※流血、残酷描写あり



なんでこうなってしまったのか、私にもまだわからない。なんとなくわかったのは、どこかで私の髪のことがバレたこと。それが村長に伝わり、私は山奥にある社に閉じ込められることになった。幽閉、といった言葉が一番かもしれない。あまり使われていないのか、壁の隙間の多い社の中には神棚のようなものが一箇所あるだけ。寝る場所も食べ物も、二人もいない。そんな場所に閉じ込められたことよりも、私は二人が今どうしているのか心配で仕方がなかった。


この社にいること、力を使ったら二人を殺す。短く告げられた言葉のせいで、私はこの場所から逃げることができなくなった。両足には重い鉄の枷がつけられ、社の柱に繋がれた。

私は床を傷つけて、一日が終われば印をつけた。一週間に一度、二週間に一度、村から人が来た。ただそれも私が社にいるかの確認だけで、小さなカゴに入れられた果物を置いて何も言わずに去っていく。少ない果物で腹を満たせるはずもなく、私はいつも死体のように横たわっていた。

社から出られないから、食べ物を探しに行けない。与えられた果物だけで、ギリギリ命を保っていた。

「…おなか、すいた」

カラカラの喉にボロボロの体。このまま死ぬのだろうかと悟った時、こつんと小さな物音がした。見れば社の壊れた扉から、小動物がこちらを見ていた。そして、私の近くまで来ると側にきのみと果物を置いた。

「…いいの?」

きゅう、と鳴いた動物はうさぎの形をしていたけれど、しっぽは猫のよう。ふらふらになりながら貰ったきのみは、おいしかった。おいしかったけれど、ミアさんの料理が恋しかった。たまに作るジャックさんの焦げた芋焼きが、恋しかった。

どこからか持ってきてくれた果物やきのみ、水で私は生きながらえた。お腹を壊すことも何度もあったけれど、治してと呟けば治った。それを見て、とんだ化物になったものだと心が乾いていったのだ。
傷がすぐに治る。髪が勝手に動く。しかも、意思を持って。話しかければ答えるように髪が動いた。髪、かみ、だからみーちゃんとミアさんと一緒につけた名を呼べば嬉しそうに動いた。

森の動物と、何故か親しくなれた。食べ物を持ってきてくれたり、寒い日は側に来て暖をくれたり、歌うように鳴いてくれたり。熊のような大きな動物が来た時は殺されるかと思ったけれど、どの動物も私に友好的だった。

もう来なくなったけれど、以前村人に持ってこさせた本を読んで、動物たちと過ごした。私がここにいれば、二人は安全だ。直に村から出て、幸せに過ごしてほしい。二人は、恩を仇で返す形になってしまった私を恨んでいるだろうか。

”愛してる”

最後に二人を見た記憶が、頭から離れない。いっそ罵倒してくれれば、心が晴れたのかな。目のあったミアさんの瞳は、優しくて、慈愛にあふれていて。

弱い私はまた、思い出しては涙を流してしまう。こんな力がなければ、二人とずっと一緒にいられたのかな。いくら悩んでも、過去には戻れない。


















大粒の雨が分厚くて灰色の雲から落とされる。大雨の日のことだった。雨宿りに各々巣に戻る動物も多く、今日はうさぎ達が数匹この場に雨宿りをしていた。正確にはうさぎではないけれど、この子達の名称を知らないのでうさぎとして見ている。

山の中はよく天候が変わる。雷の音はやっぱり苦手で、雷が鳴らないように祈りながら本を読んでいた。ぴくりと耳を立てて何かを警戒し始めたうさぎさん達に疑問を覚えながら読書を続けた。すると突然、大きな音と共に壁が壊されたのだ。悲鳴を上げる元気もない私は、壊された壁の奥に立つ姿に目をこらした。

一目で村人ではないとわかった。体中につけられた装備に、手に持つ大きな斧。私を見て気味の悪い笑みを深めた男には、顔に大きな古傷が残っていた。筋肉の盛り上がった大柄な男は、ゲラゲラと笑いながら社の中に土足で踏み入れた。

「なんだ、ガキじゃねえか」

よくみると、腰には他にも武器をつけていた。武装した大柄な男が何故社に来たのか、考える間もなかった。咄嗟に後退れば、じゃらりと重い鉄の音が響く。

「お前を殺せば賞金が出るんだ」
「…?」
「恨むなら、村の奴を恨むんだ、なっ!」

頭が追いつかなかった。振り下ろされた大きな斧の犠牲になったのは私ではなくて、たった今私の膝で安らいでいたはずのうさぎさん。私を庇うように、飛び出した。ぶしゃり、血があたりに飛び散った。さっきまで生きていたのに、床に頭が、頭が転がっていて。臓器が、見えて。血でいっぱいで、服に血がたくさん飛んでいて。

どんどん頭が真っ白になった。頭上で笑う男の声が流れていく。舌打ちをして振り落とされた斧を咄嗟によければ、足に繋がれた鎖を切った。いくら叩いても、ちぎろうとしてもびくともしなかった鎖が簡単に切られた。血のついた斧が鈍く光る。頭に警報が鳴り響いた。

「逃げんじゃねえよ…楽に殺してやるからよ!」
「ひっ…!」

慌てて近くにいたうさぎさんを抱えて立ち上がったら、足がもつれて転んでしまった。焦燥感が行動を鈍らせていく。震える体に鞭を叩くように立ち上がり、残った二匹のうさぎさんを抱えて外に走った。

じゃらじゃらと重い鉄の音がつきまとう。途中逃したうさぎさん達には、絶対に来ないように言い聞かせた。桶をひっくり返したような雨の中、素足で森の中を走っていく。水たまりを踏む度、殺されたうさぎのあの光景が脳に刻まれていった。

下劣に笑う男の声が離れない。必死に走って、転んでも立ち上がって走って。体中痛くて、雨で体中がべとべとで体温も奪われていった。社の生活で体力がなくなっていた私の逃走は、すぐに終止符がついてしまった。

「鬼ごっこは終わりかよ?」
「なんだ、まだ殺ってなかったのかよ」

一人、増えている。息をするのもやっとな私は、起き上がることもできなくなっていた。どうにか起き上がって逃げようとしても、爪に泥が入り込んでいくだけ。

頭のどこかで、ここがどこかの物語の世界だと思っていた。思って、いたかった。漫画のキャラクターとか、物語の登場人物がいつか助けてくれるんじゃないかって。トリップだと考えたら、そういう話があってもいいんじゃないかなって。そんな絵空事を、ずっと考えていた。

誰も助けに来ない。それどころか、大切な人すら巻き込んだ。どんなに泣いても、どんなに叫んでも誰も助けに来てくれなかった。痛くて苦しくて辛くて、逃げ出したくて。なんで私がこんな目に、って何度も考えた。

振り下ろされた斧に、空から降り注ぐ大雨。下品に笑うこの男に、殺されるのが私の人生らしい。

「たすけて…」

うわ言のように溢れた言葉と斧が振り下ろされたのは同時だった。風を切る音に、強く目を瞑る。楽しかった思い出が頭に駆け巡った。

びちゃり、水音がした。どこも痛くない。頭に水のような、泥のようなものがたくさんかかった。その後、何かが倒れる音がした。覚悟を決めた痛みはいつまで経っても来ず、不思議に思って私はそうっと目を開けた。開けて、しまった。

「ひっ…」

目の前に男の顔があった。飛び退く力もなかったけれど、這いずって逃げれば男の体が落ちていた。男の頭と体が、切り離されている。間近でグロテスクな断面を見てしまい、声にならない悲鳴がこぼれる。頭にかかったものが、この男の血だと気づくのはだいぶ後のことだった。

「ば、化け物!!」

もうひとりいた男が私を指差している。化け物、と叫んだ声が村人の叫びと重なった。ふと、視界の端に見慣れたものがうつった。動くソレに恐る恐る視線を移す。

束になった髪に、大量の血がついている。それだけじゃない。束になった髪は、刃のように鋭く尖っていた。髪が刃物に変化していた。自由自在にぐにゃりと動くソレは、一直線にもうひとりの男の元へと伸びていく。男の死体に、髪の変化、付着した赤黒いもの。連想してしまった最悪の答えがどうか間違いであってほしかった。

「やめて!」

私の声が届く前に、逃げようとしていた男の頭が飛んだ。落ちた男の首と目が合った。瞳孔を開いたままの男は、ぱくぱくと口を動かす。
”ばけもの”
そう言っているのだと、わかってしまった。

手をつく私の腕にかかる髪が、緩く私に巻きつく。刃物のように変化していた髪は、私の目の前で元の髪に戻る。生き物のように動くこの髪は、形も変えることができてしまうらしい。

水たまりに映った私は血だらけだった。しかもその血は、私のものじゃなくて。私が、殺した。命を奪ってしまった。殺してしまった。

体中の血液を全て抜いてしまったかのよう。生きている心地がしない。止まない大雨の音と、濡れて束になる髪、動かない男の死体。ざあざあと雨が落ちる。水たまりに滲んだ赤黒い血から、目が離せなかった。

とんだ化け物に、なってしまった。




2018/03/25