全身から血液を抜かれたかのように、生きた心地がしない。




モニターに映された部屋は先程私がいた部屋で、映像がリアルタイムで回っているようだ。ノイズの音が小さく響き、そしてまもなく映像はブツリと音を立てて真っ黒な画面に変わった。


私を見るトンパさんの表情に、手先が凍っていく。


「わ、私……ちが、」


咄嗟に立ち上がると、くらりと目眩がした。慌てて後退したせいで足がもつれて床に尻もちをついてしまう。言い訳も言葉も真っ白な頭ではうまく絞り出せず、私は逃げるように外套のフードを深く被り直した。カタカタと震える指先は冷たい。


「私、何も、しな…わたし、」
「ナマエ」


びくり、肩が大きく跳ねた。すぐ近くから聞こえたゴンの声に顔をあげることができない。次にどんな言葉が続くのかと、血の気が引いていく。


私、皆を傷つけたりしない。その一言だけでも言わなくちゃいけないのに、はくはくと口からは空気がこぼれるだけだ。


「ナマエは化け物じゃないよ」
「……え、」


そう言うと、ゴンはしゃがんで私の顔を覗き込んだ。真っ直ぐで曇りのない瞳に吸い込まれるかのようで、息が止まる。


「だってナマエ、泣いてるじゃん。それに今まで一緒にいたから、わかるよ」
「…ゴン」
「オレだって爪伸ばしたりできるし」


近くに腰を降ろしたキルアは手を見せ、そしてシャキンと伸びるように鋭い爪を出してみせた。
それにぽかんとしていると、クラピカが静かに私の名前を呼んだ。無意識に体が固まり、恐る恐るクラピカを見上げる。


「…無事でよかった」


クラピカが少し口角を上げて、私を見つめてそう言った。真っ直ぐに告げられた言葉に思考が止まる。


恐ろしいはずだ。髪が意思を持って動く上に、人を一瞬で殺せる力だ。いつ自分に向くのかわからない。トンパさんの反応は正しい。なのになんで、私を労っているのだろう。


「なんで……あれを見て、私を心配するの…?」
「そりゃあお前、決まってんだろ」




屈んだレオリオは、私の頭をフード越しにわしゃわしゃと撫でて見せた。慌ててレオリオを見れば、眩しい太陽のような笑顔で私に笑いかけた。


「俺たち、仲間だろ」
「……!」


じわり、涙が滲む。泣きそうな私にレオリオはずっと頭を撫でてくれた。ぼろぼろと涙を落としてしまって慌てていると、クラピカがハンカチを私の目元に押しつける。綺麗なものだから使ってくれと微笑まれて、


「う、ぅ……」
「ナマエは泣き虫だな〜」
「グミやろうか?」




□■






涙もなんとか止まり、ソファに座らされてなんとか落ち着いた頃。キルアは私の髪に興味津々のようで、触りたいとまで言ってきていた。みんなはこうして普通に接してくれるけれど、トンパさんは、と視線をやると隅の方で寝ていた。…寝るんだ。
トンパさんが眠っているなら、いいか、とフードを恐る恐る取る。


「みーちゃん、挨拶しよっか」
「うわっ本当に動いた」


髪が一束動き、キルアに向かってぺこりとお辞儀をした。みーちゃんは自由に動けるのが嬉しいのか、ふわふわと他の髪の束も動き始める。




「ナマエ、みーちゃんっていうのはその髪の名前?」
「うん。髪…かみの”み”を取って、みーちゃん」
「うっわ単純」
「ミアさんとジャックさんはいい名前って言ってくれたもん…」


頬を膨らませて拗ねると、ゴンは二人の名前に反応し復唱する。私は言葉を詰まらせ、どう説明すべきか必死に思考回路を回転させる。どこから、どう話せばいいのだろう。


「ナマエ、無理に話さなくてもいい」
「…ううん」


隣に座る、心配してくれたクラピカに眉を下げながら笑みを返す。


こんな恐ろしい力を持っていて、レオリオだって怖いだろうし、クラピカだって警戒したいはずだ。ゴンや、キルアは…わからないけれど。
でも、それなのにこうしていつもどおり接してくれる4人に何かを返したい。経緯を話すくらいしかできないけれど、と私は言葉を探しながら口を開いた。


「…私、ある村近くの山の崖で行き倒れになっていたの。そんな私を拾ってくれたのが、お父さんとお母さん…ジャックさんとミアさんだった。 そこに行き着くまで何をしていたか、言葉も文字もここがどこなのか…何もわからなくて。二人とはもちろん血の繋がりはないけれど…私に居場所と、言葉と文字を教えてくれたの」


本当は、私はこの世界の人間ではないという前提条件があるのだけれど、師匠に言ってはいけないと約束させられているから言えない。ぐ、と拳を握りしめる。


「私のこの髪は、意思があるみたいで…ナニカが宿っているみたいだったの。でも、二人は素敵な髪ね、って…受け入れてくれた。二人と過ごした時間は本当に幸せで、本当の家族みたいだった。
拾ってもらって、一年は経った頃かな。私の髪が異質だって、どこからか知れ渡ってしまったみたいで…
私は村の人に拘束されて…二人は、拷問を受けて。
私は、化け物だって。私は二人に何もしないことを条件に、村近くの山の奥にある社に幽閉されることになったの」
「おいおい!ナマエは何もしてねえじゃねえか!なのに…それに、拷問なんて!」
「レオリオ」
まるで今目の前で起きているかのように怒りを表すレオリオに情けない笑顔を返した。拷問をされている二人を思い出してしまい、じわりと涙が滲む。ぐっと手のひらに爪を突き立てた。


「社は何もなかったけど、森に住む動物達が果物を持ってきてくれたりしたから…二人に会えないのは辛いけど、私が社にいれば二人は安全だから。
ある時急に…武器を持った人が社にたくさん来るようになった。…私を、殺しに」
「…そんな」
「私を殺せば、お金が貰えるんだって。
…社に閉じ込められて、どれくらい経った時かわからないけど…ある日突然、村で大きな火災が起きて…その時に、師匠に助けてもらって、ハンター試験を受けろって言われたの」
「…何故そこでハンター試験が出てくるんだ?」
「えっと…私には戸籍がないから、戸籍代わりになるハンターライセンスがいるんだって。身分証の取得と、ハンターしか行けない場所にいけるようになれば早々狙われない。この準備ができたら、二人に会えるの」
「?二人は無事なのか?」
「うん。師匠が言ってた」


どこか疑問に思うところがあるらしいクラピカは、悩むように眉を寄せた。どこか変な話し方してしまっただろうか。これが経緯だよ、と締めくくればキルアは平坦に「へぇ〜」と言葉をもらす。
「…今までよく頑張ったな、ナマエ」
「…レオリオ」


レオリオは私の頭に手を伸ばし、ふとその手を止めた。疑問に思い首を傾げると、じっと私の髪を見つめている。触って大丈夫なのかということだろうか。大丈夫だよ、と告げればレオリオはふっと微笑んで私の頭を撫でた。その手付きが、どこかジャックさんの撫で方に似ていて胸が締め付けられる。二人は、今何をしているのだろう。


「…しかし…変な試練だな」
「…?」
「まるでナマエの為に作られたようなものではなかったか?」


何百体もの襲ってくる武装しているマネキンに、大量殺人鬼とのデスマッチ。
話を聞けば、クラピカ達の通ってきた道はきちんと試験の意図のあるものだったらしい。多数決で物事を決めることの心理的な問題に、心理戦に知恵を働かせて解決をする。


「もしかしたら、マネキンを止める方法があったのかな…?」
「…いや、もしその方法があったにしても…まるで私達にナマエのソレを見せるために作られたかのようではないか?」
「…そう、かなぁ」
「ハンター試験だぜ?んなことあんのかよ」


先程のボーナスタイムと言われた試練は、誰かが仕組んだものではないかと言うクラピカ。髪の力をわざとクラピカたちに見せたのだとしたら、誰が、何のために?
考えすぎじゃないのかと言うレオリオに、クラピカは眉を寄せて何かを考えているようだった。確信もなく、もしそうだとしても意図がわからない。そもそもハンター試験に悪意を持って試験内容を変えるとは思えないのだけど、前の世界と認識が違うのだから誰かが手を出している可能性があったりするのだろうか。


わからない、けれど。真剣に私のことを考えてくれていることが、ただただ嬉しかった。
この髪の力を知られたら、みんなと一緒にいられないと思っていた。村の人と同じ、化け物を見る目で見られると思っていた。こうしていつもどおり接してくれることが、どんなに救われたか。それだけでなく、心配までしてくれる。


「とにかく、一応気をつけた方がいい」
「…ありがとう」


4人に出会えて、よかった。




2019/08/06