飛行船、電車を用いてやっと見えて来たのは高くそびえ立つ山、ククルーマウンテン。おどろおどろしい雰囲気に、ぞわりと背筋が震える。
一日に一本バスが出ているらしく私達はそれに乗ることになった。どうやらキルアの家は、観光名所になっているらしい。普通の観光客に混じり、興味なさげにする武器を持っていそうな人達も乗車している。
社で襲いかかってきた、怖い人達と同じ。カタカタと小刻みに震え始めた体を隠すように拳を作る。俯き、深く帽子をかぶり直す。武器を持った、筋肉のついた怖い人達、社に来た人たち。私を殺そうと、目の色を変えて襲いかかってきた。頭のてっぺんから冷水をかけられたかのように、ざっと血の気が引いていく。
「…ナマエ、大丈夫だ。私も、ゴンにレオリオもいる」
「…う、うん」
「大丈夫だ」
ぎゅう、とクラピカの温かい手のひらが冷たくなった私の拳を包み込む。冷えた体が、少し暖かい。
クラピカは私を隠すように、見えにくいように私の隣に座り直してくれた。怖い人達に、見られないように。
「…ありがとう…」
少しだけ、手の震えが治まった気がする。クラピカに視線を上げてお礼を言うと、 嫣然とした面を向けられる。心臓がドキリと跳ねる。冷たかったのに、何故か頬が熱いのはなんでだろう。なんだか恥ずかしくて、逃げるように帽子を深くかぶり直した。
やっと見えた大きな大きな門には、段々と数字が書かれていた。中に入るためには守衛室横の扉からだけれど、見学はできないらしい。
しかもここから先の樹海からククルーマウンテン全てが、ゾルディック家の敷地らしい。山一つが自分の家って…キルア、とんでもないお金持ちだったんだなぁ。
中に入りたいのには入れない。それに頭を悩ませていると、ガイドさんの制止も聞かずあの怖い人たちが守衛さんを襲い、無理矢理鍵を奪ってしまった。
制止も聞かず中に入り、数秒もしない間に出て来たのは、骨。
「ひっ…」
それを落としたのは大きな獣の手。守衛さんは日常茶飯事なのか、時間外の食事をした”ミケ”へ太っても知らないぞと声をかけていた。人が目の前で死んだというのに、命の重さの感覚がない。
やっぱり、人が死ぬ瞬間は何度見ても慣れるものではない。
目の前で人が骨になってしまった。その様子に慌ててバスに乗り込む乗船客、ガイドさんに自分たちは残るとゴンは伝えると、守衛さんまできょとんとしていた。
「なるほどねーーキルア坊ちゃんの友達ですかい」
守衛室に通してもらうと、わざわざお茶を出していただいた。突然押しかけたのになんだか申し訳ない。
友人として訪ねてきたのは私達が初めてだと、守衛さんは話す。訪れるのは賞金首ハンターのような人たちばかり。友人として訪ねてきてくれたことに再度頭を下げられるけれど、守衛さんは表情を変えず、通すわけにはいかないのだと言う。
人間を骨にした獣、ミケは家族以外の命令は聞かないし懐かない。侵入者をかみ殺せ、という命令をずっと守っている。坊っちゃんの大事な友人をガイコツにするわけにはいかない、と守衛さんは笑った。
「…守衛さん、あなたは何故無事なんですか?」
「ん?」
「あなたは中に入るんでしょう?中に入る必要がないのなら、カギを持つ必要もないですからね」
「…いいとこつくねェ」
確かに、クラピカの言うとおりだ。家族以外の命令を聞かないのなら、守衛さんの命令も聞かない。雇われている守衛さんが中に入らないはずはない。
「半分当たりで半分ハズレですね」
「?」
守衛さんはカギ見せながら言葉を続けた。カギは使わない、これは侵入者用のカギだと。
襲いに来る人達はほとんどが正面からやってきて、扉が開かなければ壊してでも入ろうとする。脇にカギつきの扉を作り、無抵抗の守衛さんからカギを奪ってミケに喰い殺されるという寸法。
守衛ではなく、ミケの後片付けをする掃除夫。そして、本当の門にはカギはかかっていない。
飛び出したレオリオはあの大きな門に手をつき、力を込めるけれどびくともしていない。押しても引いても、1mmも動かない。鍵はあいているはずなのに、と門を見上げる。
そういえば、この門はなんで数字が書かれているんだろう。数字区切りで段になっている。ただの飾りというわけではないと思うけれど。
「単純に力が足りないんですよ」
掃除夫さんは上着を脱ぎながら門へ歩み寄る。この門の正式名称は「試しの門」。この門すら開けることができない人は、ゾルディック家に入る資格はないということ。
掃除夫さんの体が変化する。分厚く体を覆う筋肉に、オーラ。その様子に目を奪われていると、掃除夫さんは扉を開けて見せた。
試しの門を開けて入ってきた者は攻撃するな、とも命令されているらしい。けれど、1の扉は片方2トンもあるらしい。象さん何匹分になるんだろう。
しかも、あの数字は扉の数らしく、数字が上になるほど扉の重さは倍になるらしい。
「おじさん、カギ貸して」
「え?」
「友達に会いにきただけなのに試されるなんてまっぴらだから、オレは侵入者でいいよ」
もしカギを渡してくれなくても壁をよじ登っていく、とゴンは言う。強行突破をしたところでミケに殺されるだけだ、とレオリオや掃除夫さん、クラピカも止めるけれどゴンの意思は変わらない。こうなったゴンはテコでも意見を変えない。
「…あ、じゃあゴン。私の髪のーーっむぐ」
「こら、ナマエ」
急に口を塞がれ、慌てたクラピカの声。レオリオもぎょっとこちらを見ていて首を傾げると、小さな声で怒ったように言葉が落とされた。
「(忘れたのか!ナマエの髪を狙ってどれだけの人間が血眼になって探しているか!)」
「む、むぐ」
そういえばそうだった。掃除夫さんが見ていなければ、みーちゃんの力を使って侵入くらいできると思うけれど。暗殺を生業としている家系なのだし、隠したほうが懸命だろう。
私が納得したのがわかったのか、一つ息をこぼしてクラピカの手が離れる。クラピカの手が自分の口に触れられていたことを思い出してしまい、考えないように首を振った。
掃除夫さんが屋敷に電話をしてくれるようで、部屋に戻ると電子音が響く。そして、電話先の相手に謝り続ける掃除夫さんは電話を切る。許可は降りなかったらしい。
屋敷への連絡は執事を通して伝えられる。ゴンは掃除夫さんに電話を貸してほしいと頼むと、受話器を耳に当てる。
「?」
一度かかったはずなのにもう一度ゴンは番号を押した。首を傾げながら、電話の声が聞こえないか、クラピカの後ろから前に出ようとした時だった。
「なんでお前にそんなことわかるんだ!!いいからキルアを出せ!!」
あの、ゴンが大声を出した。
思わず固まった私は変なポーズのままゴンを凝視する。いくらか会話をした後、ゴンの表情が変わった。そして、通話の切れる音が小さく聞こえた。口を閉ざしたまま外に出たゴンは、レオリオの声掛けに反応することなく釣り竿を振り回し始める。…すごく、怒ってる。
釣り竿の先が、門の上にかかった。よじ登る気だ、と慌ててクラピカとレオリオが止めるけれど一人で行くから待っていてというのだ。周りの見えていないゴンを言葉で止められるような頭脳は持っていない。どうしても行くというのなら…私がついていって、みーちゃんになんとかしてもらうしかない。そのせいでみーちゃんのことがゾルディック家の人にバレてしまうけれど、ゴンの命には変えられない。
そうしていたら、掃除夫さんはカギをゴンに渡すと言った。そして、その代わり自分も同じ侵入者用の門からついていく、と。ゾルディック家ではない掃除夫さんがどうなるか、想像がつく。
私達を見殺しにして、キルアに合わせる顔がない、と言葉が続けられる。その言葉を聞いたゴンは、すぐに釣り竿を戻すと侵入をやめると決断した。
脈絡なく、ゴンに動物が好きか聞いた掃除夫さん。もう一度自分が試しの門を開けるから、正面からミケを見て下さい、と言って扉が開かれた。
「(…満月だ)」
まんまるのお月さまに、そびえ立つ大きな山。真っ黒の絵の具を塗りたくったかのような空に輝く月が、どこか現実離れに見える。
試しの門から入ったので、私達は攻撃されない。掃除夫さんがミケを呼ぶと、音もなく現れた大きな大きな獣。私達の3倍はあるかもしれない。無機質で何も映さない瞳に、ぞわりと背筋に冷たいものが走る。これが、完璧に訓練された狩猟犬。
「よし、じゃ こちらへどうぞ」
「え?」
「すぐ近くに私ら使用人の家があります。まぁ、泊まって行きなさい」
■□
たどり着いたのは木造建築の家だった。
掃除夫さんが家のドアを開けてみて下さいといい、首を傾げる。言われるがままドアを押したゴンは表情を変えた。
「!これって」
「片方200キロあります」
「に、にひゃく…」
「常に鍛えないといけませんからね。さぁ入ってみてください」
私が師匠の元で行ったのは主に体力向上の為のものと、念の修行、それからみーちゃんの制御方法だ。筋トレもやったけれど、ここまで重いものを使ったトレーニングはしていない。本当に、私はみーちゃんがいなければ一般人に毛が生えた程度の体力と筋力なのだ。
レオリオがドアを開けてくれて、玄関に通される。スリッパを薦められるけれど片方20キロあるらしい。おそるおそる足を入れ、一歩踏み出すとあまりの重さにスリッパから脱げてしまい、ぐるんと視界が下がる。
「う、わ!」
このままじゃ前にいるクラピカに倒れ込んでしまう。慌てて横に重心を落とすと、ぎょっと目を見開いたクラピカが手を伸ばす。が、重いスリッパを履いているのはクラピカも同じで、私を抱きとめたせいでクラピカも巻き込んで倒れてしまった。鈍く重い音が響く。
「う、ご、ごめんなさいクラピカ!大丈夫!?」
「ああ…ナマエこそ大丈夫か?」
結局巻き込んでしまったあげく迷惑をかけた。しかも、倒れる時に下敷きにしてしまったようで、全身から血の気が引いていく。ゴンもレオリオも、クラピカもこのスリッパで歩くことができているのに。私だけ、こんな醜態を晒してしまった。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
「すみません…」
「そうだな…一先ずお嬢ちゃんは、こっちのスリッパにしようか」
レオリオに手を借りて立ち上がると、掃除夫さんが違うスリッパを持ってきてくれた。片方5キロで、この家にあるもので一番軽いものらしい。普通のスリッパがなくて申し訳ないと謝られてしまい、慌てて首を横に振ってありがたく受け取るけれど、10キロでも重い。
案内を続ける掃除夫さんに続くクラピカに、言葉を探しながら恐る恐る声をかけた。
「あの…ごめんなさい、さっき…怪我とか…」
「気にするな。…そのスリッパでもきついのなら無理せず脱いだ方がいいぞ、ナマエ」
「うん…」
念を使えば、みーちゃんの力を借りればできるだろうけれど。念も知らず、習得をしていない3人はできているのに私だけ使うのは卑怯な気がして使いたくない。元が違うんだからだとか、3人の鍛えてる年月が違うんだからと自分に言い聞かせるけれど心が重い。
「お茶飲みますか?湯のみも20キロあるので気をつけて」
うん、お茶飲むだけで手首折れます。
固まったまま湯のみの中で揺れるお茶を見つめる。そこに映った自分の顔は、酷く情けない顔をしていた。
観光ビザでこの国に来た私達がここにいられるのは、長くて1ヶ月。この家で特訓をしないかという掃除夫さんの提案に、試されることは不本意だけれどこれしか方法がないのだから、と挑むことになった。
「寝る時以外はこれを着て、まずは上下で50キロからはじめましょう。慣れたら徐々に重くします。」
どうしよう、私死ぬかもしれない。
それを聞いて真っ青になる私に、掃除夫さんはにこりと笑顔を向けた。
「お嬢ちゃんは無理せず、とりあえず30キロから始めてみましょう」
「…ありがとうございます……」
お米3袋分を毎日体につけると考えたら、気が遠くなった。
2019/09/27