全員不合格とされ、意義を唱えメンチさんを殴ろうとした受験生がブハラさんにふっ飛ばされて。雲行きの怪しくなってしまった試験は、ハンター協会の会長だという人が来て一気に状況が変わった。
冷静になったメンチさんは自分も頭に血が登ってしまい、審査不十分であったと告げた。そこで、ネテロ会長の提案の元メンチさんの実演付きで再試験という形になった。メンチさんが告げた新しい料理課題は、ゆで卵。そして、ネテロ会長の乗ってきた飛行船で遠くに見える山まで行くことになった。
着いた先には底の見えない谷。下は深い河らしく、落ちたら数十キロ先の海まで流される。それを知った上で、メンチさんは迷うことなく谷底へと飛び降りた。
メンチさんの目的は、谷底にあるクモワシの卵。陸の獣から卵を守る為に、谷の間に丈夫な糸を張り卵を吊るす。その糸にうまく掴まり、卵を一つ取って崖を登り戻ってくる。…正直に言うと、めちゃくちゃ怖い。キルアもゴンも、レオリオもなんだかわくわくした顔をしている。私はきっと顔色が悪いのだろう。
けれど、私にはみーちゃんがいる。もし掴み損ねても、みーちゃんが助けてくれるだろう。カタカタ震える手をぎゅうと握りしめ、前を見据える。皆と一緒に谷へと落ちれば、なんとか糸に掴まることができた。崖を登るのは、師匠に念を使っているとバレないように教えてもらった方法で登り切ることができた。…それにしても、ゴン達は怖くなかったのかな。
「……おいしい」
食べる前にごめんなさい、と手を合わせてからクモワシのゆで卵を頂くと、市販の卵に比べ濃厚で舌の上でとろけるよう。お塩をかけなくても充分おいしくて、白身も甘く感じる。この谷に降りてまで食べたい気持ちがわかる。
メンチさんに不信感を抱いていた、殴られていた男性はこのゆで卵を食べて考えを改めたようだった。第二次試験後半、43名が合格となった。
次の目的地への到着は明日の朝8時。連絡をするまで自由にしていいと告げられた瞬間、どっと出た疲れが体を襲った。何十キロも走らされ、戦い、最後は谷まで落ちるというハードすぎる試験一日目だ。疲れからか意識も朦朧としてきて、襲ってくる眠気と必死に戦う。ゴンとキルアは飛行船の中を探検するようだった。元気だなぁ。
「オレはとにかくぐっすり寝てーぜ」
「私もだ。おそろしく長い一日だった」
「…つーかナマエ大丈夫か?船漕いでっけど」
「うん……」
目をこすりながらなんとか答えたけれど、すごく眠い。転ばないように、とクラピカが私の手を引いてくれてなんとかお礼を言った。
試験はあといくつあるのかというクラピカの疑問に答えるように、トンパさんが話しかけてきたけれど疲れと眠気でぼーっとしてしまって聞き取れない。
なんとかシャワーを浴びて、レオリオとクラピカに助けてもらいながら私達は壁にもたれながら寝ることにした。落ちていく意識の中、どこからか視線を感じた気がした。
▲▼
ざあざあと大量の雨粒が地面に落ち、水たまりを弾く。息の乱れた私は、棒のようになった足を無理矢理動かし、迫り来るナニカから逃げていた。どんなに走ってもあたりは大きな木々ばかりで、大きな声を出して助けを求める体力もなかった。
息ができない、苦しい。呼吸は乱れ、足元は跳ねた泥と水でぐちゃぐちゃ。ずぶ濡れになった体は冷たいのに、走っているから変に暑くて。
「あっ」
何かに躓いて、勢いよく地面に転んでしまった。慌てて立ち上がろうと起き上がるけれど、足が拘束されているかのように動かない。見れば、鎖の切れた足枷に木の根が巻き付いている。どんなに引っ張っても抜けなくて、ドクドクと心臓の鼓動が早くなっていく。
「見ィつけたァ」
「ひっ」
筋肉質で大柄な男が、足枷の鎖を踏みつけた。見上げると男の顔がうまく見えず、ニィと不気味に上がった口角が鮮明に瞳に映る。空から落ちる雨粒は、ただ落ちるだけだった。男の影で視界が暗くなった。高く掲げられた斧がギラリと鈍く光った。男は、そのまま斧を振り下ろして、咄嗟に目を瞑ろうとしても何故かできなくて。
そして、その男の首が、落ちた。
「あ、あ、あ…」
頭のない首から、ぶしゃり、ぶしゃりと血が吹き出て私の顔に落ちた。足元に落ちた男の顔が、ぎょろりと濁った瞳で私を見る。どんどん酸素が吸えなくなり、呼吸が短くなっていく。じわじわと涙が滲み、頬を伝う。
「化け物」
男の口が、そう動いた。
その瞬間、パチンと弾けるように景色が変わった。
私はあの村の社にいて、また雨が降っていた。とっくに切れたままの足枷の鎖はサビがついていた。木をなぎ倒す音と、轟く雷鳴に、知らない男の怒鳴り声。随分前に壊されたままの社の扉から、大きな体でたくさん武装をした男が土足で社に踏み入る。その背後で、真っ白に雷が光った。
逃げなきゃ
慌てて立ち上がろうとしたら、切れていたはずの足枷の鎖が床に刺さっていて抜けない。引き抜こうと手を伸ばすと、ガチャン!と刃物が落とされ心臓が止まるかのように思考も止まった。
「悪く思うなよ?嬢ちゃん」
ニタリ、知らぬ男が笑う。扉の前にいた男とは違う。いつの間にか隣に立っていたその男は、大剣を振り下ろした。
「ナマエ!」
「…っ!」
ぱちん、視界が変わる。まとまらない思考と視界に構わず、私は気づけば拳銃を目の前の人の気配に向けていた。息が苦しい、うまく呼吸ができない。あれは、今までのは夢だったのか。じゃあ、今銃を向けているのは?
「!あ、ご、ごめ、ごめんなさ…」
私が銃を向けていたのは、心配をして起こしてくれたであろうレオリオだった。さっと顔から血の気が引く。カタカタと指先まで震え、過呼吸になりながら慌てて銃を降ろした。
「気にすんな。それよりも落ち着け、オレの呼吸に合わせて息できるか?」
「っは、は……は、」
「大丈夫だ。うまくできてる」
レオリオの言う通りに呼吸をすると、少しずつ息ができるようになっていく。気づけばぼろぼろと涙を流していて、冷や汗が背中を伝っていた。寝ぼけていたとはいえ、レオリオに銃を向けてしまった。ドクドクと今度は違う感情で心臓が早くなる。
「すまない、もっと早くに起こせばよかった」
「ご、ごめんなさい…」
クラピカは断りを入れてから私の涙をハンカチで拭ってくれた。レオリオがずっと呼吸のテンポがわかるように撫でてくれたおかげで、起床時より随分呼吸が楽になったし涙も止まった。
「レオリオ、ごめんなさい。銃、向けちゃって、その…」
「気にすんなって。…嫌な夢見たんだろ」
「……うん」
だいぶ落ち着いた私を見て、レオリオはぽんぽんと私の背中を元気づけるように撫でた。そして、そのまま私の頭をくしゃりと撫でると太陽のように笑った。
「もしまた嫌な夢見たら、もっと早くに起こしてやっから」
「…ありがとう」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、ふと何故髪に触られているのか疑問を抱く。フードがずれているのだとすぐに気づき、私は慌ててフードを深く被り直し、周りの受験生に視線を巡らせる。こちらを凝視しているような人はいない、念も感じない。それに安堵しほっと息を吐くと、ずっと考えるように思案していたクラピカが口を開いた。
「私とレオリオで死角にしていたから大丈夫だ」
「…クラピカ」
「ナマエを狙う奴はオレがぼっこぼこにしてやるよ!」
「レオリオだと不安だろう。私が倒すから安心していい」
「んだと?」
「…ふふ」
二人のやり取りに、自然と笑みがこぼれた。喧嘩が始まりそうだったのに二人は顔を見合わせ、笑った。
こんなに優しい人達だからこそ、側にいたいし守ろうと思える。守った結果が、側にいられなくなるのだとしても。そんな時が、来ませんように。
2019/07/25