熱い、暑い、苦しい。燃えるように暑くて苦しくて、息を吐く。朦朧とした意識の中熱を逃がすように身を捩る。ひたりと額に冷たいものが当てられた。ゆったりと浮上した意識、重たい瞼を開けた視界の先には心配そうに眉を寄せているレオリオがいた。
「ナマエ!目が覚めたか?」
「…ん、?」
「すごい熱だぞ」
「ねつ…?」
ろれつが回らないまま言葉をひねり出し、数度まばたきをする。熱を出しているのか、と少し遅れて理解したところで身を起こすと、慌てたレオリオに肩を押される。
「まだ寝とけって!安心しろ、感染症による発熱じゃねえよ。多分、疲労とかストレスが原因のやつだ。今日はゆっくり休め」
子供に言い聞かせるような声色で、冷たいものがおでこに乗せられる。ひんやりして冷たくて気持ちよくて、うとうとと意識がまどろむ。ぼんやりとしたままの思考が、少しずつはっきりとしていく。休んでいる場合ではない。皆より遅れているのに、熱なんかで更に遅れるわけにはいかない。
「!ナマエ、目が覚めたのか。今、ナマエは休むと伝え…」
「…しゅぎょう、する…」
「馬鹿言うな!熱出してんのに修行する気か?」
再びベッドに戻そうと肩を押すレオリオの手を、力の入らない手で押す。起きようとする私の様子を見て、クラピカが慌てたようにこちらへ駆け寄ってきた。そして同じタイミングで、部屋に氷枕を持ってきたらしいゴンがひょこりと入る。
「みーちゃん、治して」
「な…っ」
ふわり、風もない部屋で髪が浮かぶ。光の粒子をまとった髪は細く細く姿を変え、私の体に触れる。そして、ぐっと熱が引いていき、熱による倦怠感や一晩で取れなかった疲労が消えた。
よし、大丈夫。手を握り力が入ることを確かめてから顔を上げると、ぎょっとした顔のレオリオとクラピカが私を見ていた。慌てて弁解するように、顔の横で手を振った。
「あ、えっと…私よく、師匠の元で修行してる時も熱出してて…すぐ治して修行してたから、気にしないで」
「…熱を出しているのに、無理矢理治して修行をしていたのか?」
「えっと…」
しまった、言葉選びを間違えた。誤魔化すようにへにゃりと笑うと、クラピカは顔をしかめる。とにかく、寝坊しているも同然だから早く着替えて修行しなきゃ。ベッドを降りて支度をしようとした私の肩を、再び押されてぎょっと目を見開く。苦しそうに眉を寄せたレオリオが私を見下ろしていた。
「…それでも休んどけ。無理すんな」
「…レオリオ、でも…」
「せめてあと30分でいいから寝とけ!いいな!」
「……うん…」
髪ををくしゃくしゃに撫でられ、ぎゅうと目をほそめる。少し雑だけれど、優しくて温かい撫で方。少しだけ、それがジャックさんに似ていた。
大人しくベッドに沈んだ私に満足したのか、レオリオは私の寝るベッドの近くに置いていた椅子から腰を上げる。ゼブロさんに報告に行くのだろうか。なんだか、迷惑をかけて申し訳ない。後ろめたさから逃げるように布団を口元まで引っ張る。ため息が落ちそうになった時、ふと顔に影ができる。
クラピカは眉を下げ、優しく口角を上げている。ぽかんと見上げる私の頭を、優しく撫でた。
「…無理はするな」
無理なんて、してないんだけどなぁ。
こくりと頷けばクラピカは満足そうに微笑んだ。30分後に起こしに来てくれるらしい。クラピカの手が離れ、消えたぬくもりが恋しく思ってしまう。それにしても、二人して心配性すぎるのではないだろうか。少し熱が出たくらいなのに。
「熱下がってよかった!この氷枕10キロあるから、大丈夫かなって思ってたんだよね」
「えっ…」
□■
修行を始めて二週間が経った。
すぐに筋肉痛になったり体調を崩してはこっそりみーちゃんに治してもらっていたけれど、みんなの目の前で治してしまってからはいい顔をされない。特に、クラピカに。
ゴンは10日で骨折を完治、一ヶ月でできるようになるかもしれないとゼブロさんに言われていたレオリオは、2週間で試しの門を開けられるようになった。
私は、まだ開けることなんてできない。まだみんなより軽いジャケットを着ているし、この決められた期間内で試しの門を開けられる気がしない。そもそも、3人は何年も鍛えていたり日常的に鍛えていて、私は一年で無理矢理体力強化と初歩的な念の修行、それから語学の勉強。スタート位置がまるで違うのだ。
最悪、私のことは構わずに3人は先に行ってもらおう。
そして、20日目。レオリオはゴンとクラピカは第一の試しの門をクリア、レオリオにいたっては第二の試しの門を開けるまで筋力をつけた。対する私は、
「う、ぅうぐぅ…」
「頑張れナマエ!もう少しだよ!」
「〜〜っ!」
ガリガリと地面を爪先が削り、全体重を扉にかけるが、開く気配がない。少しだけ、少しだけ動いたような気がしたけれどそれだけだ。もっと力を扉にかけようと頭まで扉につけた、その時だった。
「うわぁっ!!」
びくともしなかった扉が嘘のように開いてしまった。重心が崩れて転んでしまった私は、呆然と目の前の開いた扉を見つめる。そして、すぐに閉まる扉に挟まれないように慌てて後ろに後退した。
「やったねナマエ!」
「わ、私…」
突然起きたことに思考が追いついていないけれど、今のは、みーちゃんだ。私の力ではない。自分のことのように喜んでくれるゴンにどんな顔をしていいかわからず、表情筋が固くなっていく。
3まで開いたと、ゼブロさんがこぼした。先程まであんなに苦戦して扉を開けることもできず、そもそも3人と同じ重さのジャケットを未だに着ることもできていない私が3まで開けられるはずがない。
どうしよう、私の力でもないし、ずるをしてしまったような心地だ。ざっと血の気が引いていく。地面から伝わる冷たい温度が体中に回っていく。
私の様子に気づいたゴンは、目線を合わせるように座り込んだ私の前にしゃがんだ。
「ナマエ?」
「…今のは、…みーちゃんが」
声量を落として、うまく目線を合わせられずに言葉をこぼす。もう一度やり直す?でも、やり直してもできる気がしない。転んだときに擦った手のひらが痛い。
「みーちゃんとナマエの、二人の修行の成果だよ!」
「…ゴン」
その言葉に視線を上げれば、太陽のように眩しい笑顔のゴンがいた。少しだけうるんだ目元を誤魔化すように、差し出された手に自身のものを重ねる。
クラピカも、レオリオもみーちゃんの力だとわかっていても曇りのない笑顔で「おめでとう」と言ってくれた。自分が許せていなくても、彼らは許してくれている。大丈夫だと言ってくれている。そんな気がして、ほぅっと肩が下がる。
ゼブロさんにはやはり不思議に思われていたけれど、私達は無事試しの門をクリアできたということで、屋敷に向かえることになった。
■□
ここから先に通さないと、執事見習いらしい女の子が立ちふさがる。線を超えたゴンが殴られ、戦闘態勢に入る私達を止めたゴン。任せてほしいと言い、争う気はないこと、キルアに会いたいだけだということを告げる。それで引き下がるような一家でも執事見習いでもなく、やはり許可はされない。
何度も、何度も、何度も、何度も、ゴンは殴られる。それでもゴンは真っ直ぐな意思と瞳で、また立ち上がり、進む。高かった日は落ち、オレンジ色に世界が染まっても続いていた。
仮面のように無表情だった執事見習いの女の子の口から、もうやめてと言葉がこぼれる。仲間なんだから止めてと声を荒げる彼女を、じっと見つめ返す。
ゴンが傷ついていくのを見たくない、助けたい。けれど、ゴンを信じると決めた。目尻に浮かんだ涙に構わず彼女を見つめ返していると、はっと息を呑んだのがわかる。
ゴンが石造りの簡素な門を殴りつけ、壊した。ゴンが線を超えているのに、彼女は手を震わせ殴る気配がない。彼女は機械ではないし、ミケとも違う。心がある。
「お願い…キルア様を助けてあげて」
涙を流してこぼした言葉を最後に、彼女の体が宙に飛んだ。発砲音に頭から血を流し、意識を失った執事見習いさんに駆け寄る暇もなく、屋敷側から誰かが姿を現す。
真っ白のパニエでふんわりとしたドレスに真っ白なつばの広いハット、目元に機械をつけた女性に着物姿で黒髪の…女の子?
ドレスを着た女性はキルアからの伝言だと言葉を続ける。キルアは今、会いに行けないのだと。そして、ドレスの女性はキルアのお母さんで、隣にいる子はカルトというらしい。
その挨拶に反応することはなく、私達は見習いの子に駆け寄り、レオリオの判断を仰ぐ。気絶をしているだけのようで、ほっと息を落とした。
キルアのお母さんは母親と兄を刺し家を出たが反省し、自ら独房にいるのだと言う。キルアが?と眉を寄せた時、突然ヒステリックにキルアのお母さんが声を上げる。
急用ができたと去ろうとするキルアのお母さんに、ゴンはあと10日この街にいることをキルアに伝えてほしいと告げた。拒否をされるかと思ったけれど、すんなりと伝えておきましょうと承諾される。…本当に、伝わるのかはわからないけれど。
去り際、じっとこちらを無表情に見つめるカルト…ちゃん?キルアのお母さんに急かされ、後を追い去っていったけれど、不思議な人たちだ。お母さんの髪の色はわからなかったけれど、キルアは銀髪でカルトちゃん?は黒髪なんだなぁ。
このまま戻るのは不服だけれど、無理に進むと見習いさんが責任を取らされてしまう。戻るしかないのかと考えていると、目を覚ました見習いさんが執事室まで案内すると言ってくれた。
執事室になら屋敷につながる電話がある。戻るしかないと思っていた私達にはこれ以上ない話で、私達は執事室に案内してもらうことになった。
2019/10/07