コレのネタ
無機質な液晶に指を滑らせ、流れる情報をぼんやりと読み進めた。スクロールをしても目に入る二つの単語に、私は思い立ったように声を上げた。
「安室さんのところに永久就職したいです」
語尾にハートをつけるような声色で彼を見つめると、丁度食器を拭いていた彼はきょとんとこちらを見つめ返した。褐色の肌に透き通る金の髪に青空のような瞳。以前歳を聞いたけれど、とても29歳に見えないその容姿。芸術品のように綺麗な彼は、にっこりと笑顔を作った。
「探偵とアルバイトのフリーターですが、よろしいのですか?」
「老後が不安ですよね…ちょっと保留で」
自分から言い出したのに何を言っているんだと、第三者が私を見ているような感覚になる。安室さんはよくこういったジョークに乗ってくれる。今回も乗ってくれたことににこにこと私も笑顔になる。詮索好きな彼に問われる前に、何故突然この話題を出したのか答える為にスマホの画面を見せた。
「…ああ、芸能人の方の結婚ニュースですか」
「友達がみんな結婚を焦っていたり、結婚の話をよくするので私もした方がいいかな〜と」
「結婚願望はあるのですか?」
「いえ特には」
「おや」
丁寧に拭かれていく食器達をぼんやりと眺めながら、目の前にあるケーキを一口運ぶ。このケーキは安室さんがサービスでくれたものだ。なんだか来るたびにサービスでケーキやらサンドイッチやらマドレーヌやらを頂いている気がする。何度目かに断ったけれど、試作品を他の人に食べて感想を貰いたいと説得され現在に至る。
うーん、安室さんの作るものはなんでもおいしいから批評のしようもないんだけどな。しいていうなら生クリームをスーパーで売っているものではなくて、少しいいものを使ったらよりおいしくなるんじゃないかなというくらい。彼はスイーツだけでなく、モーニングやランチのメニューまで開発しているのだから頭が上がらない。これ以上スペックを増やしてどうするんだろう。
「先ほどの続きなのですが」
「?はい」
「僕、結構優良案件だと思いますよ。顔良し頭良し、なんなら貯蓄もありますよ」
先ほどのジョークの続きだろうか。私はまた一口ケーキを食べた。
「私年金貰う歳まで生きられるかわかりませんし」
「生きましょうね」
「性格はなんか、裏がありそうですし」
「そんなことありませんよ。ほら、こんなに優しくしているではありませんか」
そう言って目の前に出されたのは、小さなカップに盛られた真っ白な生クリーム。そして、かわいくラッピングのされたパウンドケーキだった。思ってもいない素敵なものたちに目が輝く。ナッツの散らばるパウンドケーキは、触っていないけれどとてもふわふわとしていて、中には何の味が入れられているのだろう。許可を取ってから、たった今食べ進めていたケーキに生クリームをかける。
「!おいしい!」
「それはよかった」
何を使ったのだろう。安物の味でもなく、甘すぎない。少しお高いケーキ屋さんで使われるような生クリームのほどよい甘さとなめらかさ、舌触り!これが私の食べたかった生クリームだ!
感極まった私は思わず生クリームだけフォークで掬って口に運んだ。そこ、引かない。おいしいんだから。
「どうです?永久就職します?今ならこんな食事が一日三回にデザートまでつきますよ」
気づけば隣に座っていた安室さんが頬杖をついてこちらを覗きこみ、微笑む。私は生クリームのおいしさと包まれたパウンドケーキに目が奪われたままだ。安室さんの作るごはんのおいしさは私の体が覚えている。人当たりもよく、現にこうして私にやさしく話しかけてくれる彼の怒った姿は今のところ見たことがない。頭もよく、あの有名な毛利探偵の弟子になったらしいけれど十分すぎるほどの推理力と頭脳を持ち合わせている。しかも、ボクシングやテニスなどありとあらゆる運動の才まで手に入れている。そして顔が芸術品。
「保留で〜」
時折探るような言葉遣いが、闇を孕んだあの瞳がちらつく。別にそれだけで断ったわけではないけれど、あくまでもこれは”ジョーク”なのだ。
2018/04/08