静まり返った部屋では、モニターの作動音だけが響く。切り替わる映像は一箇所砂嵐となっており、機械が壊されたようだ。ナマエをアップで映し出されるが、俯いた彼女の顔は伺えない。だが、震えた肩と、アングルが変わり髪の隙間から見えた顔色は真っ青だった。そんな彼女を心配するかのように、ふわふわと浮かんでいた髪が腕に巻き付いた。彼女の意思で動いているわけではないのか、とクラピカは悟る。


彼女を立たせようと髪の形が変わる。彼女は真っ青な顔色のまま、震えた声で髪に礼を言っていた。
髪が動くなど、聞いたことがない。願いの叶う神の髪、実態はこれだというのか。背筋に流れた冷たい汗は先程の一瞬の出来事を何度も頭に突きつけられる。そして、この塔に来る前の飛行船での出来事も記憶から掘り起こされた。魘されている彼女が目を覚ました時のあの表情、過呼吸になるほどのトラウマ。


””人形ではわかりにくかったのではないでしょうか?それでは次に、人間と戦わせましょう!””

突如スピーカーから流れた音声は彼女の部屋でも聞こえているようだ。スピーカーに集まった視線。平坦な機械音声は、明るい声色で言葉を続けた。


””大量殺人犯、ギュンター!老若男女構わず132人殺した懲役921年の男!いかに一瞬で人を殺せるかを極めた大量殺人鬼です!””


いかにもバラエティかのように、音声は続けた。これから出てくるという人間の犯罪歴に一同の顔色が変わる。キルアが殺したジョネスよりは殺した数は少ない。だが、ジョネスほどの人間がこの場に現れるというのだ。


不安と、混乱。頭をよぎるのは変形し、自由自在に意思を持って動く彼女の髪。彼女の意思なく、部屋に何百といたマネキンを一瞬で粉々にした力。


扉から現れたのは、身長の高い男。モニター越しでも、男が恐ろしい殺人鬼であることが伺える。一つ気になるといえば、その男に片腕がないことだ。男、ギュンターはニタリと口角を上げた。


”一年ぶりだなァ?嬢ちゃん”
「!」


どうやら彼女と認識があるようだ。大量に殺人を犯している男と、どこで、どういった経緯で知り合ったのか?切り替わって映された彼女の顔色は真っ白で、今にも倒れそうであった。友好関係ではないことは、明らかだ。


”お前を殺し損ねた挙げ句腕を切られた結果がこのザマだ”
”……社に、きた…”
”今すぐぶち殺してやりてえとこだが…今回オレは試練官としてここにいる”


ナマエの呼吸がどんどん短く、浅くなっていく。殺し損ねた、腕を切られたという言葉にクラピカ達は顔をしかめる。詳しい経緯はわからないが、ナマエはあの男に命を狙われていたというのだ。


”デスマッチだ!オレを殺せばこの部屋から出られる。殺せなければお前はオレに殺される”
”!”


息を飲んだ彼女の顔が恐怖に染まる。男はすぐにでも始めようと、手錠が落ちたらスタートだと言う。彼女の了承も返事も待たず、ギュンターはニタニタと笑いながら片手を突き出した。そして、ピ と電子音が手錠から鳴る。その時だった。


”だ、だめっ!”


ナマエの制止の声が響く。一瞬、このデスマッチに対する制止かと考えたが、モニターに流れる光景に思考を奪われる。


音はなかった。ギュンターの片腕が宙に浮いた。そして、ぼとりと地に落ちたそれを見て男は驚愕する。斬られた腕から吹き出す血液を抑える腕は両方とも失ってしまった。


そして、男に迫る人間の何倍もの大きさの刃物。いや、ナマエの髪が変形しているのだ。カタカタと震えた彼女はうわ言のように、だめ、だめ…と呟いている。そして、


”殺しちゃだめ!!みーちゃん!!”




ざくり、ギュンターの脳天から刃が落とされた。




頭から股間まで、文字通り真っ二つとなったギュンターは、もう物言えぬ死体と成り果てた。男の飛び散った大量の血液に、グロテスクな死体。人間技では成し得ない死体と斬られた箇所から落ちた大量の血液と臓器にナマエは口元を抑え、吐き気を耐えるように膝をついた。


刃となっていた髪はキラキラと光の粒子をまとい、そしてしゅるしゅると髪の束へと姿を戻した。付着していた血液もなくなっており、どんどん長さを縮めて彼女の元の髪の長さへと戻っていく。たった今人を殺した髪が、 嘔吐く彼女を労るように背を撫でている。過呼吸になっていく彼女は、ぼろぼろと涙を落とし始める。


”…な、んで、殺し、たの…”


”ぅ、あ…わたし、また……あ、ぁ…”


彼女は、好きで殺していない。ギュンターを殺したのは彼女の意思ではない。では、あの髪は一体何なのか?


殺すなという彼女の言葉に従わなかった惨状を見る限り、彼女の思い通りに動くというわけではなさそうだ。いや、だがギュンターは”デスマッチ”だと告げたのだ。殺すまで終わらないのだと。それを理解した上での行動であるなら、あの髪は、言葉を理解している!


「…ナマエ」


クラピカは無意識に彼女の名前を呼んだ。


一人の人間が真っ二つになり、何百体ものマネキンを一瞬で粉々にする恐ろしい力。確かに恐ろしいのだが、それよりも体を震わせ呼吸を乱し、涙を流すナマエの姿にレオリオは辛そうに顔を歪める。




””それでは投票に入ります。化け物を入手するかどうか投票をしてください””





□■





人を、人を、また、殺してしまった。


肉体が骨や臓器ごと割かれる光景と、地面に落ちてぐちゃりと漏れ出た赤黒い臓器に大量の血液。私が、私が殺した。


あの森で初めて殺してしまった、あの男の人の頭が目の前に転がっている気がして息を呑む。どんどん短くなっていく呼吸に肩が大きく上下する。は、は、ぁ、と短く漏れる呼吸と母音は意味を成していない。


むせ返るほどに広がる血の臭いにまた嘔吐く。ぼろぼろと涙がこぼれて、心臓の鼓動の音で意識が埋め尽くされる。


部屋に入ったら大量の動くマネキンに殺されかけて、みーちゃんが助けてくれた。けれど、変形させるのは緊急時だけの約束。まぁ、あの場で助けて貰わなかったら最悪死んでいたから緊急時という扱いで間違いないだろう。


けれど、次に現れた人。あの社に来た人だった。私を殺そうと社まで来て襲いかかってきた人。トラウマが蘇り、デスマッチだと告げる言葉に恐怖で思考が追いついていなかった。グンと伸びたみーちゃんが何をするのかすぐに分かって、慌てて、止めたのに。


ううん、デスマッチと言われたから殺さなきゃいけなかった?でも、でも


「っは、は、…っぁ、っ」


うまく呼吸ができない。スピーカーから流れる音声を聞き取れる精神状態になれなくて、どんどん息が苦しくなっていく。自分の荒い呼吸の音で周りの音が聞こえなくなっていく。私を心配して背中を撫でてくれていたみーちゃんが、急にへたりと動かなくなった。


「ナマエ!大丈夫か!」
「!くら、ぴか…」


あんな場所に、ドアなんてあったっけ。


空気がうまく取り込めなくて深く考えることができない。こちらに駆け寄ってきたクラピカは私の背を撫でる。なんでここにクラピカがいるんだろう。幻覚かと考えたけれど、目の前にしゃがんだレオリオの姿に涙が落ちた。


「ゆっくり呼吸しろナマエ、大丈夫だ」
「少しずつでいい、大丈夫だナマエ」


口に当てられたビニール袋。クラピカは私の背中を撫で、レオリオは呼吸のタイミングがわかるように、吸って、吐いてと声掛けをしてくれた。


何故ここにいるのか思考が追いつかない。言われるがまま少しずつ呼吸をすれば、ようやく荒い呼吸が落ち着いた。ビニール袋が不要になり、やっと過呼吸が治まった頃、ゴンとキルアまでいることに目を見開く。

「とりあえず移動をしよう」
「あ、あの…なんで、ここに…?」
「…移動をしてから話そう。立てるか?」


手を差し伸べられ、恐る恐るその手を握った。


皆、あの死体に気づいていないのだろうか。それとも、私が死体のある部屋にたまたま来て過呼吸を起こしていると思っているのだろうか。
立ち上がろうにも震えて力の入らない体ではうまく立ち上がれない。迷惑になっちゃう。早く立ち上がらなきゃと足に力を入れるけれど、生まれたての子鹿のようで不格好だ。


「…失礼」
「え、」


急にしゃがんだクラピカにぽかんとしていると、ぐるんと視界が反転した。浮遊感と、急に接近したクラピカの顔に、頬に熱が集まる。お姫様抱っこだ、と気づいてしまい慌ててクラピカに声をかけるけれどクラピカは構わずにスタスタと歩を進めてしまう。


「なぁにカッコつけてんだよクラピカ」
「格好つけてなどいない。背負うよりこちらの方が抱き上げやすかっただけだ」
「へーへー」


…クラピカ達に、会うことができた。


まだあの人の死体が、死んだ光景が脳裏に焼き付いて離れない。けれど、4人に会えた安堵からかほっと肩の力が抜ける。


ドアの先には休憩スペースのようになっていて、クラピカは私をそっとソファに降ろしてくれた。慌ててお礼を言うと、構わないよと微笑まれる。その整った顔立ちに思わず心臓が止まりかけて、慌てて目を逸らす。部屋の隅に立ったまま、何故か顔色の悪いトンパさんが、私を真っ直ぐに見つめている。なんでトンパさんがここに、と首を傾げる。


「ば、化け物…っ」
「……!」


彼の声は震えていた。


咎めるように声を上げたレオリオ。私の隣に腰を降ろしたクラピカ。明らかに私を指して告げられた言葉。そして、何故か目に入った部屋のモニターに、頭が真っ白になった。


そのモニターには、先程の部屋の映像が映されていたのだ。


クラピカ達はこの部屋にいて、トンパさんは私を化け物だと言った。それは、つまり、さっきのことを、



見られた









2019/08/03