「よし、最終確認だ。約束三ヶ条!」
「本当にあの船なんですか…?私、やっぱり…」
「約束三ヶ条」

有無を言わさず圧力をかけられ、横に立つ師匠にため息がこぼれた。全身を覆ういかにも旅人と主張するようなマントにフードを羽織る私と、無精髭の生やした長身の男。どう考えても通報されそうな組み合わせだとは思う。肩にかけた斜めがけの鞄の中には、着替えとお財布、タオルとフルーツ、それから薬や髪ゴムの入った小物入れ。本当はキャリーケースでも持って臨みたかったけれど、そんな大荷物持っている人はいない、と師匠に言われてしまった。マントの中にはズボンと桃色のトレーナーを着ている。ファッションセンスよりも動きやすさと怪我防止を重視したらとてもださい格好になってしまった。で、でもトレーナーにうさちゃんのイラスト描かれてあるから少しは女子力があると思いたい。

何泊するのか、どれほどの期間行われるのかもわからない。私はこれから、ハンター試験を受ける。あの地獄のような修行を終えここにいる。どんなに泣いても吐いても倒れても、みーちゃんに治してもらってまた走り出す。一番辛くて死にたくなったのは体力作りだった。

「…異世界から来たことは言いません」
「その二」

間髪入れずに続き、ため息をぐっと飲み込む。逃げ出しそうな足を必死に地面に縫い止めた。師匠と修行を重ねるうち、二人に出会った経緯も話すようになった。もしかすると師匠は私の元来た場所を知っているかもしれない、という期待は散った。師匠でも知らない国の名前と言葉、文字を連ねる私。そして師匠は続けたのだ。他言するな、と。


「”力”は、非常事態以外使いません」
「その三」
「念能力者に、なるべく近寄りません」
「よし。完璧だ」

頑張って来い!と背中をばしんと叩かれた。気合い入れのつもりだろうけれど、痛い。もう何も言うつもりはないらしく、フード越しにそっと見ると早く行けと言わんばかりの視線を頂いた。
同じく船に向かうらしい人達は武器を持っていたり、筋肉が武器と言っても過言ではないほど立派なものをつけている人も。筋肉自慢会場と間違えている気がする。もちろん見渡す限り同性の姿はなく、じわりと涙が滲んだ。こんなの、二次元だけにしてほしい。漫画みたい。行きたくない。殺されそう。

大体、平和な国で命の危険に晒されることもなく生きてきた一般人に何を求めているんだろう。この試験を受けるため、数え切れないくらい吐いたり泣いたりしながら鍛えられた。けれど、強さは一朝一夕で身につくものではない。”力”を使ったからこそ短い期間でなんとか形にしたようなもの。元の基盤が虚弱な運動音痴だったから、最初は師匠もぎゅっと眉間に皺を寄せていた。

「…いってきます。……イズナビ師匠」
「お前なら大丈夫だ」

本当に大丈夫なのかな。でもハンターライセンスは是が非でも取らなくてはいけない。それ以外に国民番号を得る方法が見つからない。リュウセイガイ、という場所では国民番号のない人ばかりらしいけれど師匠に止められた。場所もわからないし、闇の塊のような場所らしい。戸籍がないから仕事にもつけないし、”力”のせいで身を隠さなくてはいけない。お先真っ暗だ。

聳え立つ大きな船は、人間を飲み込む化物のように見えた。前の世界でもあまり船に乗ったことがないのに、大丈夫だろうか。震える体を必死に抑えながら歩を進め船へ乗り込むと、一面の筋肉達に目眩がした。あまりにも筋肉の厚い人が多すぎて、取り外しができそうだなぁと現実逃避をする。マントで体格を隠しているけれど、これでは身長と体格で女だってバレそう。あんまり意味なかった。

「嬢ちゃん、ここはハンター試験会場を目指す船だぜ?間違って乗り込んだんじゃないかぁ?」
「よかったら出港まで、俺達と遊ぼうぜ」
「…えっ、と」

テンプレみたいな台詞だなぁ。結構です、と脳内シュミレーションでは返せるのに口から音が出ることはない。目の前に立ち塞がる筋肉と焦げた肌に、心臓がドクドクと嫌な音を立てる。もちろん、怖いという意味で。パニックのように、徐々に頭が白くなっていく。チキンは咄嗟に言い返せない反論もできない。覚えておいて欲しい。話しかける時は慎重に。

「あっおい!」

もうお家帰りたい。帰る家ないけど。
反射で逃げ出してしまった上に、船の出口とは反対方向に来てしまった。出口に向かったはずなのに、なんでこっちに来ているんだろう。お遊びで話しかけたのなら、逃げ出せば諦めると思ったのに彼らはどうやら追いかけてきているらしい。カツアゲされる、殺される!さっと血の気が引く。あんな巨体に襲われたら一溜りもない。”力”を使えば一発だけれど、緊急時のみ使用するのが約束だ。もう今が緊急時のように思えるけれど。銃を出して怯むような人達でもない気がする。どうしよう。
きれいな青の景色を楽しむ余裕もなく、船の奥へとがむしゃらに走った。前を見ていなかったせいで、見慣れ始めた木の板に影が差したことに気づいたのは衝撃が走った後だった。

「…っ!」
「っ、すまない」

衝撃で後ろに倒れかけた体は、傾いたままぴたりと静止した。強く、でも痛みはない力で腕が掴まれている。拍子に頭からフードが落ちる。広がった視界には、金髪のとんでもない美人が映っていた。…美少女?でも、私より頭一つ分背が高い。モデルさんみたいだ。

「ご、ごめ、なさ…」
「怪我はないか?」
「はっはい」

…綺麗な、人だ。陶器のように真っ白で、綺麗な肌。透き通る瞳は硝子のようで、海の輝きを閉じ込めていた。サラサラの髪が風で揺れる度に目が奪われる。太陽の光が当たって、より一層キラキラして見える。こんな綺麗な人、存在したんだ。お人形が動いているような、絵に描いた人が出てきたような。うまく表現できないけれど、意識も目も、目の前の美人さんに奪われていた。じっと見つめてしまい、不思議そうにする美人さんにハッとする。慌てて謝罪を言葉にしようとした時だった。

「おう、嬢ちゃん。こんな所にいたのか」
「ひっ」
「鬼ごっこはもう終いかぁ?次は俺達と、たぁのしいアソビしようぜ?」

咄嗟にフードを被り直して俯くと、大きな足音と共に近づいて来ることがわかった。また逃げ出したら美人さんに迷惑がかかるかもしれない。かといって”力”は使えないし、銃で脅しても意味がなさそう。念でぶっ飛ばしても、乗船中何をされるかわからない。万事休す。もう黙ってついていくのが最善かもしれない。耳に響く汚い笑い声に、涙が出そうだった。ついていくしかない。楽しい遊びってなんだろう、トランプだといいな。

「…私のツレに何か用か?」
「あ?なんだお前」
「貴様らに名乗る名はない。行こう」

言葉を発する間もなく美人さんに腕を引かれ、堂々と男達の間を通り過ぎることができた。怖くて顔のあげられなかった私は、何故通り抜けられたのかわからない。船の看板近くから、船内近くまで進んでいく。その間私は言葉を失ってしまい、何か言おうとしては言葉を詰まらせるの繰り返しだった。焦る気持ちが膨らんでいく。
お礼を言わないと、その前にこの人はなんで助けてくれたんだろう。いろんな考えが雲のように浮かんでは消化できずに消え、渦巻いていく。室内の廊下を進み、賑やかな部屋にびくりと体が跳ねた。

「君はハンター試験会場へ行くので間違いはないのだろう?」
「はっはい!あ、あの…」
「あんな奴らに怖気づいていたらこの先やっていけないぞ。加えて、見たところ君は船内でただ一人の女性だからな、気をつけた方がいい」
「…一人?」
「……ちなみに私は男だ」

美人さんは、男の人だったらしい。助けて頂いた上に失言をするなんて。慌てて直角に腰を折り、必死に声をあげた。

「す、すみませんでした!」
「いや、構わない」
「あの、先程はありがとうございました。お礼、に…できるもの、持っていなくて。その…えっと、あ!果物持っているんです」

勢いよく頭を下げたせいでフードがずれた。フードを直しながら斜めがけから果物を出した。一応ハンカチに包んでいるから、採ったままの綺麗な果物だ。試験前に、森の友達が私にくれたものだ。多分林檎だと思うけれど、この世界に私の知っている林檎があるのかわからない。甘いですよ、と言葉を加えて手渡す。じっと果物と私を見つめる美人さんに、首を傾げる。果物、苦手だったのだろうか。私が勝手に押しつけてしまった上に嫌いなものを贈ってしまったのだろうか。青ざめた私は声を震わせながら言葉を慌てて探した。

「お、お嫌いでしたか?」
「…いや、頂こう。ありがとう。私はクラピカだ」
「あっえっと、私は…ナマエです」

差し出された手に、挙動不審になりながら手を重ねると男の人の手に驚く。私より大きくて骨ばっていて、でもごつごつしすぎていない、力強い手だった。

にこりと笑ってくれた美人さん、クラピカさんは本当に綺麗だった。


2018/04/04