掃除夫さん、ゼブロさんのご厚意で修行をさせていただくことになった。一先ず休みなさいと促され、シャワー室の場所を教えててもらった。
「ナマエ先に入っておいでよ!」
「え、でも…ゴン怪我してるのに」
「オレのことはいいからさ!ほら、ね?」
「う、うん…ありがとう」
私より怪我をしていて重傷なのに、気を遣わせてしまった。一人だけ女で、力がない。役にも立てないし、気を遣わせてしまう。来ないほうがよかったのではないかと、少し後悔してしまった。
「すまないね、部屋が一つしか用意できない上にベッドも足りなくて…」
「い、いえ!大丈夫です」
「本当に申し訳ない。上掛けは余分にありますから、いつでも言ってくださいね」
ゼブロさんに頭を下げて見送り、用意された部屋を見渡す。部屋にあるベッドは3つ。使用人の住居なのだから客室があるわけもなく、空き部屋に住まわせてもらえるだけでありがたい。
どうしようかと悩む一同に、頭をかきながらレオリオが口を開いた。
「あー、どうすっか。ナマエ俺と寝るか?」
「馬鹿か。…下心が顔に出てるぞレオリオ」
「ジョーダンだっての!でもベッド3つなんだぜ?野郎と共寝なんてできるかよ!」
「…私、床でいいよ?社ではベッドなかったから、慣れてるし」
「いいわけないだろう!ナマエはそこのベッドを使ってくれ。残り二つをどうするかだが…」
本当に、私は床でいいんだけどなぁ。私はみんなより軽いジャケットを着ているし、ゴンは怪我をしているし、私よりみんなの方が疲れているはずだ。
口論の飛び交う音が頭をすり抜けていく。壁に凭れ、ずるずると腰をおろして膝を抱えた。私も、早く頑張って50キロのジャケットを着れるようにならなきゃ。それで、もっと頑張ってあの門を開けられるようにならなきゃ。
人一倍遅れているのだから。
鼻を掠める木のにおいに、木の板で作られた空間。師匠の家も似たような場所だけれど、どうしても社での日々を彷彿とさせる。そして、脳裏に焼き付いて離れない、私を殺そうと襲ってくる光景から逃げるように目を瞑った。
夢だったら、よかったのに。
■□
「よし、私とゴンで共に寝……ナマエ?」
「ナマエ、そこで寝ちゃってるね」
「ハァ!?…ったく、試験中の飛行船の時も思ったけどよ、警戒心なさすぎじゃねーか?狙われてるってのに」
「…その前にナマエは女性なのだから、もう少し他の警戒心も持つべきだろう。まったく…」
すやすやと寝息をたてるナマエは膝を抱えた体勢で眠りについているようだった。仕方ない、とクラピカはため息をひとつこぼした後、慣れたようにナマエを抱き上げた。そして、迷うことなく入り口近くのベッドまで運ぶ。その際、かくんと首が重力に従って力を無くして落ちる。まるで人形のようにされるがままの彼女の頭をそっと枕に乗せてゆっくりと寝台に横たえる。
真っ白なシーツに散らばる彼女の髪をじっと見つめ、クラピカは布団をかけた。確かに、綺麗な髪をしている。手触りのよく、柔らかい髪質に艶、色。だがソレ以上に世を魅了しているのは化け物じみた力。
「…おかしいと思わないか」
「?何がだよ」
「ナマエの話だ」
「…ナマエを疑ってんのかよ?」
クラピカの言葉に、レオリオは眉間にシワを寄せた。ゴンは首を傾げ、クラピカを見つめる。
「違う。ナマエが記憶喪失になったのは数年前、そして…この髪の噂が出回ったのも数年前」
「それまでずっと幽閉されてたとか?」
「…幽閉されていたとしたら、あの力は生まれ持ったものということになる。今になって話題になるということは、よほど厳重に幽閉されていて…そしてあの映像は、幽閉していた者の誰かが撮影した可能性がある。故意に撮られたものだと丸わかりだったからな」
「何の為にだよ」
「世間に彼女の髪の特異性を流し、価値を上げる為だろう」
レオリオから言葉がなくなる。ゴンは表情を変えぬままクラピカを見つめ、言葉を落とした。
「映像の出処を探せばいいんじゃない?」
「めくった時にそれも探した。…映像提供者は有名な情報屋らしく、詳細は秘匿されていた」
情報屋ともなれば、自身の雲隠れくらい得意なはずだ。だが、一年以上住民も少なく街から離れた土地に住む夫婦の元で、村人からも隠されて過ごしていた彼女をどこで知ったのか。
「村人か、親しい人間か、第三者…どちらにせよ、何者かの策略が背後にあることは確かだ」
「…だからナマエ、記憶喪失の振りしてるのかな」
「は?フリぃ!?」
「しーっ!ナマエ起きちゃうよ」
ぎょっと目を見開いて大きな声を出したレオリオに、ゴンは慌てる。レオリオもハッとしたように口を閉じ、ナマエを見つめると変わらぬ寝息を立てており、ほっと肩の力を抜いた。ゴンの言葉にクラピカは顔色を変えていない。同じ見当をつけていたのだろう。
「…ナマエは、寿司を知っていた。ハンゾーの名刺に書かれていた、おそらくジャポンの言葉も理解していた。記憶がないというより”自分の知っている常識と違う”のではないか?」
「そんなに隔離された場所にいたってことかよ」
「いや…ジャポンの常識と違うというより、”この世界の常識”に疎いように見えるが…」
「じゃあナマエ、別の世界から来たのかな」
首を傾げるゴンの言葉に、きょとん、と二人は何度かまばたきをした。そしてレオリオは声量を抑えながら豪快に笑う。クラピカは少しだけ眉間に皺をよせ、考え込むように口を閉ざした。
「漫画じゃねえんだから」
「あはは」
「ま、考えても仕方ねえし。ナマエを狙う奴らが来たら俺らが追っ払えばいいだけの話だしな!」
話は終わりだと言わんばかりにレオリオはベッドに勢いをつけて横になった。ゴンも同調するようにもう一つのベッドまでいき、クラピカにどちら側で寝るかと問う。思考の海に浸かっていたクラピカは、ワンテンポ遅れてゴンの言葉に反応した。
とにかく彼らに今課せられているのは身体能力を強化し、試しの門を開けること。一刻も早く体を休め、明日からの修行に備えなくてはいけない。
ベッドに向かう前に、ちらりとクラピカはナマエに視線を向けた。
人の死に感情を揺らがせ動揺し、悲しむ姿を試験の間何度も見てきた。この世の悪意や汚いものに疎く、ハンターを知らず、ハンター文字やものの名称を覚える姿。国民番号がないとも言っていた。秘匿されていたのなら出生も隠されていたのだろう。様々な可能性や憶測が耐えない。頭に残る、ゴンの言葉。もし本当に、別世界から来ていて、その世界がもっと平和な世界だったのなら。
「(…いや、まさかな。憶測に過ぎない)」
考えを振り払うように、クラピカはナマエから視線を外した。
2019/10/06