何度も走らされた山道を進み、見えてきた山小屋のような家に首を傾げる。煙突から煙も出ておらず、電気や明かりがついていない。師匠、外出しているのかな。

そういえば試験が終わってから、端末を持っていないし師匠に連絡せずククルーマウンテンに向かったのだ。一年だけとはいえ、慣れ親しんだ家に安心感を覚える。ドアに鍵を差し込もうとした時、ふと何かの視線を感じて目を向ける。

「…あ」

この森の、動物達だ。鍵を一度しまって駆け寄れば、どこか嬉しそうに私を見つめる。修行が辛くて泣いていた時、走り疲れて吐いてしまった時、他にもいろんな辛い時、この森の動物達が寄り添ってくれた。家族に似た感情を抱いているみんなに、私は笑顔でハンターライセンスを見せた。

「えへへ、みてみて。ハンター試験、合格したんだよ!」

きゅう、きゅい、と様々な鳴き声に笑みがこぼれる。そして、ヤギのような鹿のような動物が、私の前に置かれた大きな葉の上に魚を数匹落とした。他にも、小さな動物達がきのみも置いてくれている。

「お祝い?いいの?…ありがとう」

せっかく頂いたのだから、今日の夕飯はお魚を使った料理にしようかな。葉っぱごと持ち上げて家に入れば、肩に乗ったままのリスのような子が嬉しそうに鳴いた。

久しぶりに戻った師匠の家は相変わらずで、一先ずリビングにいけばお酒の空き瓶と、机に置かれた食材にきょとんとまばたきをする。机の上に魚達を置いて食材を見れば、買ってそのまま置かれたかのようで袋に入ったままだ。

「野菜、大きなお肉…お酒」

もう、なんで冷蔵庫に入れていないんだろう。
冷蔵庫を開けば大きな白い箱が入っていて、他にはたくさんのお酒でいっぱいだった。だから入らなかったのか。とりあえずお酒を冷蔵庫から数本出してお肉と野菜を入れた。

このまま料理をしてしまってもいいけれど、一旦シャワーを浴びてからにしようかな。私の部屋として使わせてもらっている部屋へと、足を向けた。






□■


ミアさん直伝の野菜スープにお魚を使ったホワイトソースのリゾット、サラダに師匠が買っていたローストチキン。師匠と私二人で食べきれない量を作ってしまった。ドレッシングをかけていないサラダなら、草食動物の子達にあげられるかな。

みーちゃんはこういうときにすごく頼りになる。フライパンやお鍋を取ったり、遠くにある調味料を取ったり、私がお鍋の具材を混ぜている間にサラダを作ってもらったり焼き物をしてもらったり。ありがとうね、とみーちゃんに笑いかければうれしそうに私の腕に巻き付いた。

師匠はいつ帰ってくるんだろう、と時計を確認しようとした時、誰かが家に近づいてくる足音が聞こえた。…足音が、二つ?ドキリと脈打つ心臓が鼓動を早める前に、鍵の開けられる音と、師匠の声。

「おーい、帰ったぞー」

よかった、師匠だ。怖い人達かと思ってしまった。エプロンをつけたまま、ぱたぱたと駆け寄れば師匠もリビングの方へ来ているようだった。久しぶりに師匠に会えるなぁ、とそのままの勢いでリビングのドアを開ける。

「師匠、おかえりなさ……え?」
「なっ……ナマエ!?」

開いた先にいた人物に、ぽかんと言葉を失う。師匠がクラピカになった、と混乱する頭はまともな思考回路になるには時間がかかりそうだ。数時間前別れたクラピカが何故ここに?

「なんだ、お前ら知り合いだったのか」
「ししょお…」
「あー、説明する。悪かったな」

師匠に急かされ、戸惑いながらリビング足を踏み入れたクラピカは私と師匠を凝視している。師匠はいつもの調子で、いいにおいだな〜とか言いながらキッチンに向かっていた。師匠、説明!!

「たくさん作ったなぁ、今日の飯は?」
「野菜スープとリゾットと、サラダにローストチキンです…手を洗ってくださいね」
「はいはい。おっうまそー」

「…待て!!」

師匠に気を取られていると、急に力強く肩を掴まれ、勢いよく揺さぶられる。がくんがくんと頭が揺れ、眉を吊り上げたクラピカが視界に映る。

「ナマエの言っていた師匠とやらはあいつか!?」
「う、うん」
「あの男と今まで一緒に暮らしていたのか!?」

揺さぶるのはやめてくれたけれど、掴まれた肩が少し痛い。うん、と肯定すればクラピカの顔が固まった。なんだか説教が始まりそうな怒り方だ。ここに来るまでの間に、師匠に何か言われたのだろうか。確かに今の服装は世間一般の師匠のイメージとは違うけれど。


「まぁ、座れクラピカ。話は後だ」
「あ、用意しますね」

肩に置かれたクラピカの手にそっと自身の手を重ねれば、ゆっくりと離れていった。納得のできていない顔のクラピカに苦笑いをこぼし、手を洗う場所を伝えてキッチンへと向かう。みーちゃんに食器を出すのを手伝ってもらえば、師匠が焦ったように声を上げた。

「おい!それ、人前で…」
「諸事情でクラピカは知っています」
「…はぁ」

約束三ヶ条では緊急時以外は使わない、ってものだったもん。

「そうだ、ナマエ」
「?はい」

みーちゃんのおかげで一瞬で食卓を並べることができた。席に着こうと椅子を引いた時、師匠が真っ直ぐに私を見つめる。

「ハンター試験合格、おめでとう」
「…はい!」

師匠のおかげです、と座りながら言えばくしゃりと頭を乱雑に撫でられる。師匠の正面がクラピカ、横に私で食卓を囲む。真っ白な靄で香りを運び、艶のある食事に少しだけドキリとする。まさかクラピカに手料理を振る舞うことになるとは。ミアさん直伝の味付けだけれど、口に合うだろうか。




■□




「クラピカ、悪いが席を外してもらえるか」
「断る」
「…はぁ」

食事が終わり、食器を洗い終えてしまい終えた頃だった。クラピカに、おいしいと言ってもらえたことが嬉しくてふわふわとした心地でいると、師匠が私と二人で話がしたいのだと言った。いつになく真剣な声色と表情で、何故か胸騒ぎがした。大事な話だからと師匠は言葉を続けるけれど、クラピカの意見も態度も変わらない。…なんでそんなに、師匠に当たりが強いんだろう。

「信用のできない貴様とナマエを二人きりにはさせたくない」
「えと…師匠、クラピカも同席でいいですか…?」
「…駄目だっつっても、テコでも動きそうにないからな」

師匠、どちらかというとレオリオに雰囲気が近いタイプだからなのかな?再び椅子に腰を降ろしたところで、師匠は何も言わずに私の前に開封済みの手紙を置いた。

少し時間が経っているのか、端が削れている上に、便箋自体少しだけ皺になっている。黄ばんだ紙をそっと手に取り、折り目にそって紙を開く。ハンター協会への宛名が書かれた筆跡に、違和感を覚える。

この世界に来て、初めて目にした文字。言葉と一緒に教えてもらった文字。お手本に書いてもらった、ミアさんの綺麗な字だった。ひやり。心臓を冷たい何かが撫ぜる。続きの文章を必死に読もうとするけれど、目が滑ってうまく頭に入らない。

なんとか理解できたのは、私の髪のことと、ハンター協会に助けを求める内容が書かれていること。もう一枚続いている便箋に移ることもできず、小刻みに手が震え始める。警報を鳴らすかのように、心臓の音が鼓膜を支配していく。

写真が、私の前の机に置かれる。そこには、拷問場所のような部屋の床に水たまりのように広がる赤黒い液体に、見慣れた靴が二足。転がるボロ布には、見覚えがあった。視覚情報を脳が拒否をしている。だって、その靴は、その布は、服は、

「ミアとジャックという依頼者は死んでいる。…お前を救出する前に」


二枚目に見せられた写真には、墓石。そこに刻まれているのは二人の名前だった。

息が、止まる。

頭が真っ白になる。

ガツンと、頭を殴られたかのようだ。


数十秒、何分にも感じた時間はきっと数秒程度なのだろう。やっと息を吸い込み、火山が爆発したかのような感情を抑える理性もなく、激しい音を立てて立ち上がる。大きな音を立てて椅子が倒れたけれど、構う余裕もなく師匠を見つめた。彼の瞳に映る私はきっと、ひどい顔をしているのだろう。

「嘘」
「…すまなかった」
「なんで……二人は、無事だって…師匠、言ったじゃないですか」
「……」
「試験、合格したら…二人に、会えるって…」

声が震えて、熱くなった体にぼろぼろと涙が落ちる。嘘だと言ってほしいのに、師匠は眉を寄せて謝罪の言葉を乗せるだけ。聞きたいのは、そんな言葉じゃない。

爆発した感情に歯止めなんて効くはずもなく、歯を食いしばる。膨れ上がった感情が脳を支配していく。強くて大きな怒りの感情に、カァっと喉が熱くなる。師匠に掴みかかりそうな衝動をなけなしの理性で留める。

激しい怒りと混乱と、喪失感。

「…ーー嘘つき…っ!」
「っナマエ!!」


クラピカの声に反応することなく気づけば師匠の家を飛び出していて、小雨の中闇雲に山の中を走っていた。

故障したかのようにうるさい心臓と乱れた呼吸だけが頭に響く。嘘だ、嘘だ、嘘だ、と頭の中でずっと何かに訴えるかのように、自分に言い聞かせるかのように唱える。思い浮かんだのは、二人の笑顔。それが一瞬にして、血だらけで微笑む姿に変わる。愛してると、最後に見た二人の笑顔。

「!っあ」

足がもつれて、走っていた勢いのまま地面に体が落ちる。鈍くて重い音が響き、膝と咄嗟に地面についた手のひらがひりひりと痛む。手も膝も痛いはずなのに、胸が一番痛い。

ぼろぼろと涙が落ちていく。ぽつぽつと落ちる雨は、私の感情を鎮めてはくれない。

ふと、手に握っていた手紙に視線を落とす。擦りむけた手のひらに構うこと無く、二枚目を震えた手で持ち直した。そこには、ハンター協会宛の内容ではなく、私宛のものが書かれていた。


”ナマエちゃんがこの手紙を見ているということは、きっと私達はこの世にいないでしょう。ずっと一緒にいて、守ってあげられなくてごめんね。
ナマエちゃんの素敵な髪の魅力が広まったら、いろんな良くないことが起きてしまうと私達は思いました。少しずつお金を貯めて、三人で一緒に村を出る準備を進めているけれど、念の為にハンター協会に何かあったらナマエちゃんを助けてもらえるようお手紙を送りました。私達に何かあっても、ナマエちゃんが無事ならそれでいいの。

実はね、私は赤ちゃんを産めない体だったの。ジャックは気にしていなかったし、村の人に何を言われていても平気だった。でもね、全く欲しくないわけじゃなかったの。そこに、あなたと出会った。きっと神様が私達を逢わせてくれたのね。

本当はジャックもナマエちゃんに手紙を書きたかったみたいだけど、彼もうまく字が書けないから。ふふ
親子としての年月は、他と比べたら短いだろうけれど、かけがえのない時間だった。本当に、ナマエちゃんに逢えてよかった。逢えたのがナマエちゃんで、本当によかった。

私達の大好きな大好きな、大切な娘。愛してるわ。

ミア、ジャック”


落ちた涙が、紙を滲ませた。また涙が落ちて、じわりと染み込む。二人からの愛が暖かくて嬉しくて、辛かった。こんなに、愛されていた。こんなに大事にされていた。

手紙を握る指先に力が入り、くしゃりと歪む。漏れ出る嗚咽は誰にも届かない。とうと耐えきれずに溢れた感情が思考を支配する。いつの間にかふわふわと宙に浮かんだ髪がぐにゃぐにゃと姿を変える。まるで自分の感情の通り、私の思うがままに姿かたちを変えているかのようだった。

「っあ、ぁ…う、ぁああ”あ”あ!!」

私のせいだ。私のせいで二人が死んだ。私が殺したも同じだ。

風を切る音と共に、周りの木々が地面に落ちた。切られた断面に、鋭利で大きなナイフのような形に変わった自分の髪。私の感情が揺れるほど、ぐにゃり、姿を変える。

早く気づいて、私が早く村から出ていけばよかった。特異な力が周りに及ぼす危険性を考える判断力がなかった。二人に甘えてしまっていた。知らない言葉、知らない世界が怖かった。誰かに知られたら、糾弾されたり追い出されたり、二人にも迷惑をかけると先を予測できなかった。


私がもっと早く判断ができていれば。
私がもっと強ければ。
私がもっと頭がよければ。
私の、こんな力がなければ。
私がいたから二人が死んだ。


鎌のように髪の形を変えていく。これで罪滅ぼしになるとも思えない。けれど、これが最善だと思う。もう、私のせいで誰かが死ぬのは耐えられない。もう、こんな想いしたくない。失いたくない。もう、私と関わった人に迷惑をかけたくない。

すぅ、瞳を閉じた。

かみさま、かみさま。お願い、大嫌いな神さま。
どうか、二人が天国で幸せにいられますように。


大きな鎌を、自分の頭へと振り下ろした。














「…っ」
「……くら、ぴか…?」

顔に、温かい液体がかかる。目を開けた視界には、大きな鎌の刃を素手で握りしめ、肩から血を流して苦しげに顔を歪めるクラピカがいた。全身の血が抜かれたかのように、ざっと血の気が引く。急いで鎌に形を変えていた髪を解くと、クラピカは自身の肩に気をやることもなく私を力強く抱きしめた。

痛いくらい力が強くて、呆然としている私はされるがまま。クラピカの肩越しに見える空は、どんよりとした雲が少しずつ薄くなっていた。

「死ぬな」

薄くなった雲の隙間から、まんまるのお月さまが現れた。ソレが、私の瞳に映る。

「命を…投げ出すな」
「…っ」
「生きている、それがどれだけ尊いことか…」

ああ、そうか、クラピカの同胞は。

ぱらぱらと降り続いていた雨はいつの間にか止んでいた。
トクトク、クラピカの心臓の音が聞こえる。生きている音だ。そして、私も。また、私のせいで傷つけた。ぼやくように、働かない思考が勝手に言葉を落とす。

「私の、せいで…二人が死んだ」
「違う。ナマエのせいではない」
「私が、わたし…が、いなければ」
「ナマエは何も、悪くないんだ」

クラピカの言葉に、息が止まる。
途端、壊れた蛇口のように涙がこぼれだす。嗚咽をもらす私の背中を、クラピカは優しく撫でた。

酷いくらい綺麗に輝く月夜の下、クラピカは泣き続ける私をずっと抱きしめ続け、言葉をかけ続けた。ナマエは悪くない、大丈夫だと、優しい声がずっと私を肯定した。

泣いて、縋り付いて、泣き言を言い続けて。頭がくらくらとして、少しずつ落ち着いた頃、クラピカの温もりとずっと背中を撫でてくれる温かい手に安心して、意識が落ちた。





2019/10/18