ハンター試験が始まった。
念の為、と試験官により怪我や死の危険性を確認されたけれど辞退者はゼロ。405名全て参加となったけれど、1名減った人数はヒソカに腕を切り落とされた人の分だ。

おかしい、とクラピカが疑問を口にしてからふと違和感に気づく。進むペースがどんどん早くなっている、と考えたところでそれは更に加速し、マラソンのような速さで集団が駆けていく。

第一次試験官のサトツさんが告げたのは、試験はすでに始まっていること。そして、二次試験会場までサトツさんについていくことが第一次試験のようだった。ただし、場所も到着時間も告げられないままついていくこと。

つまりは、どこまで、いつまで走ればいいのかわからない距離をずっと走り続けていく必要があるのだ。

「(いきなりきつい試験…)」

イズナビ師匠の元で鍛えられたとはいえ、一般人に毛が生えた程度。長距離を走りきる自信がない。
師匠に緊急時以外力を使うなと言われたけれど、第一次試験からみーちゃんに頼ることになりそう。回復でもしながら走らないと、脱落するのが目に見えている。

そんな時、すーっと私達を通り過ぎる少年に視線がいった。スケボーに乗る真っ白な髪の男の子は涼しい顔でレオリオから飛んだ文句に答えている。髪がふわふわしていて、なんだかわたあめみたい。

「違うよ。試験官はただついて来いって言っただけだもんね」
「持ち込み禁止なんてルールなかったし…」
「ゴン!ナマエ!てめーらどっちの味方だ!」

青筋を立てているレオリオにピシャリと注意をするクラピカ。確かに、怒って体力を消耗すると今後に響く。私もスケボーとかローラーシューズでも持ってきたらよかったのかな。

ゴンと同い年のようで、挨拶をし合う二人の会話を聞き流していると急に少年は私の方へ振り返った。

「ねぇ、君の名前は?」
「え?ナマエ、です」
「オレはキルア。いくつ?」
「…………いくつだろう…?」
「えっ嘘だろ!?」

私、そういえばいくつなんだろう。

前の世界での記憶がどんどんなくなっていくから、名前以外はっきりと覚えていない。学生だったような気もするし、働いていた気がする。ううん、この記憶はアルバイトなのかな。わからないや。

慌てて思い出そうと掘り起こすけれど、どんどん霧のように曖昧でわからない。雲を掴むような記憶探しを中断すると、本当に年齢が思い出せないことを悟ったのかキルアが驚いた顔で私を見ていた。

「覚えてないけど…ゴンとキルアくんより年上だよ、多分」
「キルアでいーよ。つーか覚えてないんじゃん…そういえばオッサンの名前は?」
「オッサ…これでもお前らと同じ10代なんだぞオレはよ!!」
「ウソォ!?」

思わず私も驚いた顔をしてしまって、レオリオを怒らせてしまった。申し訳ない。わいわいと賑やかな中、ふとクラピカが離れていくのが見えて思わず追いかけるようにスピードを上げた。隣に並べばこちらに来たのかといったような表情で目が合い、そのまま一緒に並走していく。

「クラピカって、いくつなの?」
「私は17だ」
「そうなんだぁ…私もそれくらいなのかなぁ…」

もう少し頑張って思い出そうとしたけれど、どんどん前の世界での記憶が真っ白になっていく。友人の顔も、真っ白で見えない。家族の顔も、自分の家も、思い出も、何もかも。

「…年齢など大して重要ではない。聞かれた時に面倒になるなら、私と同じ17と言えばいい」
「…うん、ありがとう」
「あまり喋ると体力を消耗するぞ」

10代なのかな、なんだか20代だった気もしてくるけれど10代で通るなら17歳ということにしよう。
















いったい、どれほど走ったのだろう。40kmは走ったのではないだろうか。

筋肉が引きつりそうになるたびに治し、息が切れて心臓が嫌な音を立て始める前に治し、だらだらと汗が流れる前に治していた。
横を走るクラピカは汗を滲ませてはいるものの、だらだらと汗を流してなどいない。走って走って走って、暑くて仕方ないけれどローブを脱げない。脱いではいけない。

あとどれほど走ればいいのかな。

そんな私にトドメを刺すように、目の前に現れた長い階段に目眩がした。すぐに体力を回復させれば、体のだるさや息切れ、倦怠感から開放される。けれど、いつまで走ればいいのかわからないのは精神的に疲弊していく。しかも階段になったのにペースまで上がった。

上半身裸で、尋常ではない汗をかきながら目の前を走るレオリオに視線をやった。もう限界のようにも思える彼はなりふり構わなければまだ走れる、と全力だ。

「レオリオ、1つ聞いていいか?」

無駄口は体力を消耗するぞと茶化すレオリオに、クラピカは言葉を続けた。

「ハンターになりたいのは本当に金目当てか?」

…クラピカの言う通り、レオリオはそこらの金の亡者とは違う。
あの谷でクイズに怒る姿、怪我人を必死に心配する姿。社に来ていた人たちとはまるで違うことは私もなんとなく思っていた。ひとつ、間を置いて紡がれた単語にびくりと肩が揺れた。

「緋の眼。…クルタ族が狙われた理由だ」

クルタ族、緋の眼。緋の眼とはクルタ族固有の特質、感情が昂ぶると瞳が燃えるような深い緋色になるらしい。その状態で死ぬと緋色は褪せることなく瞳に刻まれたまま。その色は世界七大美色のひとつと数えられている。そのため、それだけの為にクラピカの同胞は殺されたの?
襲われた名も姿も知らないクルタ族を襲う光景と、社に襲いに来た人達の姿が被るように頭に浮かんだ。

クラピカは真っ直ぐを前を見て、必ず幻影旅団を捕え、仲間の目を全て取り戻すのだと告げた。

緋の眼もクルタ族も、幻影旅団もわからない。会話をただただ聞くことしかできないけれど、世界七大美色に数えられているようなものは普通の市場には出回らない。闇市、闇金や特別な権力者が所有しているのだろう。全てを取り戻すのは、とても困難だ。そんな人達に近づくためにもハンターとなり、金持ちの契約ハンターとなれば闇世界の情報が手に入る。

クラピカの嫌いそうな人達に仕える、同じ場にいくのは嫌なはずなのに。仲間の苦しみに比べれば自分の誇りなど意味のないものだと目を閉じた。

それを聞いて尚、レオリオはやはり目的は金だと静かに告げた。

「ウソをつくな!まさか本当に金でこの世の全てが買えるとでも思っているのか!?」
「買えるさ!物はもちろん夢もな。人の命だって金次第だ!買えないモンなんか何もねぇ!!」
「許さんぞレオリオ!撤回しろ!!」
「なぜだ!?事実だぜ。金がありゃオレの友達は死ななかった!!」

ひゅ、と息を呑んだ。
ああ、そっか。レオリオが今までずっとお金に固執していたのはそれが理由だったんだ。

決して治らない病気ではなかった。けれど法外な手術代により手術が受けられない。レオリオは医者になり、病気の子供を治してお金はいらないとその子の親に言うのが夢であったと。けれど、その医者になるにはさらに膨大な金が必要なのだという。

目の前を走るレオリオは、だから金がいるのだと声を大きくした。私利私欲の為ではなく、病気の人達の為なのだと思うと目の前を汗だくで走るレオリオが違った目で見える。やっぱり、レオリオは優しいなぁ。


少しの間があり、途切れる呼吸の音が響く間を裂いたのはちらりとこちらを見たレオリオだった。

「そういや、ナマエはソレ暑くねーのか?下手すりゃ脱水症状起こすぜ」
「あ、えっと…」

レオリオが言っているのは私の外套のこと。みーちゃんで回復してるとは言え、本当は脱ぎたくて仕方ない。けれど、髪を見られれば誰がこれを知っていて狙われるかわからない。曖昧に笑えばレオリオは脱いだほうがいいのではないのかと心配そうな目で告げた。

「脱げない、が正解ではないか?」
「!」

じっとこちらを見るクラピカの視線に耐えられず、視線を下に向けた。言ってもいいのか、と迷いが生じる。けれど、レオリオやクラピカが自身のことを話したのに私だけ何も言わないのもどうかと重い口をゆっくりと開いた。

「…髪を、見られたくなくて」
「髪ぃ?そりゃまたなんで…ウィッグでもつけりゃいいじゃねーか」
「それも考えたけど…試験中いつ脱げるかわからないから」

まぁ、フードも脱げるけれど。一応脱げないように深く被っているし。髪を見られたくなくて隠していると言ったら、狙う人にはわかってしまうけれど、二人はあまりピンと来ていないようでほっと息をはいた。

「何故髪を見られたくないんだ?狙われているのか?」
「うん…この髪を狙っていろんなハンターが襲いに来たよ。私の髪には、魔が宿っているから」

どういうことだと眉をひそめるレオリオに力なく微笑んだ。考え込むクラピカが、ハッとしたように私を見た。

「髪といえば聞いたことがある…どんな願いも叶え、世界で一番美しい幻の髪があると …それを持つ人間が存在すると、ここ数年の間で有名になった。まさか…」

ぎょっとしたように振り返ったレオリオとこちらを見るクラピカに苦笑いで、私のこと…かな?と言えば言葉を失っているようだった。そういえば、そんな噂になっていたんだ。そんなアイテムなら、いろんなハンターが押し寄せるだろうなぁと一人で納得した。言葉を無くした空間は、再び駆ける足音と呼吸の音だけになった。

「…話してくれて、ありがとう」
「え…」
「あまり他言したくないことだろう?」
「…うん。でも、二人にならいいかなって」
「……そうか」

小さく笑えば、クラピカも答えるようにふっと笑った。

「ま、脱水症状になりそうだったら無理すんなよナマエ」
「うん。ありがとう、レオリオ」

再び言葉のなくなった空間は、不思議と心地の良いものだった。こうして自分の髪のことを話すのは初めてかもしれない。けれど、クラピカが知っているのは噂のもの。願いを叶える美しい髪。もしそれが、人をも殺せる化け物だと知ってしまったら?

「……」

すぅ、と冷たくなる指先。握りしめた手のひらに爪が立てる。

知られてはいけない。隠さなくちゃ。


ドクドクと嫌な音を立てる心臓は走っているからではない。この力は隠さなくちゃいけない。けれど、と頭に浮かんだのは受験者の中にいる数人の念能力者。特に、ヒソカは強い。私はまだ自由に使いこなせるほど念を使えないし、もし対峙してしまったらみーちゃんの力無しじゃ絶対に勝てない。

もしそうなったら、どうしたら良いんだろう。

薄氷にヒビが入るような感覚に、ツキリと胸が痛んだ。





2019.02.11