目的地のドーレ港に着き、船から降りた瞬間揺れない地面に感動を覚えた。港には多くの人々がいて、これが都会!と目を輝かせる。ここ数年、ずっと森林に囲まれていたからたくさん人がいる場所に来るのは久しぶりだ。船にもたくさん人はいたけれど、それよりも多い。

「これが都会…」
「…いや、おそらく彼等のほとんどが我々と同じ目的なのだな」
「えっ」

じゃあ、これだけ多くの人たちが試験を受けるということ?改めて見渡すと、大きな武器をもった男の人達ばかりで。咄嗟に深くフードを被り直し、嫌な音を立てて脈打つ心臓の音で頭はいっぱいになった。大丈夫、大丈夫。皆私を狙っている怖い人たちじゃない。彼らは試験を受けに来ている人たちであって、あの社にやってきた怖い人たちじゃない。

「ナマエ?」
「は、はい!」
「ナマエはどうするんだ?」

じっとこちらを見るクラピカに慌てて前後の会話を脳から掘り起こす。確か、試験会場へ行く直行便があって、でも船長はそこから正反対の山の上を指さした。ゴンは船長の言葉を信じ、山の上を目指すらしい。

クラピカは船長の言葉というよりゴンの行動に興味があるらしく、ゴンと同じく山の上を目指すようだ。歩を進める前にクラピカは私を気にかけ、問うてくれたことに感謝の気持ちでいっぱいだ。私の答えは決まっていた。

「私も、クラピカについてく」

ゴンが心配だし、何よりまだクラピカとお別れしたくない。ただ、レオリオはバスを待つようで、ここで別れることになってしまった。きっと、会場で会えるよね。

もし船長の言葉が違ったとしても、引き返せばいい。最悪力を使って二人をザバン地区に飛ばすことはできる。…それに、あまり考えずについていくといったけれどあの船長が私たちを騙すとは思えなかった。気に入ったと豪快に笑う船長の表情は海のようだった。それに、私達を騙して彼に利益があるのだろうか。いや、でも。船長さんは雇われているそうだし、これもテスト?

先を行くゴンに追いつき、未だもやもやとした気持ちが晴れぬまま長い長い道を進む。途中、バスで行くはずだったレオリオも合流し、私達はまた一緒に行動できることとなった。誰一人、欠けることなく。それがとても嬉しくて、口角が緩む。こんなに楽しいと感じるのは、いつぶりだろう。










「うすっ気味悪いところだな。人っ子一人見あたらねーぜ」

道を進み辿り着いたのは廃墟のような建物が立ち並ぶ場所だった。荒廃したような場所で、ぴくりとフードの中でみーちゃんが私に訴えかける。みーちゃんの力を借り、そっと耳を澄ませると複数の足音が届いた。これにクラピカもゴンも気づいたらしく、ぎゅっと眉間に皺が寄った。

警戒をする私達の前に現れたのは、マスクをつけマントで身を隠す人々と、その筆頭のようなお婆さんだった。杖をつくお婆さんは口を開く。

「ドキドキ…」
「…?」
「ドキドキ2択クイ〜〜〜ズ!!」

突然瞳孔を開き、叫ぶように告げられ思わずびくりと肩を震わせ後退してしまった。突然大声を出して、どうしたのだろう。パラパラと拍手が起こる中、お婆さんは私達の様子に構うことなく話を続けた。

どうやら、これからお婆さんの出す問題に答えなければこの先を通して貰えないらしい。一本杉を目指すにはこの道しかないらしく、山道には狂暴な獣が闊歩しているようだった。
一問だけクイズが出され、考える時間は五秒間だけ。しかも間違えたら即失格となってしまい、ハンター試験は受けられなくなってしまう。つまり、これも試験の一環だということだ。

選択肢は一か二で答えること。お婆さんが言った通り、二択の選択で道が大きく変わってしまう。

「もしこいつが間違えたらオレまで失格ってことだろ!?」
「あり得ないね。むしろ逆の可能性があまりに高くて泣きたくなるよ」
「私、間違えるかも…ごめんなさい…」
「でも4人のうち1人が答えを知っていればいいんだから楽だよ」
「あ、そっかぁ」

それなら大丈夫かな。静かに取っ組み合いを始めていたレオリオとクラピカに、私は慌てて服を掴んだ。レオリオのスーツを掴み、無言で見上げて訴えかけると言葉を詰まらせながら渋々といった様子でクラピカから離れた。二人に怪我はなさそう。よかった。

「おいおい早くしてくれよ」

聞きなれぬ声に身が固くなる。おそるおそる振り向けば、武装した見知らぬ男性が悠々とそこに立っていた。立ち聞きしたという男性にゴンと一緒に首を傾げていると、船長との会話を盗み聞きされていたんだとレオリオが教えてくれた。あれ、こんな人船に乗っていなかったけれど。街にいた人なのかな。

「それでは問題。お前の母親と恋人が悪党につかまり一人しか助けられない。一、母親。二、恋人。どちらを助ける?」
「…!」

ヒュ、と息が止まる。心臓を掴まれたような苦しさに、突如襲った眩暈と冷や汗に掌に爪を立てた。なんて、問いかけをするんだ。こんな問題に答えなくてはいけないの?ミアさんとジャックさんのボロボロなあの姿が、叩きつけられるように鮮明に思い出される。戒めのように、はっきりと鮮明に。

恋人、大切な人。皆助けるという選択肢は許してくれないの?トラウマが蘇ってしまい、とたんに緩んだ涙腺を必死に繋ぎとめる。泣いている場合ではない。私は、前に進まなくてはいけない。大切な人を絶対に守ると決めたんだ。

「ふざけんじゃねェッ!こんなクイズがあるかボケェ!」

男性は一を選択し、通された。怒鳴り声を上げるレオリオは真っすぐに彼らを見つめ、感情を露わにさせていた。

彼の言う通り、この問題に正解はない。人によって答えは変わるし、人の生死を分けた問題に正解などという言葉を使うのは遺憾だ。別のルートから行くと踵を返すレオリオに、慌てて手を伸ばすけれど届かない。未だ震えたままの体は思うように動かせない。
さらに告げられた言葉に目を見開く。辞退は許されず、辞退をすれば不合格になる、と。

「なんでっ!そんな…」
「!レオリオ!」

ハッとした表情のクラピカは、私を制するように手を伸ばした。その後レオリオを見据え、何かを告げようとするもおばあさんから制止がかかってしまう。これ以上の私語は許さない、とさらに規制がかかってしまった。逃げ場を完全に断たれ、焦る私の思考回路はどんどん混線していく。思わずクラピカの服の裾を掴んでしまい、慌てて手を離す。が、離す前にがしりと手を包むように掴まれた。伝わる温度に、いくらか震えが収まっていく。

「さぁ答えな。一、クイズを受ける。二、受けない」
「一だ!」

間髪いれずに答えたクラピカは、目で何かを訴えているようだった。心臓の音が聴覚を支配する。出された問題に、また掌に爪を立てた。

「息子と娘が誘拐された。一人しか取り戻せない。一、娘。二、息子。どちらを取り戻す?」

こんな問い、答えられるわけない。言葉を無くし立ち尽くす私と反対に、レオリオは静かに木材を手に取った。カウントダウンは止まらない。あっという間にカウントが終わり、心臓が壊れそうなほどドクドクと鼓動の音を響かせた。終了、と告げられたその瞬間手に伝わる温もりが離れた。それと同時に聞こえた大きな弾くような音に目を見開く。

レオリオの振り下ろした木片は折れ、お婆さんを庇うように自身の木刀を使ったクラピカに目が奪われる。完全に頭に血がのぼっているレオリオは怒りに眉を吊り上げた。

ハンター協会に乗り込むような暴言を吐き散らすレオリオ。ライセンスが欲しい理由は、お金が欲しいからだったはず。道徳心の高さと船での言動に小さな疑問が生じた。

「せっかくの合格を棒にふる気か?」
「何?」

クラピカは未だ突き付けられていた木片を弾き飛ばすと、冷静に言葉を並べた。

「沈黙!それが正しい答えなんだ」

彼が先程言ったように、正解なんて言葉ではくくれない。このクイズに正解はない。しかし解答は一か二で答えるルール。つまり答えられない、沈黙が正解。クラピカ、あの一瞬でこの考えに至ったということなのだろうか。船で話していた時からわかっていたけれど、彼は本当に冷静で頭の回転がはやい。

トラウマに囚われ、震えて何もできなかった私とは大違いだ。

「本当の道はこっちだよ。一本道だ、2時間も歩けば頂上に着く」
「あの…さっきの男性は、」
「さぁ、知らないね」

動揺していたせいで聞こえなかったけれど、あの男性の悲鳴があったらしい。魔獣に襲われたのではないかと判断するクラピカの表情は変わらない。この建物の奥で、さっきの男性は大けがをしているのかもしれない。最悪、死んでいる。彼を助けてから3人に合流しようと考えた瞬間、お婆さんに今しがた開けた道以外通さないと釘を刺されてしまった。

「ふぅ〜だめだ!どうしても答えがでないや!」

どうにか先ほどの男性を助けられないか考えていたら、明るいゴンの声が響いた。クイズが出されてからずっと考えていたらしいゴンに、クラピカとレオリオは笑みを浮かべる。もう考えなくていい、と言われゴンはきょとんとこちらを見つめた。

「でも、もし本当に大切な2人の内一人しか助けられない場面に出会ったら…どうする?」

静かな問いに、二人から言葉が消える。ナマエはずっと考えてるみたいだけど、どう?と急に話が振られ慌ててゴンを見ると真っすぐにこちらを見つめていた。曇りのない瞳に言葉が詰まる。

どちらを選んでも本当の正解ではない。けれど、いつしかその選択を迫られる時が来るかもしれない。
私は、どちらも救えなかった。どちらの選択を取ることもできなかった。

「私は…どちらも、死んでも助けるよ」

母と父、どちらも捨てられるはずがない。鮮明に浮かぶあの映像に、奥歯を噛みしめる。
みーちゃんの力の使い方も覚えてきた。まだまだ至らない点はあるけれど、あの時の無力な私とは違う。もう二度とあんなことは起こさない。命に代えても、二人を守る。

私は静かにこの中に念能力者がいないことを確認し、そっと目視できないほどの繊維より細くしたみーちゃんを飛ばした。みーちゃんから魔獣を眠らせた報告を受け、真っすぐと目の前の道を見据える。

もう、全ては救えない。私は”大切な人”を命にかけて守ると誓った。”全ての人間を守る”と決めたわけじゃない。…酷い人間に、なってしまったのかな。



2018/05/10