「ナマエ、少し顔が赤くないか?」
「気のせいだよ…」

ハンモックで一緒にいた時より密着度が高く、心臓が破裂しそうだった。いい匂いがするし、さらさらとしたクラピカの髪に月明かりに照らされた白い肌。お人形みたいにきれいなのに、片腕で軽々と私をずっと抱えていた。危ないからとクラピカの首に腕を回させられたけれど、うん、湯気が出そうだから思い出さないようにしよう。

やっと着いたサバン市は建物が大きく、きょろきょろとしていたら置いていかれそうになってしまった。クラピカが気にかけてくれて見失うことはなかったけれど、これから気をつけなきゃ。

会場だと思われる建物は雲に届きそうなくらい大きくて、思わずフードが脱げそうになる。ここに全国各地からハンター志望の人が、と思うと心臓が高鳴った。…けれど、どうやら会場は近くにある定食屋。ここなら、応募者数百万人の試験会場だと誰も気づかない。建物に入ればカラクリがあるのかと思いきや、見た目通りの普通の定食屋で。

「御注文はー?」
「ステーキ定食」
「…焼き方は?」
「弱火でじっくり」

確かに強火より弱火でじっくり焼いた方が柔らかくておいしいよね。店員さんに奥へ案内されれば、個室の部屋へ通される。中央では焼き肉のセットがあって、熱い鉄板にはおいしそうな音を立ててお肉が焼かれていた。さっき注文したばかりなのに早いなぁ。

一万人にひとり。これがここまで辿り着く倍率らしい。案内はここまでらしく、私たちならば来年も案内をしてくれるという凶狸狐さんに慌てて頭を下げた。そして地面が下がるような感覚に慌てると、エレベーターになっているんだとクラピカが教えてくれる。数年エレベーターに縁のない生活をしていたおかげでわからなかった。

「3年に一人…初受験者が合格する確率、だそうだ」

あまりに過酷なテストに精神をやられてしまう人、ベテランによる新人潰しで身体障害を起こしてしまう人。ぞっとする内容にぐっと奥歯を噛み締めた。どんなテストか想像できないけれど、こんなことで逃げない。逃げてはいけない。

「でもさ、何でみんなはそんな大変な目にあってまで、ハンターになりたいのかなぁ」

ハンター資格自体をあまり知らないゴンは、焼かれたお肉を食べながらそう疑問を口にした。師匠から聞いたのは、国民番号代わりになることとハンターライセンスがあればあらゆる場所に出入りできるということ。

「どこでも切符だから?」
「ナマエもあんま知らねーで来たのか…」

レオリオに呆れられてしまった。もぐもぐと目の前のお肉を咀嚼しながら謝れば、嬉々とした二人が身を乗り出した。

「ハンターはこの世で最も気高い仕事なのだよ!」
「ハンターはこの世で最ももうかる仕事なんだぜ!」

息はぴったりだった。睨み合う二人は勢いのままハンターについて語りだす。富と名声の象徴だというレオリオ。同時に喋るクラピカは人と自然の秩序を守るのは本当の仕事だと説く。
動物を狩り宝を漁るのは二流であり、プロは貴重な文化遺産や希少な動物の保護を真っ先に考える。それを聞き、思わず意識はクラピカの話に集中してしまった。希少動物と聞き、もふちゃんや師匠の家のある森で仲のいい動物、そして社で仲良くしていた動物のみんなが頭をよぎる。あの子達を守ることができたら。

「どうだゴン、ナマエ!」
「どっちのハンターを目指すんだ!?」
「どっちって言われてもなァ〜…ナマエは?」
「私、は…」

動物の保護がしたい。けれど、ハンターライセンスはあくまで「身分証明」だ。私はハンターとして活躍するのではなく、ミアさんとジャックさんを守り、隠れる為に使用する。楽しそうにハンターについて語る彼らに、私はできもしないことを口に出せなかった。

タイミングがいいのか悪いのかわからないけれど、ちょうど目的らしい階に着き、話の続きは後でとなった。慌ててお水を飲んで用意を整えれば、広がる光景に息を飲んだ。

一斉にこちらへ向いた目線、地下道に所狭しと集う屈強な人達。一目見て、港や町にいた志望者とは雰囲気が違うことを実感した。こっそり念能力者がいないか確認してみれば、何人かいることに気づく。やばい、と慌てて一般人と変わらないオーラにみーちゃんの力を借りて調整した。

「君達で406人目だよ」

パイプのような場所で座っていた男はトンパさんというらしい。握手に応じる前に番号札を渡され、頭を下げてから番号札を見れば406の文字。一番最後の番号だった。

トンパさんは10歳から35回も受けているらしく、ベテラン受験者らしい。ここにいる受験者の紹介をしてくれる彼の言葉に従い、見渡していく。念能力者ではないようだけれど、その道の達人だ。

彼らが、髪の力を知っていたら。そして、社に来た怖い人達みたいに襲われたら。ぎゅう、と手のひらに爪を立てた。

「ぎゃあぁーーっ!!」

突然響いた悲鳴に声の方向を見れば、信じられない光景に息が止まり、ひゅ、と小さな音が耳に届く。
まっすぐとした断面が見える腕のない男性が悲鳴を上げている。その近くにはピエロのような男性がいて、ぞっとする。マジックのように腕が消えたと男は言うけれど、彼は念能力者だ。それも、とても強い。

「!」

一瞬、ピエロが私を見た。ぞくりと走る何かは私に恐怖を伝えていて、頭では必死に警報が鳴っている。一瞬、ほんの一瞬のことだ。気の所為かもしれない。そう自分に言い聞かせ、青くなっていく顔色をフードで隠した。

44番、奇術師ヒソカ。去年合格確実と言われながら気に入らない試験管を半殺しにし、失格。つまりは試験に受かる実力のある者。そんな人が、今年も試験を受ける。

ハンター試験は、試験官が合格といえば合格になる。悪魔だって、合格できてしまうのだ。

「おっとそうだ。お近づきのしるしだ、飲みなよ。お互いの健闘を祈ってカンパイだ」
「ありがとう!」

トンパさんは目の前で飲み始め、私は渡された飲み物をじっと見つめる。さっきお水を飲んだから喉は渇いていない。後で飲もうかな、でも今飲む雰囲気だろうか。

「トンパさんこのジュース古くなってるよ!味がヘン!」
「え!?あれ?おかしいな〜〜」

ゴンが一口で吐き出したかと思ったら、どうやらこのジュースは古くなってしまっているらしい。どうしようかと悩んでいたら、クラピカもレオリオも地面に中身を捨てていた。

「ナマエも捨てたほうがいい」
「あ、うん!」

頂いたものだし、って思っていたけれど腐っているなら仕方ないよね。クラピカに習って中身を捨てた。

ゴンは山で草や芽を試し食いしているから、味で変なものがわかるらしい。すごいなぁ。私は仲良くしてくれている動物達がご飯を持ってきてくれたし、私が食べられないやつはみーちゃんが食べる前に弾くからそういう耐性はないや。

…まぁ、もし食べてもみーちゃんが治してくれるけど。


大きなベルの音がけたたましく鳴り響く。長身でくるんとしたおヒゲの男性が、顔の形をしたベルを止めた。

「ただ今をもって受付け時間を終了いたします」

ーーーハンター試験が、始まる。




2018/06/20