ありとあらゆる念能力による攻撃に対応できるよう、まずはたくさん本を読んで知識をつけ想像力を増やせ。そう言った師匠は私に様々な本を読むようにと本を山積みに置いた。身につけたい念能力に関しては、もう少しこの修業が落ち着いてからになるらしい。

この世界にある重要な国の名前や文化、一般常識、過去にあった事件について。また、おとぎ話からミステリー、種類を問わず本当に様々な本を読まなくてはいけなかった。今まで読んだことのある本は、絵本や語学を学ぶための簡単な本だったから、部屋中に積み上げられたままの本の多さに少しめまいがした。


数冊の本を持って、師匠の家からあまり離れていない木々に囲まれた場所。ここは日当たりがよくて、日陰になった木の下は心地いい風が流れている。たまにやってくる小さな鳥達はきのみをくれるし、名前の知らない小動物は私の膝の上で昼寝をしたり。髪を撫でる風が、ふわりと本のページをめくる。紙のこすれる音で、飛びかけていた意識が戻る。暖かくて心地が良くて、本を読みながらうとうとしてしまった。目をこすり、しおりを挟んで本を閉じる。

うう、ねむい。このまま睡魔み身を預けてしまおうかと目を閉じると、遠くから小さな足音が鼓膜に響く。誰だろう、師匠ではない気がする。次第に近づく足音に、ゆっくりと重い瞼を上げる。音の方へ振り向き、思わず瞠目する。

「く、クラピカ」
「すまない、邪魔をしたか?」
「ううん!大丈夫」

慌てて本を持ったまま立ち上がり、服の土を払う。改めてクラピカに向き直れば、朝会った時より小さな傷が増えていることに気づいた。

「クラピカ、怪我してる…!」
「ん?ああ、大した怪我ではない」
「でも…」

小さな傷でも化膿したり細菌が入ったら悪化してしまうし、この森には何があるかわからない。やっぱり無理を言ってでも治そうと、行き場を失っていた手で拳を作った時だった。クラピカは私の持っていた本に人差し指を向ける。

「本を読んでいたのか?」
「え?う、うん。読んでたけど、眠くなっちゃって…」
「ここは日当たりがいいからな」

くすり、柔らかく笑ったクラピカに私の頬も緩んだ。木々に覆われて暗い場所が多い中、ここは数少ない日当たりのいい場所。凶暴な動物がやってきたこともないし、安心してお昼寝もできる場所だ。…と言っても、試験を受ける前の修行はずっと体力作りで走らされていたから、今回の修行に入るまでこの場所は知らなかったけれど。

ゆっくり本が読みたい、と窓辺に来ていた小鳥にこぼして連れてきて貰った場所だ。クラピカには前に教えたけれど、師匠はここを知ってるのかな?

今読んでいた本の話で少し盛り上がった頃、ふと、疑問が浮かぶ。そういえばどうしてクラピカはここに来たのだろう。

「そういえば、クラピカはここに何か用事?」
「ん?…ああ、ナマエに用事があったんだ」
「私?」

ぱらぱらと私が読んでいた本に目を通していたクラピカが顔を上げ、柔らかく目尻を下げる。緊迫している様子もなく、首を傾げた。ぱたり、本が閉じられる。

「ナマエさえよければ、私の修行の手伝いをして欲しいんだ」
「?わかった、いいよ」
「…まだ説明も何もしていないぞ」

少しだけ眉を寄せたクラピカに咎めるように見つめられた。クラピカの役に立てるならなんでもするよと拳を作り伝えれば、更に眉間のシワが増えて小さくため息をつく。何か変なことを言ってしまったのだろうか。きょとり、と見つめれば少しまごつきながらクラピカは私を見つめて言い聞かせるように私の手を握る。

「……私以外に、あまりそういうことは言わないほうがいい」
「?わかった」

ゴンやキルア、レオリオたちにこういうのは言わないほうがいいということなのかな。あまり理解できていないまま頷くと、少しだけほっとしたようにクラピカは息を吐いた。








□■





本を読んだり念の修行をするだけじゃなくて、クラピカの修行の手伝いとみーちゃんのコントロールを兼ねて新しく修行科目が増えた。

私が一度暴走した時、みーちゃんに命令をしていないのに髪の形を変えられた。つまり、言葉なくとも私の意思で髪の形を変えることができる。最初はうまく出来なかったけれど、うまく念じれば思い通りに髪の形を変えられるようになっていった。ただ、攻撃や俊敏な動き、防御は私の力だけではどうしようもできなくて。みーちゃんだけで動く髪に打撃を加えたり攻撃を避けたりする修行を、クラピカはしている。

もちろん、髪の形は刃などではないけれど。当たったことがわかるよう、水溶性のスタンプに毛先が変化しているから、当たればわかるようになっている。ちなみにこれはクラピカ発案だ。


そんな修行をしながら、朝が来て夜が来て、一日一日を繰り返した。

まだまだ体力も筋力も俊敏力も備わっておらず、みーちゃんに頼り切りなままだけれど少しずつできることが増えた私と、みーちゃんと互角に戦えるクラピカ。成長の差に少し落ち込んだけれど、私と違ってクラピカは何年も鍛えているのだから差が出るのは当たり前かと納得する。


鳥の鳴き声に、風に吹かれて小さく揺れる木々の音、柔らかく差し込む太陽の光。今日はいい天気だから、と家中のベッドシーツや溜まっていた洗濯物を干している。洗濯日和に空を見上げ、目を細める。こんなに天気がいい日は久しぶりだなぁ。おかげでもう洗濯物が乾いてる。

シーツを叩き終えて、いざ取り込もうとシーツに手をかけた時、うっすらとシーツの人形の影がかかる。

「シーツを取り込むのか?私も手伝うよ」
「クラピカ!ありが……わっ!?」

お礼を言おうとシーツの隙間から顔を出そうとした瞬間、ぶわりとシーツがまくれあがる。シーツをバタバタとなびかせ上へと飛んでいった風のおかげでシーツが洗濯物をかけていた縄から外れる。あ、と慌ててシーツを掴んだせいでバランスを崩してしまい、受け身を取ろうにもシーツに包まれているせいで身動きが取れない。

「ナマエ!」

クラピカが私の名を呼んだ。抱きとめられ、共に地面に倒れる。瞬間、唇にシーツ越しに何か柔らかい感触が伝わった。

クラピカを下敷きにしてしまった。慌ててシーツを取り払うと、目と鼻の先に、クラピカの顔があった。驚いた顔のクラピカの頬に小さなキズがあり、ちらりと唇に視線が行く。

あれ、まって。さっき、口に当たったのって、もしかして。

「……大丈夫か?」
「…〜〜〜っ!」

ぼんっと爆発したかのように顔に熱が集まる。考えてしまったことを理解するより先に慌てて立ち上がり、ぐしゃぐしゃとシーツを丸めて抱え、口元に寄せる。上がっていく熱は治まることはなく、それどころか顔だけじゃなくて体中熱くなっていく。

「あ、う、え、えっと、洗い直して来るね!」

クラピカの返答も聞かず、くるりと踵を返し走り出す。どくどく、バクバクと激しい鼓動がどんどん調子を狂わせていく。後ろで私の名前を呼ぶクラピカの声が聞こえた気がしたけれど、こんな顔が真っ赤な状態で会えるはずがない。

一瞬だった。きっと、きのせいで流せたはずなのに。
鮮明に思い起こされてしまう唇の感触にまた熱が上がった。





そんな私が去った後で、クラピカも少し顔を赤くして口元を覆っていたことなんて知らずに。







2020/11/14