師匠とどうにか二人きりになり、念の修行がしたいと告げると理由や自分の考えを詳しく話せと師匠にしては珍しく焦ったような態度だった。人形師を探すにあたって強くなりたいことはぼかさず、身につけたい念能力については少しだけぼかして伝えると深くため息を吐いてがしがしと髪をかきむしっていた。

人形師を探すことも、二人の行方を探すことも本当は止めたいのだと、小さな声で紡がれた。迷惑をかけてばかりのお荷物にはなりたくないと言えば、苦虫を噛み潰したかのような表情で私を見つめた。

「いいか、ナマエ。お前は何も悪くないんだ」

私の肩を掴み、言い聞かせるように落とされた言葉がどこか遠くに感じた。にこりと笑って師匠の手を外せば、ぐっと眉間に皺が寄る。どうしてそんなに苦しそうなのかわからない。全ては周りの優しさに甘えてしまった私が悪い。何の罪はないと嘘を言って慰められても、それを鵜呑みにして無罪の面をして生きられるほど馬鹿じゃない。

ミアさんとジャックさんのところに長居せず、稀有の能力だと気づいた時点で家を出なかった私が悪い。
村の人の言うことを信じて社に居続けず、ミアさんとジャックさんを連れ出してどこか遠くに逃げればよかった。
気づくのが、私は遅すぎたのだ。ミアさんとジャックさんが行方不明なのは、私のせいだ。村の人に二人が囚われたのも、私が悪い。私が二人の家から早く出ていけばよかった。

でも、もう間違えない。


ミアさんもジャックさんも、私を守るために命がけで行動してくれた。なら私も、大切な人は命がけで守らなくては。

そこに私がいなくたって構わない。大切な人が幸せなら、私は幸せだから。





■□



「師匠、今度はクラピカに何をさせているんですか…」
「人聞きの悪い言い方すんな!鎖を正確に具現化させるために修行だっての」
「はぁ…」

そうは言っても、鎖と一緒にクラピカを一日部屋に閉じ込めたりした上にクラピカが鎖を口に含んでいるのを見てしまったのだ。思わず止めて師匠の鳩尾を殴ってしまったのは仕方ない。修行だと言われても、はいそうですかと信じるには日頃の師匠の態度に問題があると思う。

今は鎖のスケッチをさせているらしい。平和な方の修行でよかった。
私はと言うと、いろんな本を読めと山のように積まれた本を数冊片付けたところだった。修行と言うのだから、試験前にさせられていたような走り込みや、キルアの家のところでやっていた筋力トレーニングをさせられるとばかり思っていたのに。しかも積まれた本はこの世界でよく読まれているらしい御伽話や新聞、世界地図と各国の説明の子供向けの絵本ばかりなのだ。戦闘に全く関係ない。

「じゃ、今日の追加分だ」
「……」
「ちゃんと一冊ずつ内容まとめた紙書けよ」

じゃ、今日は外で読めと家を追い出されてしまった。
師匠のばか、あんぽんたん。まだ部屋にたくさん本が積み上がっているのにまた追加されてしまった。

終わりなく増え続ける課題の本達を消化しきれる気がしない。そもそも試験を受ける前までやっていた修行と違いすぎて頭が追いつかず、閉じたドアの前でため息をついた。

とにかくどこか広い場所に行ってから本を開こう。その前に、クラピカの様子を少しだけ見ていこうかな。

クラピカのいる方へ歩を進め、少し離れた木の後ろからそぅっと覗く。真剣にスケッチブックと鎖に向き合い、鉛筆を動かす姿に笑みがこぼれた。私も頑張らなくては、と視線を外した時だった。

「…ナマエ?」
「!…っわ」

気づかれてしまったことに動揺して後ずさり、後ろにあったらしい木の枝を踏んでしまった。パキ、と誤魔化せない音が響いてしまい冷や汗が流れる。おそるおそる視線を上げれば、ばっちりとクラピカと視線が合ってしまった。どきり、跳ねた心音を誤魔化すようにへらりと笑った。





「ご、ごめんね…修行の邪魔しちゃって…」
「ちょうど少し休もうと思っていたところだ。ナマエはどうしてここに?」
「えっと…師匠が今日は外で本を読めって」
「…それは…”世界の極悪犯罪集”?…少し借りてもいいか?」

うん、と持っていた本を手渡せば、クラピカは少し眉を潜めながら表紙を見つめる。表紙をめくり本に視線を落とす。そっと私も覗き込み、開いていた目次を読むと、どうやら本当にあった事件集のようだった。実際にあった恐ろしい猟奇殺人事件だとか事故をまとめたもののようだった。おそらくこれは、ほとんど念能力によるものだろう。これを読んで、念に対する知識を増やせということかな。…目次だけで、何十人、何百人が死んだ事件と書かれているからあまり読みたくはないのだけど。
ぱらりぱらり、本がめくられていく。私の目で追えない速度で中身を読んだらしいクラピカは眉間に皺を刻ませた。

「これは一度読んだことがある。当時の新聞記事も掲載されている、過去に起きた凶悪事件をまとめたものだ。…これは、私が大体の内容を教えるからナマエは読まない方がいい」

…それにしても、きれいだなぁ。

木々の隙間から降り注ぐ柔らかな光がクラピカを照らしている。木漏れ日でゆらめく光と、どこのシルクや宝石にも負けないくらい綺麗な金の髪。透き通る瞳に長いまつげ。陶器のような綺麗な肌に、すす汚れのようなものが滲んでいた。スケッチをしていて、ついこすってしまった時についたのだろうか。小さな傷もついている。

「…ナマエ?」
「……へ」

かおが、ちかい。ぼっと火が灯ったかのように顔が熱くなり、慌てて離れたけれど、手をついた時に鋭い痛みが走り思わず声をあげてしまう。何か尖ったものがあったらしい。手のひらを見つめれば赤く血が滲んでいた。

「大丈夫か!?すぐ手当を…」
「だ、大丈夫!みーちゃんに…」
「…待て」

怪我をしてしまった方の手首を掴まれ、どくどくと鼓動が早まっていく。心音がバレてしまわないか余計ドキドキしてしまう。手、私より大きいな。

「誓約と制約…怪我を治すために、ナマエの何かが犠牲になっているのではないか?」
「…?」
「その力を使う代わりに、何か代償があるはずだ。無闇に使わない方がいい」

真剣な眼差しに射抜かれるように、一瞬思考が止まってしまった。
なるほど、確かにこれだけの能力を使うとあれば制約を考えるとそう簡単に使ってはいけないと考えるのもおかしくない。クラピカには、ハンター試験の時にもいろいろ見られてしまっているのだから、余計心配してくれているのだろう。

「心配してくれて、ありがとう。でも…みーちゃんは念じゃないから制約とかはないよ」
「…念じゃない?」
「師匠が言ってた」

みーちゃんは念能力により生まれたものじゃないと、修行中に言われたことがあった。私の言葉に考え込むように視線を下げたクラピカに首を傾げる。気づけばみーちゃんがふわりと手のひらに翳され、傷はなくなっていた。ありがとうみーちゃん、と笑えばみーちゃんも笑って答えるように髪が揺れる。

「…では、生き物なのか?」
「うん。そうみたい」
「人の髪に住む生き物など聞いたことが……だが、制約がないとは限らない。あまり…使いすぎるな」
「…そうなの?みーちゃん」

ふわり、みーちゃんが揺れる。首を傾げるかのように傾き、そしてふるふると揺れる。

「ないって」

へにゃりと笑ってクラピカに伝えたけれど、あまり納得はしていないようだった。
今まで制約だとかそういったことは知らなかったとはいえ、みーちゃんの力を借りたりお願いをした後、特に体に異常が出ることはなかった。何かを失っている感覚もない。強いていうならば前の世界の記憶が無くなっていくことかもしれないけれど、お願いをした回数を考えると記憶で釣り合うものなのだろうか。

無限の力はない。最強の力はない。大きな力を得るためには何かを失うことがセオリーであるし、そうでないと均衡がとれない。…まぁ、いいか。考えてもわからないし、みーちゃんは制約はないと言った。それでいいじゃない。…なんて、思考放棄をしすぎているのだろうか。

「私は…ナマエには安全な場所で、ゆっくり過ごしてほしい。このような本も、あまり読んでほしくない」
「……」
「この世に安全な場所がないことはわかっている。隠れているだけでは、駄目だ。対抗手段が必要なこともわかっている。だが…」
「…ありがとう、クラピカ」

隠れて過ごして、結果こうなっている。安全な場所なんて存在しない。どの道私が生きるためには、強くならなくてはいけない。それは、普通は知らなくてもいい残酷なことを知らなくてはいけない。そんな世界にいる人たちだって狙ってくるのだから。
クラピカが私を想い、案じてくれている。それだけで充分だよ、と口角を上げる。私のことで心を痛める必要はない。仲間の目を集めること、幻影旅団を探し出すことで他人を気にかける余裕などないはずだ。優しいクラピカが私なんかの心配をせずに済むよう、ぐっと握りこぶしを作る。

「心配してくれてありがとう。でも私、結構強いんだよ」
「…望んだ力ではないだろう」

クラピカだって。
言葉には出さず、にこりと微笑む。クラピカだって、同胞が襲われなければ命をかけるような念能力を必要としなくてよかった。嘆いたって仕方がない。過去には戻れない。

「狙われるのはみーちゃんのせいじゃないよ。それに、悪いことばかりじゃなかったし…」

みーちゃんのおかげで、クラピカ達に会えた。ハンター試験を合格できた。村の外の世界を知ることが出来た。…平和ではない世界だということも。良くも悪くも、いろんなことを知ることが出来たし、出会うこともできた。

「クラピカにも、会えたから」

情けなくへにゃりと崩れた笑顔を向けるのも恥ずかしくて、視線を逸らす。ほわほわと頬に熱が集まり、どこか居心地が悪くて前髪を直すように少し弄る。

「私も…ナマエに会えてよかった」
「!」

思わず顔を上げると、ふわりと柔らかく口角を上げ、とろりと溶けた瞳をこちらへ向ける姿。息を呑み、心臓を掴まれたような心地に呼吸を忘れてしまう。は、とようやく呼吸のようなものを思い出したところで、どんどん顔が熱くなっていくのを感じた。

どうしよう。この想い、隠したいのに。

顔が赤くなっていたりしないかな、私の気持ち、バレていないだろうか。誤魔化すように私はへにゃりと笑った。







2020/06/28