「ミアさ…お母さん」
「ナマエちゃん、どうしたの?」
「ジャックさ…おと、さ?オトサ?」
「お父さん?」
「おとうさん、が…欲しい…ヌノ?」
「お父さん、布が欲しいの?」
「はい」

通じたことにほっと胸を撫で下ろしていると、緩く頭を撫でられた。笑顔のまま言葉が紡がれる。どうやら言葉の上達を褒められたらしい。ありがとう、と覚えたばかりのお礼の言葉を使う。辞書も何もない状態で言葉を覚えるのは本当に難しかった。ここまで少しずつ覚えられたのは、この世界に来てから起こる不思議なことのおかげでもあった。

するすると、言葉が頭に入っていった。何度も繰り返して頭に叩きつけるのではなく、一度理解して耳に入れればすぐに自分のものになった。覚えれば覚えるほど、言葉がわかっていくし伝えられる。まだ文字は覚えられていないけれど、時期に覚えられると思った。


「お父さん、布…」
「ああ、ありがとう。…って今手が汚れてるからダメだな…」

家の前で作業をしていたお父さんに山になった布を渡す。いらない布らしく、だいぶほつれていたり穴が空いていたりしている。作業終わりに農具を修理していたらしいお父さんは、土で汚れていた。お母さんに貰った、お母さんと同じ腰に巻いたエプロンのポケットから綺麗な布を取り出す。お父さんの顔についた汚れを拭けば、ぱちくりと目を瞬かせた。そして、気づけば抱きしめられていて、太陽と土の香りに包まれていた。

力強いこの腕で、たくさん畑の仕事をして、この家を支えているんだ。そう思うとゆるゆるとほほが緩んだ。返すように私からも抱きつけば、小さく身悶えるような声が聞こえた。どこか痛めたのかと思ったけれど、違うらしい。

服はお父さんと同じく汚れてしまったけれど、不快な感情は少しも抱くことはなかった。








四季はないけれど、夏と冬があった。夏は日差しが強くて暑かったけれど、たっぷり太陽を浴びて育っていく畑の植物達を窓から眺めるのは楽しかった。スイカはないけれど、冷えた夏の野菜を一緒に食べた。みずみずしくてとってもおいしくて、二人と一緒に食べるものはなんでもおいしかった。

髪が動くところを見られるといけないから、私が畑に出たのはお父さんに届け物をする数回だけ。被せられた麦わら帽子をつけて吸った外の空気は新鮮で。人のいない朝の早い時間に、お母さんと水を汲みに出ることもある。朝の澄んだ空気と自然の匂いが心地よかった。

森に囲まれても相変わらず虫は苦手だった。けれど、ミアさんが代わりに対処をしてくれた。もちろんジャックさんも。対処といっても、二人は殺生などはせず遠くに逃していた。

「この時期はよく洗濯物が乾くわね」

元気に畑で野菜を収穫する父は、太陽の暑さをものともしていなかった。窓から外を見る私と目が合えば、大きく手を振ってくれた。

元の世界が恋しくないと言ったら嘘になる。生活の一部だった電子機器は何一つないし、柔らかくて上質な布はない。コンクリートではなく、木で作られた家は隙間風があって夜はとっても寒くなった。水道がないから井戸まで水を汲みにいかなくてはいけないし、他にもいろいろ。

「ナマエちゃん、ありがとう」

最初は不慣れな生活にストレスが溜まり、度々体調も崩していた。それでも自分にできることを一生懸命やった。井戸の水を汲むのは大変だったけれど、少しずつ重い水の入った桶を運べるようになった。布の生地には慣れたし、隙間風で寒ければ二人と一緒に暖をとった。温かいミルクを三人で飲んで、笑いあった。

冬は雪が積もって、ミアさんに編み物を教えてもらった。まだうまくはできないけれど、彼女は家族分の服を作ってくれた。カーディガン、セーター、靴下。私は二人にマフラーを作って。人のいない場所で、三人で雪を固めて遊んだりもした。ナンテンはないけれど、代わりのものを使って雪うさぎを作ればミアさんは目を輝かせた。
とっても寒かったけれど、暖炉の近くで家族で固まって、毛布をかぶって夜遅くまでおしゃべりをして。言葉も教えてもらいながら、ミアさんが本を読んでくれたり、ジャックさんが新しい本を持ってきてくれたり。

最初に用意してもらった部屋に、たくさん思い出のものが増えていった。かわいい部屋にしてあげたい、とミアさんがベッドにかけてくれたかわいい布は宝物だ。丁寧に色んな種類のお花が縫い付けられた刺繍の肌掛けはかわいい赤色をしていた。ミアさんが作ってくれたものやお下がりの服はクローゼットに。私の為にジャックさんが集めてくれた本は大切に棚にしまってある。ジャックさんの作った少し歪なマスコットは寝台横の小さな棚に飾っている。よくジャックさんが採ってきてくれるお花と一緒に。


村の人とはあまり話したことはないけれど、私のコレが知られない為にたくさん二人が尽力してくれたことを知っている。人見知りで通っている私は、ミアさんの内職と家事のお手伝いをして。実際人見知りではあるけれど。

「お母さん、この箱終わったよ」
「ありがとう、ナマエちゃん。どんどんお花作るのうまくなっていくね」
「…えへへ」


ここに来て、一年と数ヶ月。カレンダーがないから正確な月日はわからない。おそらくそれくらいだと思うけれど、どうなんだろう。これから雨が多くなる時期で、それが終わるとぐっと寒くなる。そして、冬が来る。

雨が降れば、雨の音を聞きながらジャックさんが小さな楽器で演奏をしたりする。一緒にろうそくの火を眺めながら、マスコットを作ったり、三人で一緒に内職をしたり。

どうだ、今度の冬ではかまくらを作ろう。時期に来る真っ白な世界に胸を踊らせながら、流れていく日常を謳歌していた。






「離して、離してッ!」

怒号が耳につんざく。ドクドクと頭に響く鼓動は治まらない。大柄な男達に羽交い締めにされた私は、必死に抵抗をするも土を削るだけ。跡を残すように削れた地面から徐々に離されていく。あまりにも暴れる私は拘束されて、宙に浮かされて。

いつもと変わらない日だった。いつもと同じ時間に起きて、おはようって言って、ご飯を食べて。

こぼれた涙が頬を伝う。

「ソレを使えば二人を殺すぞ」
「やめて…」
「大人しくしろ!」
「お母さん、お父さん…!」

目が離せない。目の前に広がる光景は、現実だと思いたくなくて。地面に倒れたジャックさんは血だらけで、腕を縄で拘束されていた。同じように拘束されたミアさんは、かろうじて座り込んでいるけれど、頭から血を流していて。

二人とも傷だらけで、血だらけだった。

「早くこの化物を社に」
「はい」

泣きながら叫んだ。私はどうなってもいいから、二人を助けて。二人に酷いことをしないで。やめて、もうやめて。どう言葉に紡いだかはわからない。とにかく必死で私は二人を助けたかった。

引きずられ、暴れる私が最後に見たのは、ボロボロなのに私に向かって微笑むミアさんとジャックさんの顔。

「愛してる」


大好きな二人の声だった。





2018/03/24