島に着くまでの時間、自分の番号が呼ばれるまでの時間、私はクラピカから逃げ続けた。逃げている、姿を見せないという時点でバレてしまっていないだろうか。
期限は一週間だというのに、島に来てから数日が経ってしまった。
栄養補給は、今隠れている木になっている果物でしのげる。が、この木の近くを数人通って行ったけれど私は襲いかかることもできずにいた。こっそりプレートをとることも、私にはできずにいた。そんな時だった。
「…!?」
飛んできた何かを、咄嗟にみーちゃんが受け止める。手で受け取って見ると、そこには197の番号が書かれたプレートがあった。
た、棚からぼたもち!!
「…でもこれじゃ一点分で合格にならないよう…」
泣いてしまいそう。これで不合格になったら、私の狙っていた番号がバレてしまうかもしれない。もういっそ死んでしまいたい。そうしたら事が終わるのに。
あまりこの木の近くも人が通らなくなった。絶で気配を消しているけれど、もういっそのこと消さない方が人が来るかもしれない。
襲ってきたら、襲い返せばいい。ううん、でも、こんな力見たらきっと。
そこまで考えて、どんどんごちゃごちゃに絡まっていく思考を落ち着ける為に深く息を吐いた。…もう一回寝て、考えよう。
そうして意識を沈めてまた何時間も時間が流れて、どうすることもできずにうつらうつらとしていたらみーちゃんに起こされて、目が覚めたら目の前に忍者がいた。
ぽかんとしていると、私がここにいるとは思わなかったのかあちらもぽかんとしていた。が、すぐに切り替えるように首を振ると、近くの木の太い枝に止まっている忍者は私を指差した。
「悪いが女子供でも容赦しねえぜ!プレートよこしな!」
「…なんで?」
「な、なんでぇ!?」
テンションの高い人だ。つい聞き返してしまい、真面目に答えを出そうとする彼に思わず笑ってしまう。そういえば久しぶりに人と話した気がする。
「あー…というか俺の標的の番号がこっちの方に投げられてな。探してるんだ」
「…番号は?」
「197…って知ってるのか!?」
「もしかして、これですか?」
持っていたプレートを見せると、忍者、ハンゾーさんは目を輝かせた。だが私が持っているとなることに、じっと私を見つめ返す。倒せるか倒せないかの判断でもしているのだろうか。
「…悪いことは言わねえ。それを渡してくれねえか。俺もあまり女に手は出したくない」
「私、三点分集めないといけないんです。ハンゾーさんがもし余分に持っているなら、それと交換でいいですよ」
「……お前、標的は?」
「…言えません」
口を割らない私に、ため息をついたハンゾーさんは立っていた太い木の枝に腰かけた。どういうつもりかわからず、私は首をかしげる。
懐から出した三枚のプレートを、ざっと片手で見せつけられる。それがどうしたのだと見つめ返すと、歯切れの悪い言葉が返ってきた。
「あー…お前が何故スタートから標的を狙わずにここにいるのか教えろ!そしたら交換だ!」
「(立場逆なのでは?)…大切な人の番号だったので、狙いたくなくて」
「いつも一緒にいるやつらか。…ふうん、自分が弱くて誰にも勝てねーからか?」
かちん、ときた。そのせいでつい、気づけばハンゾーさんの首元に鋭く尖らせた髪を差し向けていた。もちろん、視覚化できない細さで。
さすが忍者というべきか、目に見えないはずなのに気づいて咄嗟に身を引いた彼は私を驚いた目で見る。恐怖心も感じられたけれど、きっと命の危機からくるものだと思う。しまった、またみーちゃんを使ってしまった。髪を大きく変形させていないから、セーフということにならないだろうか。
「…それがありゃ、取り放題じゃねーか」
「……」
「…訳ありってやつか」
しばらくしてまた同じ木に戻ってきたハンゾーさんは、こちらにプレートを投げ渡した。思っていたより枚数が多く、慌てて落ちないように受け止める。
そこには先程ハンゾーさんが持っていた三枚のプレートがあった。198、362、89の数字はもちろん私の標的ではない。ハンゾーさんが、とったものだ。
「あの…?」
「オラ交換だろ!早くよこせ!あっソレは使うなよ!遠くには投げんなよ!」
「はあ…」
手で持っていた197番を投げ渡すと、ハンゾーさんはこちらを見ないまま言葉を続けた。
「これがあれば三枚がゴミになるからお前にあげただけだ!…後はとられねーように気をつけとけよ」
ゴミだからと言って、超過分も数えられるのに。私のことを考えて、三枚くれたんだ。少し暖かいプレートに、口角が緩んだ。
「…ありがとう、ございます」
「……こっちこそ、コレ、拾ってくれて助かった」
ハンゾーさんは、テンションが高くて声が大きいけれど、優しい人だ。
□■
人の気配から逃げながらたまに川で体を洗って、果物を食べて、眠った。
いつかの社での生活に戻ったみたい。みんなに会いたい。だけど、標的の番号を隠し通したかった。社にいたあの時の状況と似通っていて、精神がどんどん削れていくのを感じた。
そしてやっと、終わりの放送が流れた。
みーちゃんに起こされ、慌てて降ろされた場所に向かった。道がわからなくて迷子になりそうだったけれど、みーちゃんが案内してくれて事なきを得た。
着いたのは一番最後だったみたいで、迷子になりすぎたと後悔する。久しぶりに見えた四人の姿に、涙がこぼれた。
「ナマエ!無事だったのか!」
一番に駆けつけてきたクラピカの姿に、思わず肩が跳ねた。慌てて何でもないように装って微笑む。久しぶり、と言うと同じく駆け寄ってきた三人がプレートの有無を問う。ばっちりだよとピースで答えると、自分のことのようにほっとしていた。
もちろん四人も6点分集めることができたみたいで、ほっと肩の力が抜ける。やっと、クラピカ達に面と向かって会うことができる。でも、何番だったのか聞かれたらどうしよう、とドクドクと心臓がうるさい。
「…ナマエ、一つ聞きたいことがーー」
「ーーそれでは、第4次試験はこれを持って終了とします」
クラピカが何かを私に言おうとしたタイミングで、第4次試験が終了した。難しい顔をしたクラピカは、後で話すと言って試験官の言葉に思考を向けた。酷くほっと肩の力が抜けて、息を吐く。何を聞くつもりだったのか、嫌な予感がして心臓が嫌な音を立てる。
ハンター協会の飛行船が島に着き、乗り込んで真っ先に逃げようとした瞬間、ぐっと腕が後ろに引かれる。外套越しに掴まれた片腕に思わず振り返ると、眉を寄せたクラピカがいて心臓が跳ねた。
「少し…いいか」
「は……はい」
思わず敬語になってしまった。頭から血の気が引いていく。クラピカは私の腕を引いたまま、スタスタとどこかへ歩を進めていく。最終試験会場まで自由のようで、各々行動を始める受験生達の合間を縫い、誰もいない場所まで来てしまった。
ドクドクと心臓がずっとうるさい。腕を掴むクラピカにこの鼓動の速さが伝わっているかもしれない。ずれた外套を被り直すこともできず、私の手を引くクラピカが歩を止め、びくりと肩が跳ねた。
「…聞きたいことがある」
「……」
「ナマエの標的は…私だったのではないか?」
「!」
心臓が止まる。ハッとクラピカの顔を見てしまい、真っ直ぐこちらを見つめるその視線に耐えられず視線を落とす。違う、と嘘をついてしまいたい。けれど、じゃあ標的は何番だったのかと聞かれてはうまく誤魔化せる気がしない。それに、クラピカは頭がいいから。どうしよう、と一気に血の気が引いていく私にクラピカは身を屈め、目を合わせるように私の両肩に手を置いた。
「すまない、責めるつもりはないんだ」
「…わ、私…」
「何故狙わなかったのかはおよそ判断がつく。その力と…私達と敵対を避けたのだろう」
怒っているような、非難するような声色は全くない。むしろ心配しているかのように、優しい声色だった。じわりと滲んだ涙が一筋頬を流れる。
「わ、私…狙いたくなくて、嫌で…」
「…ああ」
「クラピカに、みんなに…もう、あんな目で見られたくなくて…私」
「ナマエ」
優しい声で名前を呼ばれた。恐る恐る視線を上げクラピカを見つめ、言葉を失う。恐怖心、猜疑心、軽蔑、数多の想像していた視線とは正反対の、優しい顔をしていた。私の言いたいことをすべてわかっているというかのようで、ぽかんと彼を見つめ返す。
すると、頭を優しく撫でつけられる。その手から伝わる体温が、温かくて。じわりとまた目尻に涙が滲む。
「…避けちゃって、ごめんなさい…」
「次からは私に相談してくれ。今回のようなものは話すのが難しいとは思うが、力になろう」
「……どうして…?」
なんで、ここまで優しくしてくれるの?
涙を滲ませたまま見上げれば、クラピカは私の頭を優しくぽんぽんと撫でた。小さい子をなだめるかのような手付きに、少しだけ顔に熱が集まる。なんだかむず痒くてくすぶったい。
「ナマエは何故、私を狙わなかった?」
「そ、それは…クラピカが、みんなが……大切な、仲間だから」
「私も同じだよ」
太陽の光が窓から差し込み、クラピカの髪を輝かせる。煌めいた金の髪に細められた目元、優しい顔に目が奪われる。クラピカはゆっくりと私の頭から手を離すと、だが、と眉をしかめた。
「ナマエはもっと図々しくなった方がいい。これは試験なのだからな?最終試験でも絶対に私が助けられるとは限らない。3次試験でもあの時自ら残るような決断をしかけていたが、トンパみたいなやつの言葉に踊らされず…」
「は、はい…」
誤魔化す為の嘘をうまくつけなかったけれど、結果としてクラピカとこうして話ができる。心配を、してもらえる。
じわじわと滲んでいく安心感に、ゆったりと肩の力が抜けた。ふにゃりと笑みがこぼれ、私に釣られるようにクラピカも笑った。
2019/08/18