死んでもおかしくないほどの嵐だった。船が回されているかのような大嵐に見舞われ、ほとんどの乗船客は床に倒れ伏していた。遠くに見えた、私に先ほど絡んできた彼らも死体のように動かない。嘔吐物の臭いで充満し始めた船内に、同じく私も気分を悪くしていた。
師匠には”力を使うな”と言われているけれど、変形させなければ使ってもいいとも言われている。というより、無理だろうから使えと言われている。その為気分が悪くなる度に私はみーちゃんに治してもらっているから、表面上は無傷だ。ちらりと横目で隣を見遣る。長いまつげを伏せ眠る彼の顔色は変わらない。…クラピカは、すごいなぁ。
しばらくして、船長からのアナウンスが入った。これよりもっと酷い嵐が来る、と。その言葉に顔色をもっと悪くさせた乗船客は、我先にと船内を飛び出し、救助用ボートへと押し寄せる。正直、私も逃げたい。私も脱出したい。けれど、すぐに思い浮かぶのはジャックさんとミアさんの顔だった。ここで逃げるわけにはいかなかった。最悪、緊急時ということでみーちゃんにお願いすればどこかの陸に飛ばせるかもしれない。ぐっと強く奥歯を噛みしめる。震える体を必死に繋ぎとめた。
「結局客で残ったのはこの4人か。名を聞こう」
あれだけいた乗船客も、片手で数えられるほどの人数になってしまった。私とクラピカの他にここにいるのは、高身長でサングラスをかけた男性と、同じくらいの身長の男の子だった。
男性はレオリオさん、男の子はゴンくんというらしい。女の子が私だけだということに気づき、途端に居心地が悪くなってしまう。加えて名を名乗るタイミングが図れず、船長さんに名指しされてしまった。慌てて名乗ったけれど、吃ってしまい顔に熱が集まる。
「お前らなぜハンターになりたいんだ?」
「?おい えらそーに聞くもんじゃねーぜ、面接官でもあるまいし」
「いいから答えろ」
志望理由を問う船長にガンをつける男性に、間髪いれず素直に理由を答えた男の子。私はというと、予測はできていたはずなのに突然放たれた問いに心臓をおかしくさせていた。
国民番号が欲しいからというしかないけれど、普通国民番号がないというのはありえないことらしい。正式に出産の手続きがされないような環境だったり、存在が消されたり。
でも、下手に嘘をついてもどこかでボロが出る。うまく辻褄を合わせたつもりでも、気づかぬ所で綻びが見つかるもの。
理由を話すくらい、いいじゃないかと真っすぐに問う男の子の言葉が胸に刺さる。私と同じく、理由を言わないクラピカと男性を男の子は見つめた。初めてそこで、私は彼と目が合った。真っすぐで純粋で濁りのない、まぶしい瞳をしていた。
志望理由を言わないのなら降りろ、と船長は告げた。ハンター試験を受ける人は私の想像以上に多いらしく、船長のように雇われて仮の試験官をやる人もいるらしい。つまりもう、試験は始まっていたのだ。
「………」
言葉が見つからない。不測の事態に弱い私のダメなところは変わらない。真っ白になった頭ではうまく考えられず、言い訳の言葉は泡のように消えた。
「私は、クルタ族の生き残りだ」
「…!」
生き残り。その言葉にびくりと肩が揺れる。間をおいて告げられた内容は重くて酷いもので。クラピカの顔がうまく見れない。
彼の同胞を皆殺しにした盗賊、幻影旅団。その集団を捕まえるためハンターになるのだそうだ。
ハンターライセンスを求める人たちが、そんな志を持って臨むものだと思わなかった。大会の優勝メダルのような感覚で考えてしまっていた。私は、自分のことしか考えていない。自分を捨てられない私だから、ジャックさんとミアさんはあんな目に遭ったのだろうか。もっと、もっと、違う私だったのなら、二人は痛い目に遭わずに平和に暮らしていたのだろうか。もっと二人のことを考えて、早くにあの家を出ていればよかったんだ。二人に迷惑がかかると、何故行動に出なかったんだろう。
「お前はどうなんだ?ナマエ」
「あ、え…と」
「言えねーのか?」
きつく掌を握りしめた。爪が肌を破りそうなほど食い込んでいく。二人の痛ましい姿が頭から離れない。あの嵐の日、殺した男の首が落ちる瞬間が忘れられない。
本当に私はこのまま試験を受けていいのかな。また、また私は自分のことしか考えていない。国民番号を手に入れ、二人と再会して、それで。…それで?
「ナマエ」
静かに名を紡がれる。心地のいいその声が耳に届き、弾かれたように声の主を見上げた。こちらを見る心配そうなクラピカの表情に、拳が緩んだ。
「…国民番号を手に入れて、大切な人を守るためです」
「お前、国民番号がないのか?」
「記憶喪失、なんです」
「そりゃあまた…だが、ハンターライセンスじゃなくとも、方法は他にもあったんじゃねえか?綺麗な方法かはわからねえが」
間が訪れる。集まる視線に固唾を飲む。船が揺れ、大きく軋む音だけが空間を支配した。
あの日覚悟を決めたじゃないか。大切な人を守る為ならなんだってすると。
「大切な人を守る為なら何だってすると、決めたんです」
もう体は震えていない。握りしめていた掌は開かれ、私はマント越しだけれども真っすぐに船長さんを見つめた。言葉のない時間が流れた後、船長さんは私の答えに納得をしたようだった。
2018/04/07