カーテンの隙間からこぼれた柔らかな光が瞼を通して朝を告げる。少し身じろぎ、ギシ、とスプリングの音が響いた。鳥のかわいらしい歌声に、ゆったりと瞼を開ける。まだ覚醒のできない頭はぼんやりと天井を見つめ、目尻を伝う涙を無意識に拭った。そして、片手のぬくもりに首を傾げ、その方を向いて、息を飲む。朝日が金の髪を彩り、輝かせる。ベッドに顔を伏せ、私の手を握りしめて寝息を立てるクラピカの姿に心臓が止まり、一気に頭が覚醒する。そして、慌てて飛び上がるように起き上がると、その音でクラピカが起こしてしまったようだった。
「ん……ああ、おはよう。ナマエ」
「お、お、おはよう…」
動揺と寝起きからなのか掠れてどもった挨拶に羞恥で顔に熱が集まる。体の痛みに少し顔をしかめたクラピカに慌ててベッドを降りて背中をさする。私のことを心配して、一晩側にいてくれたのだろうか。慌ててみーちゃんの名を呼べば、ふわりとクラピカの背に髪の束が触れる。そして、光を帯びると数秒で髪の束がクラピカから離れた。そういえば、自分以外にみーちゃんの力で治したりしたのは初めてだ。他人の治療ができることに今更気づいた。
「だ、大丈夫…?」
「…ああ、ありがとう」
手のひらを見つめ何度か拳をつくるクラピカは、調子を確認できたのか私の方へ振り返る。お礼を言いたいのは私の方なのに、と続く言葉がうまく出ない。
先程まで見ていた夢。ミアさんとジャックさんと過ごした幸せな日々。もう、戻らない光景。目尻に滲んだ涙を隠すように俯くと、頭の上に柔らかな重みができた。そして、温かい手のひらが私の頭を優しく撫でる。そっとクラピカを見つめると、優しい顔で私を見つめていた。
「…ごめんね、たくさん…迷惑かけて」
「迷惑だと思ったことはないよ」
「……ありがとう」
手のひらから伝わる温もりが、温かい。ミアさんともジャックさんとも違う撫で方だ。そうだ、もう…二人に頭を撫でてもらうことも、触れることも、話をすることもできないんだ。じわり、また涙が滲む。隠すように深く俯くと、変わらず頭を優しく撫でられる。
外から聞こえる鳥の声。カーテンの隙間からこぼれ落ちる日の光。世界は何も変わらないのに、私の世界は変わってしまった。世界は平等で残酷なのだと、朝の空気に包まれる。
泣いてばかりでいられない。どうすべきか考えるべきだ。
クラピカに止められ、一晩経った今自殺の実行に移す気力も感情も落ち着いていた。それに、ミアさんとジャックさんが自分たちの安全より私の命と安全を優先したのだ。死ぬ前に、やることがある。
「…クラピカ、私ね…村に戻ろうと思うの」
「……そうか」
「自分の目で、見たいし…何があったのか、知りたいから」
そっと、クラピカの手が離れた。今度は真っ直ぐクラピカの目を見て言えば、穏やかなクラピカの瞳に自分が映る。握りしめた拳にクラピカの手が重ねられる。
「私もついていこう」
「えっ?で、でも…」
「私のことは気にするな。それに、村に何があるかわからないからな」
雇いハンターになって仲間の目を探す目的があるはずなのに。一人で行くつもりだったけれど、確かに村に何があるかわからない。映像が出回っているということは村の名前も出回っている。ハンターや髪を狙う人たちが来ている可能性が十分にある。だからといってクラピカを巻き込みたくないのだけれど、一緒に行くという意見はテコでも変えないようだ。
「…ありがとう」
「私が勝手にやっているだけだ」
とくとく、心臓が早くなる。クラピカは、優しい。出会った時から。
困った時、たくさん助けてもらった。試験でヒソカと対峙した時も私を庇って、守ってくれた。昨日だって。
少し、頬に熱が集まる。この感情がわからないほど鈍感ではない。けれど、その想いを自覚したところで変わらない。想いを告げることも、感情を押しつけることもしたくはない。ただ、この感情を抱いたからこそ、クラピカには幸せになってほしいと心から思う。
そういえば、部屋にクラピカと二人きりだ。以前は意識しなかったのに、急にそのことが頭の中を占めてしまう。私は誤魔化すように視線を逸らし、村へ行く為の準備について思考を埋める。長居をするつもりはないから、大荷物はいらない。…それに、準備の前にまずはやることがある。
師匠と、話さなくちゃ。
□■
静まり返った空間に、たまに木の板が軋むような音が小さく響く。昨日とは違い、クラピカは部屋の外にいてくれている。机を挟み、椅子に腰掛ける私と師匠。視線をあげられず、私は机を見つめたまま。切っ掛けの為の言葉は思いつくのに、喉から先へ出てこない。口火を切ったのは、師匠だった。
「…黙っていて、悪かった」
はっと顔を上げれば、イズナビさんのつむじ。何か言われると思っていたのに、最初に出たのは謝罪と、下げられた頭。師匠、と制止するように声をかけてもその頭が上がることはなかった。
「…師匠のことを、恨んではいません。私に修行をさせてハンター試験を受けさせたのも、考えがあってのことですよね。…顔、上げてください」
「……ナマエ」
「…聞かせてください。黙っていた理由と…二人のこと」
師匠の眉間に、少しだけ皺が寄る。そして、険しい顔のまま重い口が開かれた。
「お前に修行をさせ試験を受けさせたのは、この世界で生きていく為だ。ある程度強くならなくては…お前の髪を狙う奴らに殺される。ハンターライセンスがあれば、国民番号のないお前でも職につくことができる。…”普通の人生”を歩むこともできるんだ」
「……」
確かに、師匠に念を教えてもらわなかったら最悪殺されていた可能性もある。社に私を襲いに来た人たちはライセンスもないような強くはない、念も知らないだろう人たち。もし、ヒソカのような人たちに狙われていたら、私はこの場にいないだろう。
国民番号があれば、街に出て働いたり、ライセンスを売ったお金で暮らしたり、いくらでも道が増える。普通の働き口もなく、狙われ続ける日々を過ごすしかなかっただろう私にとって、これ以上ない采配だと思う。
「…何故、二人は無事だって嘘をついて…今まで黙っていたんですか」
「……お前は、二人が死んだことを知ったら、自分を責める人間だと思ったからだ」
「…」
「出会った時、ナマエは村の心配だけをしていた。自分がボロボロなのにな。いや、村というより二人の心配をしていた」
最初は私を早くあの場所から連れ出す為に嘘をついたらしい。飛行船、そしてこの家で過ごした間に私の性格を悟り、嘘を突き通すことにしたようだった。依頼は、私を守り、生かすこと。私にとっての最善である、ハンターライセンスの入手を実行させるにはこれしかなかったという。二人が死んだと聞かされていたら、私は修行を吐いてでも続けることができただろうか。二人を死なせてしまった自分の命を守るために、そこまでできる気がしない。
師匠が嘘を言った理由はわかった。結果、師匠の目的通り私はハンターライセンスを入手した。
「…二人について、何かご存知ですか」
「悪いが、二人については何も知らない。依頼人に会いに村に行けば、既に火事が起きていた。家の中は火の海で入ることもできなかったから、ナマエの救助を優先させた。あの写真は…後日ハンター協会のものが撮影したものだ」
「……そうですか」
やっぱり、この目で確認しなくては。拳を握り、今度は真っ直ぐ師匠を見つめた。
「村に一度戻ります」
「…火事で何も残っていないぞ」
「それでも、自分の目で見てきます。…これからどうするかは、その後考えます」
「!?待て お前、」
「師匠、お世話になりました。私がいることで迷惑もかかりますし、これからは…」
「待て」
「?」
がたり、師匠が慌てたように席を立つ。師匠の目的であったライセンスの合格も達成したし、クラピカもここで修行をするなら部屋も必要だろう。これ以上私がここにいる理由はない。誰かの世話になってしまえば、また迷惑がかかる。
「お前に教えた念は…基礎中の基礎だ。これからお前にはまだ念の修行をしてもらう」
「…はぁ」
「それに、俺はお前を迷惑だと思ったことはないからな」
…また嘘だろうか、なんて。師匠の表情を見ればすぐにわかった。クラピカと、同じことを言われた。まだ念の修行をしなくてはいけないようだけれど、目的のない私は修行に身が入らないと思う。それに、どのみち私は師匠の家にずっといるわけにはいかない。師匠が弱くないとはわかっているけれど、世界は広い。どんな人間が私の髪を狙い、やってくるかわからない。
一先ず村に行くと再度伝えると、師匠も一緒に行くということになってしまった。一人で行こうと思っていたのに、気づけば一人ではなくなっている。その優しさに甘えてはいけないのだと、手のひらに爪を立てた。
2019/10/24