聞く限り、スコッチが死んでから何も食べていないのだろう。自分以外にもジンやベルモットなど数人と同居させたが、口にしなかったのだろう。
死なない、と言うものの握られた彼女の力は弱々しく、手首もやせ細っていた。




2018/01/30