クラピカと長身の男性が喧嘩をした。喧嘩なんて言葉で済ませていいのかわからないけれど、二人の間に流れる空気はピリピリとしている。思えば出会った時から二人は気が合わないように見えた。金が欲しいからとハンターになりたいらしいレオリオさんに、ぴしゃりと言葉を刺すクラピカ。ついには彼らはお互いの地雷を踏み合い、大嵐の外へと出て行ってしまった。
「ま、まって!クラピカ…外、嵐で!」
「おいこらお前らまだオレの話が終わってねーぞ!」
「放っておこうよ」
木箱に腰掛けこちらを見ず、静かにそう告げたゴンくんを凝視する。すでに二人はこの船内にいない。耳に届く災害のような強風の音に、頭が真っ白になっていく。
「”その人を知りたければその人が何に対して怒りを感じるか知れ”ミトおばさんが教えてくれたオレの好きな言葉なんだ。オレには二人が怒ってる理由はとても大切なことだと思えるんだ。止めない方がいいよ」
冷静に言う彼の瞳は相変わらず真っすぐで、船長は思わず口を閉じる。そうなってしまうほどの説得力と、オーラがあった。同じく私も言葉を失ってしまったけれど、頭に駆け抜ける最悪な想像に体中から血の気が引いていく。もし、もしクラピカが強風に曝されて海の中に落ちてしまったら。あの男性も、長身だから風の影響を受けやすい。それに、あの嵐の中だ。海の中なんて海の生き物すら巻き込む渦や濁流になっているだろう。
「で、でも…放っておけないよ!」
最悪な想像に、居ても立っても居られなかった。言葉を発する時間すら惜しい。何度も刻み付けられた、ジャックさんとミアさんの姿が離れない。お前のせいだと、忘れるなと言わんばかりに鮮明に何度も頭に叩きつけられる。
もう、私と関わった人がどんな原因であれ傷つく姿は見たくない。
船内から飛び出した私は、想像以上の大嵐に一瞬体が浮いてしまった。慌てて扉を掴み、大勢を整える。前も見えないほどの大雨に、どくりと心臓が嫌な音を立てた。
外では船乗員さんたちが声を張り上げ、体を張って船が横転しないよう走り回っている。立つことすら困難な嵐の中、二人は対峙していた。声はうまく聞こえない。だが、変わらず二人の表情は険悪なままだった。
二人が武器を構え、駆け出す。そんな時だった。船の帆が張られる大事な部分が折れ、それは不運なことにも一生懸命走り回っていた船乗員さんに直撃してしまった。
「!」
強風に投げ出された彼の体が、船の外へと飛んだ。スローモーションに見えるその光景は時間の流れが止まっていくかのようだった。
目の前で、人が死んでしまう。
頭が真っ白になった私は、気づけば自分の髪を一本引き抜いていた。そして、縄のように変形させ、丸いわっかが彼に届くよう投げ飛ばしていた。それと同時に、飛び出した小さな姿に目をむく。ゴンくん、だった。
慌てた私は咄嗟にゴンくんの足に軌道を変える。戦闘中だったのにも関わらず飛び出したクラピカとレオリオさんの手は船乗員さんには届かなかった。けれども、ゴンくんはしっかりと二人が掴んでいた。その片方の足に、私が投げた縄が繋ぎ留められている。
本当に一瞬のことだった。何が起きたのかは未だよくわかっていない。私は能力を使ってしまった。それよりも、だ。ゴンくんはあのまま私やクラピカ、レオリオさんが掴まなければ今頃船乗員さん(カッツォさんというらしい)と共に海の藻屑になっていた。本当に、奇跡で助かったと言ってもいいほど危険な行動だった。
「う、わ、わ!」
一気に男性一人とゴンくんの体重の負担が腕にかかる。慌てて足に力を入れたけれど、大雨で滑りやすい看板は不安要素だ。とにかくこの縄をどこかにくくりつけなければ。
「大丈夫か嬢ちゃん!」
「おいお前らこの縄引っ張れ!」
駆けつけてくれた船乗員さんに支えられ、代わりに鍛えられた筋肉で縄を引く。”力”や師匠から教わった”念”を使えば、あの程度は引っ張れたのだけれど、私がぼけっとしている内に彼らは安全な場所まで引き上げられていた。私、いらなかったかもしれない。
ゴンくんを称賛する船乗員さんたちは、とても興奮しているようだ。そして先刻まで決闘をしていた二人は、早口にゴンくんに教えを説く。どれほどあの海が危険な状態であったのか、掴んでいなければどうなっていたのか。そんな二人に、ゴンくんは変わらない表情で、どっしりとした態度で二人を見つめ返した。
「でも、つかんでくれたじゃん」
毒気が抜かれるような心地だった。それは二人も同じだったのか、あんなに矢次に言葉をまくし立てていたのに今では言葉をどこかに置いてきたかのよう。
ゴンくんはすごい。カリスマというかオーラというか、うまく言葉に表せられないけれど突出した能力がある。現に今、二人は仲直りをしていた。一件落着したのは、ゴンくんのおかげだろう。
「ナマエも、ありがとう!」
「…え?」
「オレの足に絡んだあの縄、ナマエが投げたんでしょ?」
「う、うん…」
にこりと笑い、礼の言葉を告げるゴンくんに言葉を失ってしまう。その笑顔が、何故かミアさんの顔と重なる。ミアさんも真っすぐに私を見つめて、私の大好きな笑顔でお礼を言ってくれた。大輪の花のように、春のひだまりのような笑顔で。
突然笑い出した船長は、この一連の事態をみて機嫌がよくなったらしい。全員合格だと告げられ、静かに胸を撫でおろす。舵取りを教えるという船長に嬉々として駆け出して行ったゴンくんにハッとする。
「クラピカ、それから…えっと、レオリオさん」
「レオリオでいいぜ、ナマエ」
「レオリオ…」
なんだか、会って間もない人を呼び捨てにするのは慣れない。言われるがまま呼び捨てにすると、満足そうに彼は笑っていた。…思っていたより、怖い人ではないのかもしれない。
「あ、二人とも濡れているでしょう?タオル貰って、きます」
「あ?これくらいほっときゃ乾くだろ」
「風邪引いちゃいます」
船乗員さんからタオルを貰いにいかなくては。慌てて船内へ駆け出す前に、言葉がかけられた。
「そういえば、あの縄はどこにあったんだ?」
「えっと…咄嗟に掴んだものだから、覚えてないや」
びくりと肩が跳ねたのをバレないよう、曖昧に笑った。
2018/04/15