次の試験の場だと飛行船から降ろされた場所は、誰もいない、何もない場所だった。飛行船から見えたのは長い塔の姿。トリックタワーと呼ばれる塔の上にいるらしく、ここが三次試験のスタート地点となるらしい。


試験官の伝言によれば、生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間。


長いように思える制限時間ではあるが、それだけ時間が用意されているということはこの塔の中で何かが起こるということ。側面は窓一つない崖のようになっており、降りることは不可能のように思える。…が、一流のロッククライマーだという男が得意げに壁を伝って下っていくのを他の受験者は感嘆する。


だが、ふとゴンが空に浮かぶ小さな影を指差した。どんどん近づいてくるその姿は成人男性より大きな体の怪鳥。彼らは壁を降りる男を、襲った。




「…ーーっ」


その光景に目を背け、クラピカ達に隠れるように崖から下がった。


外壁を下る手段がないということは、どこかに下に降りる方法が隠されているということだ。周りを見渡し、変わった点はないか目を凝らすが特段変わった場所はない。色が違う場所があったり目印があったりもしない。もういっそのこと、髪を変化させて下までドリルのように掘ってしまえばいいのではないかと考えてしまう。


「……?」
「どうした」


不思議そうに周りを見渡したクラピカに、レオリオが声をかける。私も同じくクラピカに視線を向ければ、人数が減っていると言った。周りを見れば、確かに人が減っているような気がする。数えてみれば、既に半数近くがこの屋上から脱出したことに気づいた。


「この人数の中消えた全員がこっそりと同じルートを使って降りたとは考えづらい。きっといくつも隠し扉があるんだ」


「レオリオ、クラピカ、ナマエ」
「ゴン」


こちらに駆け寄ったゴンは、声を潜めた。どうやら、クラピカの予想通り隠し扉を見つけたらしい。そして、迷っているという言葉に首を傾げる。なんでも、扉がいくつもあるらしい。案内するゴンに続いたレオリオとクラピカ。その後ろを追うために一歩踏み出すと、ガコンと小さく足元から何かが落ちる音がした。


「ひゃ、ぁ!?」


「ナマエ!」


ひゅっと落ちていく視界の中、振り向いたクラピカ達の顔を見ることもできず視界が暗くなる。そして、地面に落ちる前にみーちゃんがクッションになってくれて、ほっと息を吐いた。


慌てて辺りを見渡せば、何もない正方形の一室だった。誰もいない空間にドクドクと鼓動が早くなる。誰もいないから、とみーちゃんを伸ばして落ちてきた場所を押してみるけれどびくともしない。一度きりの隠し扉ということだろう。


急に、クラピカ達と離れてしまった。一人になってしまった恐怖にカタカタと体が震え始めると、するりとみーちゃんが私の腕に絡みついた。そして頬を優しくつつかれ、思わず笑みが溢れる。


「そうだよね、みーちゃんがいるもんね」


みんなと離れてしまった不安は消えないけれど、私にはみーちゃんがいる。ぐ、と拳を握り立ち上がって改めて部屋を見渡す。すると、出口のないこの部屋に文字の書かれたプレートを見つけた。近寄って書かれた言葉を読み、首をかしげる。


「選ばれる道…?」


そこに続いた言葉には、””君は選ばれる。一人で進むか多数で進むか、君は選ばれる立場にある。””…と、ただそれだけ。


「…みーちゃんわかる?…だよねぇ」


どういう意味なのかわからずみーちゃんに聞いてみると、ふるふると宙に浮いた髪の束が横に振られた。何かに選ばれるというのだが、何に、どうやって選ばれるというのか。そのプレートの前にある丸いテーブルには、腕時計と一枚の紙があった。


多数決の道が開かれた時、選ばれる道も開く。


ただその一文が書いてあった。ますますわからなくなってため息を落とす。クラピカがいれば、どういう意味かわかったんだろうな。
立ち止まっていても仕方ない。部屋にあるのはこのプレートと、テーブルと残り時間の刻まれた腕時計と一枚の紙。テーブルを動かしても隠し通路はない。もうこのテーブルで壁を壊して出てみようかな、と持ち上げた時取り付けられていたスピーカーからノイズが走る。


””そこは選ばれる道。多数決の道の扉が開かれれば、この部屋の扉も開く””
「ひいっ」
””思う存分力を発揮し、選択をされる。それでは、諸君の検討を祈る””


それだけいうと、ぶつりとスピーカーの音声は途切れた。急に流れた音声に驚き、肩を跳ねさせてしまった私はドキドキと激しい心臓の音を抑え込むように胸を押さえた。


つまり、別の部屋、多数決の道の部屋があって、その部屋が開いたらこの部屋も開くということだろうか。どこかの部屋と連携して進んでいくということ?選ばれるというのは、その部屋にいる人に選ばれるということ?何を、選ばれるの?
湧き出る疑問を解消する術もなく、崩れるように壁に背を預けた。深く吐いたため息に応える人はいない。


一人でいる不安を誤魔化すように、毛先を変形させて遊んでいたら、急に部屋に扉が現れた。ふと腕につけた時計を見れば、2時間経っていることに気づく。やっと、やっと開いた。下まで穴を開けてしまう方法は、最悪最終手段で使ってもいいかもしれない。けれど、確実に周りの目が変わってしまう。それだけは、それだけは避けたい。


銃を手にしたまま扉を開けば、先にあるのは一本の通路。迷路のようになっているわけではないようで、進む道は決められている。歩を進めれば突然頭上から何十本、何百本ものナイフが落ちてきてぎょっとする。


「ひっ!」


銃で間に合わない、と咄嗟に目をつむれば、みーちゃんが弾いてくれたらしい。乾いた音と共に床に落ちた大量のナイフに背筋が凍る。殺す気か。
ナイフを踏みつけながら道を進み、やっとナイフ地帯から抜けられたかと思えば視界に何かが飛び出す。え、と思考が追いつく前にそれらは切り刻まれ、地面に落ちた。


今度は、地面から槍?


冷や汗が止まらない。忍者屋敷みたいだ。みーちゃんがいなかったら今頃死んでいた。


「ありがとうみーちゃん……」


忍者屋敷だと思えばどこかに隠し通路とかあったりするのかな。ふと思い立って壁に手を当てれば、ガコンとレンガが一つ凹んでカチリと嫌な音がした。そして、下から突如上がった紫の煙にだらだらと冷や汗が流れる。


「きゃーっ!!み、み、みーちゃん〜〜!!」


いかにも毒ガスですといった見た目の煙に慌てて走って逃げて、階段を駆け下り、目の前に見えた部屋に逃げ込む。ぷしゅ、と空気の抜ける音と共にしまった扉にほっと息を吐く。…けれど、逃げた先の部屋に慌てて意識を向けた。何もないレンガの部屋。スピーカーからまた声が流れる。


””壁を壊して脱出をしろ””
「か、壁を…?」


入ってきた方を壊せば毒ガスが入ってくるかもしれない。反対に位置する目の前の壁まで近づき、念で強化した杖で壁を殴る。鈍い音と壊れる音が響き渡るが、壁に穴は開かなかった。クレーターのようになっただけで、杖で軽く叩けばまだ分厚い壁。それでも、この先に誰がいるかわからない。再び念で杖を強化して、何度か思い切り壁を殴りつけようと杖を振り上げ、ふと違和感に視線を下げる。


ぴちゃ、と聞こえた水音。その音は下からで、視線を下げれば床には水が浸っていた。どうして水が、と考えているうちにぐんぐん水位が上がっていき、あっという間にくるぶしまで水が上がっている。早く脱出しないと溺れて死ぬ!


慌てて強化した杖で必死に壁を壊せば、膝まで浸ったあたりでなんとか壁が壊れた。人一人通れる大きさの穴に慌てて飛び込み、息を吐く。


部屋を出てから休む暇がない。ずっと生死に関わるほど危険な目に遭っている。早く下に行きたい。じわりと滲んだ涙を慌てて拭って、顔を上げた。壁を壊した先は真っ白な部屋で、プレートがかかっていた。


「運命の、部屋…」


運命とまで言葉が使われているのだから、この先きっと一筋縄ではいかないのだろう。ボーナスタイムに入るまで待つようにと訳のわからないスピーカーの音声に、感情を押し殺すように息を吐いた。


私の目的は、ハンターライセンスを手に入れること。
師匠からの言いつけは、異世界から来たことは言わないこと、みーちゃんは”非常事態以外”使わないこと、念能力者に近づかないこと。


非常事態で力を見られた時は、記憶を消せと言われたけれどそんなこと絵本やゲームじゃないのだからできるわけがない。けれど、師匠の言葉にみーちゃんはできるといったような仕草をしていた。…みーちゃんは、この力は変形以外に何ができるのだろう。




””ボーナスタイム突入!思う存分力を発揮してきてください!””


しばらくしてスピーカーから流れたのは、機械音の女性に似た声。ボーナスタイムはどういうことなのか説明もないまま扉が開いた。


一つ、深く息を吐く。大丈夫、と自分に言い聞かせて扉の先へ歩を進めた。


すると、扉の先に見えたのは、


「……なにこれ」


今まで通ってきた部屋の何十倍も広い部屋に、高い天井。そして、何百はいるだろう大量のマネキン人形。私よりも背の高い顔のない人形達は、様々な武器を持っている。理解のできない光景に、ぽかんとするしかできなかった。












■□








ペナルティの時間を通された部屋で過ごし、少し時間が経った。クラピカは部屋にある本棚からある薄い本を見つけた。初版の日付も出版社も書かれていない。そこには、ある村を襲った化け物というタイトルが記されていた。


童話に似つかわしくないタイトルだ。ページを開くとそこにはいかにその化け物が恐ろしいかが描かれていた。村に突如現れた化け物。その化け物をなんとか山の社に封印し、討伐を試みるといった内容だ。数ページしかないその本には、何十人もの死体が無残な姿で描かれていた。おそらく幼児向けに描かれたものではないのだろう。
そして、化け物は討伐に向かったハンターを一瞬で殺したと書かれている。その化け物は、いつか読んだメデューサのようにおどろおどろしい髪を持っていた。




””ボーナスタイム!””




「うわっ何だ!?」


当然スピーカーから流れた機械音声に、レオリオが声をあげる。クラピカは本から目線を外し、スピーカーを見つめた。




””隠しアイテムを入手した為、特別アイテムが付与されます。アイテム名はーーー化け物!入手するかどうかは選択制になります。それではこれから、化け物の紹介映像に入ります。リアルタイムの映像になります!””


機械的な女性の音声の後映し出されたモニターにどこかの部屋が映し出された。


何百もの大量のマネキンが立つ広い部屋。それらは各々武器を持っており、大剣や斧、銃、チェーンソーなど殺傷力の高いものばかり。視点が切り替わり、この部屋にギィと音を立てて扉を開けた人物に変わる。そして、アップで映された見知った顔にクラピカ達は目を見開いた。


「ナマエ…」


驚いた顔のナマエが映像に映る。そして、彼女の後ろの扉が音を立てて閉まった。どうやら音声まで聞こえるらしい。


扉が閉まったことに驚いたナマエは扉の方へ振り向き、慌てたように扉を叩いているがびくともしないようだ。その姿に、クラピカたちは冷や汗を流す。


先程、スピーカーから流れた言葉を思い返す。ボーナスタイムはどういうことだかわからないが、化け物の紹介映像だと告げた。つまりこの部屋に、”化け物”と称される生き物が出るのだ。そんな部屋に閉じ込められてしまったナマエが、危ない。


「レオリオ、どこ行くの」
「ナマエのとこだよ!ナマエが、化け物に襲われんのを黙って見てろっていうのかよ!」
「オレたち、この部屋から出られないよ」
「んなこと知るか!」


逆上するレオリオは今にも部屋から飛び出してしまいそうだ。冷静に指摘するゴンもこの事態にはさすがに冷や汗を浮かばせている。クラピカも例外ではなく、助ける為にはどうすべきか必死に頭を働かせる。


「うわ…」


キルアが引いたように声をあげ、一同の視線がモニターに集中する。
マネキン人形のはずのそれらが、動き出したのだ。モニター越しに聞こえたナマエの小さな悲鳴にクラピカは歯を食いしばる。


咄嗟に構えたナマエは持っていた杖をマネキンに叩きつけた。すると、バキリとマネキンは粉々になってしまったのだ。壊れやすい材質のようには見えない。その光景にレオリオはぽかんと口を開ける。




だが、部屋中何百体ものマネキンが配置されている。一体一体壊して回る余裕はなく、弓や銃弾まで飛んできているようだった。涙を滲ませたナマエは、わあわあ言いながらマネキンを殴っていくが走るスピードはどんどん鈍くなっていく。


「!おい、アレ…」


ナマエが頭を壊した人形が、油の刺されていないブリキのおもちゃのように動き出した。そして、近くに落ちていた斧を拾い上げ、ナマエに襲いかかった。


”ひっ”
「あんなのアリかよ…」


真っ青なナマエは転ぶようにその斧を避けた。が、ゴンやキルア、クラピカはその動作に違和感を覚えた。自分で避けたようには見えない。言うならば、誰かに引っ張られたような転び方だったのだ。


転んで避けたナマエは慌てたように立ち上がろうとするが、壊したはずの伏せたままのマネキンが力強くナマエの足首を掴んだ。悲鳴をあげるナマエにすかさず別のマネキンがナマエの腕を拘束し、また別のマネキンは彼女の首に腕を回して拘束をした。壊れたマネキンの中身は真っ黒のような鈍く光る材質でできているようだ。鉄ではないのかと考えればナマエの逃げ道を失われたことにレオリオは扉を蹴りつけた。今すぐ出ていってナマエを助けようとしているのだろう。堪らずクラピカもそれに加勢しようとした時、ナマエの前に立ったマネキンが斧を振りかざした。


「ナマエ!」


分厚く、鈍く光る斧が下ろされる。は、と息を飲む一同の顔色は真っ青だ。


瞬きもできずモニターを見つめた。そう、瞬きはしていないのだ。


一瞬のことだった。ナマエを拘束するマネキンと、目の前で斧を振り下ろそうとするマネキンが崩れるように粉々になった。中身は鉄でできているはずのマネキンは粉々になり、小さな山となった。斧まで粉々になっており、拘束されていたナマエが地面に落ちる音がモニターから響く。


全体映像に変わった。すると、一瞬時が止まったかのようにマネキン達の動きが止まる。そして、ずしゃりと砂の山に姿を変えたのだ。異常な光景に言葉を失う一同は、ただモニターを見つめるだけ。


また切り替わった映像に、息を呑んだ。




フードの取れたナマエ。俯く彼女の髪が、動いている。
束になった髪がふわふわと宙を浮いている。まるで生き物のように。そして、髪であるはずの毛先が刃物のように姿を変えた。光の速さで伸びたそれは、誤作動を起こし、今にも弾丸の雨を発射させようとするマシンガンを粉々にしたのだ。


”こ、こう見えて私、結構強いんだよ”


ヒソカと対峙した後に話した彼女の言葉がクラピカの頭に突如思い起こされる。あの言葉の真意に結びつけるには、頭の整理ができない。




「…化け物」


トンパの言葉が静かな部屋に落とされた。





2019/08/01