ゴンのおかげで無事第2次試験会場まで着くと、倉庫のような建物の前には人だかりができていた。レオリオとヒソカは、と慌てて探すと殺気のような恐ろしい視線を感じ、振り向いた先にはどこかを指さすヒソカが。その方へと走れば木の下にレオリオ座っていて、ほっと息を吐いた。
「うむ。腕のキズ以外は無事のようだな」
「てめ…よく顔見ろ、顔を」
つい先程目が覚めたらしい。あの時つけられた傷以外目立った外傷も念もつけられていない。…けれど、レオリオは何故怪我をしているのか覚えていないようだった。三人で顔を見合わせ、言わない方がいいなというクラピカの意見に同調する。
「そういや、なんでナマエをクラピカが背負ってんだ?足でも怪我したのか?」
「!ご、ごめんなさいクラピカ!もう大丈夫だから…」
「ん?そうか」
慌てて降ろして貰い、久々に大地に足をついたことに小さく感動する。レオリオの安否に頭がいっぱいで、背負って貰っていることが頭から抜けていた。深く頭を何度も下げてお礼を言えば、気にするなとクラピカは朗らかに微笑む。走ったことによる疲労は多少顔に出ているが、私を背負っていたことによる疲労はあまり見えない。どちらにせよ、試験だというのに好意に甘えてズルをしてしまったし、迷惑をかけてしまった。
合流したキルアが言うには、妙な唸り声が聞こえるだけでまだ建物の中に入れないらしい。建物に備え付けられていた時計が12時になった瞬間開いた扉の先にいたのはソファに座る女性と、大柄な男性の姿。どうやら彼ら二人が試験官らしい。二次試験の内容は、料理。二人は美食ハンターらしいけれど、おいしい食を求めるプロを満足させる料理を作るのが試験?料理をしない人だって得意でない人だっているのだから、きっと料理を通して何かを見られると思うのだけど…
そして、まず最初に出された料理の課題は豚の丸焼きだった。それを聞き、一斉に走っていく受験生に私達も走り出すけれど、この近くに豚に分類される生き物はどれだけいるのだろう。…生きている動物を、試験の為に殺してしまうのはなんだか心が苦しいな。もやもやとする胸を押さえつけるように、胸元で手を握りしめた。
…想像している豚と違った。人間より倍以上ある大きな豚は鼻が大きく、私達を認識すると興奮したようにこちらへ突進してきたのだ。咄嗟に避ければ、落下の勢いでゴンは釣り竿で豚の頭部を叩いた。すると、一撃で大きな豚は倒れてしまったのだ。弱点は額で、大きくて硬い鼻は弱点である額を隠すためのもののようだ。
「っごめんなさいっ!」
覚悟を決めて、”練”で強化した杖を振り下ろせば、一撃で倒れた豚さんに眉をひそめる。レオリオもクラピカも問題なく倒したようで、目の前の自分が倒した豚さんに手を合わせた。ごめんね、ともう一度呟く。
「ナマエ?…運べそうか?」
「う、うん。大丈夫」
念で強化すれば、だけれど。力なく笑えば、クラピカは持てそうになければ自分かレオリオに声をかけろと気遣ってくれた。あくまでもこれは試験なのだから、持てないならばそれまでなのに、なんでここまで気にかけてくれるんだろう。それに、背負ってくれたのも。
会場まで運び、最低限の処理をして軽く味付けをして豚の丸焼きを試験官の人に提出する。自分の体格以上に積まれた豚の丸焼きをぺろりと食べてしまった試験官の人に言葉を失う。自分の体積より明らかに食べた量が多いのだけれど、お腹を壊したりしないのだろうか。
豚の丸焼き料理審査は71名が合格。
次の試験は女性の試験官の方らしい。先程より厳しくするという発言に自然と身が引き締まる。一体どんなメニューを言い渡されるのか、静かにメンチさんの言葉を待った。
「二次試験後半、あたしのメニューは スシよ!!」
…スシ、って…お寿司のことかな。
告げられたメニューに言葉を失った受験生たちは検討がつかないようで動揺しているようだった。海外で有名というほどではないけれど、日本料理の代表格とも言えるスシを周りのみんなは知らないようだ。
お寿司があるということは、日本に似た国があるということ?垣間見えた希望に胸が躍るもそれは一瞬のことで、私の知る日本ではないことが明白だった。そうしている間にメンチさんは言葉を続けた。中に用意された調理場でヒントを見つけながら調理をすること。ご飯は用意してあること。そして、スシはスシでもニギリズシでないといけないらしい。メンチさんがお腹いっぱいになった時点で終了してしまう為、これは早く作らなくては定員に間に合わない。
皆お寿司を知らないようだけれど、クラピカ達に教えていいのだろうか。これがもし、ヒントを見つけ自分で試行錯誤することが目的なら教えてはいけない気がする。
うんうん悩んでいるうちにレオリオとクラピカは考察を始めていた。ニギリという言葉から大体の形は想像できるけれど、肝心の食材がわからないと悩むレオリオ。確かに、スシ、ニギリズシ、そしてここに並んだ白米と調理器具だけじゃわからないだろうなぁ…
「具体的なカタチは見たことがないが…文献を読んだことがある。確か…酢と調味料をまぜた飯に新鮮な魚肉を加えた料理、のはずだ」
酢飯の味見をしながら小さな声で考察を述べたクラピカ。すごい、当たってる。そのクラピカの言葉に反応したレオリオは、小声で話をするクラピカと正反対の声量で言葉を続けた。
「魚ァ!?お前ここは森ン中だぜ!?」
「声がでかい!!川とか池とかあるだろーが!!」
レオリオの大きな声を引き金に、受験生は一斉に建物を出て行ってしまった。遅れを取らないように私達も駆け出すけれど、レオリオは苛立ったように盗み聞きをされたことに怒っているようだった。盗み聞き…に該当するにはレオリオの声量が大きかった気がするけれど。
走った先に見えた川で、レオリオはズボンを捲りずんずんと川の中に入っていってしまった。クラピカは道具を用意するようで、木陰に座って黙々と作業を進めている。私はどうしようかな、と川の水面を見つめる。
寿司のネタに使われるのは、マグロ、サーモン、イクラ、イカ、ホタテ…と、全て海の生き物だ。卵を使う手もあるけれど、この場合求められているのは魚。川の魚を使ったお寿司って食べたことがないけれど、おいしいのかな?
髪を一本使い、杖の先に巻きつける。レオリオは小魚と格闘しているようで、逃げるな!くそっ!なんて言いながら追いかけている。なんだか楽しそう。
「みーちゃん、食べれるお魚で大きいサイズの子が欲しいんだけど…お願いできるかな」
二人に聞こえないようにみーちゃんにお願いをすれば、するりと外套の下で腕に巻き付いた。大丈夫の合図だと思う。釣りの心得はないけれど、水面に杖の先につけた髪を垂らす。あとはみーちゃんが見つけてくれるかな、と腰を降ろした。
「…ナマエはソレで魚を捕るのか?」
「えっ?う、うん」
「……餌や釣り針はつけたのか?」
「……あ」
つけてないや。
あはは、と苦笑いで誤魔化せばクラピカは優しく笑った。釣り針の役割ができそうなものをつけようか、とクラピカが言葉を続けたその時だった。グン!と杖が重くなり、遠くの水面が激しく揺れ、水しぶきが上がる。そういえば巻き取る器具とか網がないなと考えながら杖を上にあげれば、水の中からこちら側の地面へ魚が飛んだ。
「!?」
「あ、釣れた」
ビチビチと跳ねていた魚は大きく、脂も乗っていそうだし食べられそうだ。魚の口から髪を回収すれば、信じられないといった顔のクラピカが私を見ていた。餌も釣り針もなしで釣れたことに驚いているのだろうか。誤魔化すように笑顔をつくり、向けられた視線から逃れるように釣れた魚を指さした。
「えと…クラピカの分も釣ろうか?」
「…ありがとう。だが、自分で取るから問題ないよ」
「そう…?」
「獲ったーーー!!!」
突然聞こえた大きな声に肩が跳ね、声の方を見れば魚を掴むことができたらしいレオリオが魚を天に掲げていた。嬉しそうなレオリオに思わず笑みがこぼれる。
「私も負けていられないな」
「ふふ、そうだね。頑張って、クラピカ」
作った道具で川へ向かったクラピカに手を振る。クラピカが魚を獲ったら一緒に戻って、調理をしよう。二人はどんなスシを作るんだろう。なんだか楽しみだな。
「……」
そういえば、私魚捌いたことない。どうやって三枚におろすんだろう。
頭を落として、上と下と骨で三枚…?包丁で頭を落としたのはいいけれどいまいちわからず悩んでいると、隣で自信満々に作っていたレオリオが真っ先に試験官の元へ料理を運んでいた。早い、すごいなぁレオリオ。目の前のことで精一杯で、どんな料理を作っているのか見ていなかった。
ちら、と覗けばレオリオの大きな手で大きく握られた丸い白米に、そこから顔を出す生きたままの小魚たち。…うーん、生きたままはさすがに食べられないと思うなぁ。
他にも受験生が試行錯誤して作ったものを持っていくけれど、スシとは程遠いものでメンチさんは試食にすら至っていなかった。私はというと、やっと魚を三枚におろせて息を吐いた。身が削れたり綺麗なカタチではないけれど、うん、食べれればいいんだよ。師匠だってよく食べれればいいって言ってたし。
「あんたも403番並!!」
スシ作りで閃いたようなクラピカが持っていったスシがレオリオと同等と言われ、クラピカは酷くショックを受けているようだった。真っ青な顔で肩を落とすクラピカに慌てて駆け寄って声をかける。
「げ、元気だしてクラピカ。惜しかったと思うよ!」
「……」
「私、クラピカが作ったお寿司食べてみたいな!ちゃんとおいしそうだったよ!」
「…ありがとう、ナマエ…」
相当落ち込んでいるようだった。レオリオと同じレベルと言われたことがショックだったのかな。なんとか作ったお寿司を乗せ、クロッシュを被せたお皿を持っているからクラピカの背中を撫でることができない。一旦置こうかな、と考えた時私の手に持つお皿に気づいたようだった。
「ナマエも出来たのか。早く見せに行ったほうがいい」
「う、うん」
クラピカに背中を押され、クラピカを案じながらメンチさんの元に向かう。既に一人並んでいて、坊主頭の男性が得意げにクロッシュを取った。
「どうだ!これがスシだろ!」
男性が出したものを覗けば、きちんとスシの形をしたものがお皿に乗っていた。この人は食べたことがあるんだろうな。試食したメンチさんは無表情になり、そしておいしくないと告げた。その言葉にどきりとする。私、そういえば味見をしていない。今から戻って味見をしてから出した方がいいのだろうか。お皿を持つ手に焦りで力がこもる。
「メシを一口サイズの長方形に握ってその上にワサビと魚の切り身を乗せるだけのお手軽料理だろーが!!こんなもん誰が作ったって味に大差ねーべ!?」
「お手軽!?こんなもん!?味に大差ない!?」
目の前の男性が、作り方や形状をばらしてしまっただけではなく、寿司という料理を罵倒する言葉にメンチさんの地雷を踏んだらしい。怒ったメンチさんの表情を見て顔が引きつる。お寿司を握れるようになるには10年以上の修行が必要なんだと罵詈雑言を飛ばしながら怒るメンチさんに一歩引いてしまう。でもそんな料理を試験課題に出さないでほしい。メンチさんは、どれくらいの完成度のスシを合格と考えているのだろう。
「あーーもォ怒鳴ったらますますハラ減ったわ。さぁ次の!406番持ってきなさい!」
「はっはい!!」
まさか番号で呼ばれると思わなくて声が裏返ってしまう。慌ててクロッシュを取って出せば、メンチさんはきょとんとした顔になる。
「あら、あんたも作り方知ってたの?」
「えっと…」
「まぁいいや。試食試食〜」
ぱくり、とメンチさんの口の中に消えたお寿司をじっと見守る、ドクドクと緊張で心臓が激しく鼓動し、手まで震えてきた。ごくん、飲み込んだメンチさんは悩むように眉をひそめた。
「ニギリが甘い、新鮮味がない。ダメ」
「う…」
「でも魚はなかなかいいの獲ってきたじゃない」
やっぱり職人さんが何年も何十年も修行して作るお寿司を、素人が作れるわけがない。肩を落とし、どうすれば合格を貰えるようなお寿司が作れるか考えてみたけど日が暮れそうだ。
「…メンチ、それは少しキビしいよ」
「あんたは黙ってな!!」
さっきの前にいた男性が作り方を大きな声で言ってしまったせいで、受験生が殺到していた。振り返れば大量に押し寄せていて、思わず悲鳴が出る。慌てて集団から逃げるように出ていけば、クラピカが私の方へ駆けてきた。
「大丈夫か?」
「う、うん…」
私もダメだったよ、と眉を下げて笑う。すると、何かを考え込んでいるクラピカが私を見つめ、口を開いた。
「ナマエは…知っていたのか?スシを」
「へ?…うん、ごめんなさい」
「いや、ナマエなりに試験の趣旨を考えたのだろう?気にするな」
お寿司の作り方を教えなかったことに対して怒っていたりするわけではないらしい。クラピカの表情からしてもそれは一目瞭然だった。でも、クラピカは何かを悩むような顔をしている。どうしたの、と首を傾げれば曖昧に言葉を濁した。
「…?」
メンチさんのお腹がいっぱいになり、二次試験後半は合格者なし。
その事実が受け入れられず、頭が真っ白になった。
2019/07/08