「江戸川コナンです!よろしくね、お姉さん!」
「えと、諸伏なまえです。よろしくね、えっと…」
「コナンでいいよ!」
「うん、わかった。コナンくん」

わあーかわいい!眼鏡をかけた男の子は元気よく自己紹介をしてくれた。へらへらと口角が緩み、流れるままメニュー表を渡す。

「でもいいんですか?奢って頂くなんて…」
「案内してくれて本当に助かったから…お礼をさせてほしいな。コナンくんも、好きなもの選んでいいよ」

申し訳なさそうにする蘭ちゃんにメニューを見せ、蘭ちゃんのおすすめ教えて?と聞けば花のような笑顔を返してくれた。奢るとかっこいいことを言ったけれど、これ零さんのお金だね。カウンターの奥で作業をする零さんを振り返るなんてことは出来るはずもなく、誤魔化すようにメニューに視線を落とした。

「ボク、アイスコーヒーがいいな」
「す、すごいね!もうコーヒー飲めるんだ」
「あはは…」

小学生なのにコーヒーが飲めるんだ。大人の味を楽しめるすごい小学生だなぁ。

「ご注文はお決まりですか?」

いつの間にいたんだろう。見上げると、お手本のようににこにことした笑顔の零さんが、注文表を片手に立っていた。ポアロと書かれたエプロンをつけているところから、本当にここで働いているらしい。

それぞれ飲み物の注文をし、コナンくんはレモンチーズケーキ、蘭ちゃんはショコラケーキ、私はいちごのショートケーキを頼むと零さんは店員さんのように応対する。いや、本当に店員さんなのだろう。

「ところで、なまえさんが依頼人って…?」
「え?依頼人?」

入店前にお話していた内容に触れられ、気づかれないように掌を握りしめる。店内は私達だけで、他にいるのは女の店員さんだけ。さっそく出されたアイスコーヒーは、迷うことなくコナンくんの目の前へ。いつもアイスコーヒーを注文しているのだろうか。

「詳細は守秘義務がありますので言えませんが…ストーカー被害のご相談だったんです。その後、可能な限り僕が用心棒として雇われているんですよ」

よく一瞬でこんな設定できたなぁ。ね?と見つめられ、反射的に頷くと2人から声があがる。ストーカー被害なんて遭ったことないけれど、どう話を合わせればいいのだろう。

「ストーカー被害に遭ったのに、一人で出歩いて大丈夫でした…?」
「え、えっと…」


しまった、さっそくボロが出た。咄嗟に上手い言い訳が出ず、視線を迷わせているとぱちりと目があった。

「もう、ですから一人で出歩かないようにと言いましたよね?」
「は、はい…」
「なまえさんは危機感が足りないんですから」

これは零さんの言葉なのか“安室透”の言葉なのか。苦笑いで誤魔化すと、目の前に湯気の立つ紅茶が置かれた。鼻腔をくすぐる香りに思わず目が輝く。

「!これ、アールグレイですか?」
「はい。今日はアールグレイにしてみました。なまえさん、お好きでしょう?」

にっこりと笑みを浮かべるその顔は、零さんのものではなかった。彼はそこにいるのに、違う人。穴が空いたような胸を埋めてくれるヒトは、ここにはいない。

「ねえねえ、なまえさんはどうして安室さんに用心棒を頼んだの?専門の人だっているのに」
「え?」

好奇心旺盛な年頃のコナンくんは、おっきなおめめをこちらに向けて問いかけた。何故頼んだのかと言われても、今さっき決まった設定だ。零さんのように頭も回らないし、咄嗟の言い訳も思いつかない。言葉を詰まらせる前に、またすかさず彼は口を挟んだ。

「またそこから被害が起きても困りますからね。用心棒として役立てる程度には鍛えていますから」
「へえ〜そうなんだ。なんだかさっきから安室さんが答えてばかりだね」
「彼女、少しずつ回復している最中なんだ。やっとこうして外出もできるようになっているんだ。だからあまり、問い詰めないであげてくれるかい?」

私はいつストーカー被害に遭ったという話で進めればいいのだろう。どんなものだったか聞かれたらすぐにバレる気がする。そうなる前に零さんが釘を指した為、コナンくんは元気に了承の返事をした。素直ないい子だ。

それに、別の意味ではあるけれどあまり話さなくていいというのは少し助かる。蘭ちゃんと道中お話をしていたけれど、やはりほとんど零さんとしか話さず二年ほど過ごした私にとって厳しいものがあった。今話題のもの、常識として浸透しているもの、それに加えて若い女の子達の流行。蘭ちゃんがギャルみたいな女の子じゃなくてよかった。もしそんな怖い子達に話しかけられていたら泣いていたかもしれない。

「お待たせしました!ショートケーキになります。」
「わあ…!…あれ、これは?」

ケーキのお皿に乗せられた小さな包みに首を傾げる。メニューで見た写真にはなかったはずだ。安室さん、を見上げるとあのにっこりとした笑顔が向けられる。

「サービス、ですよ」

わあい誰だこの人。

安室さん、零さんとは大違いだ。聞けば包みの中身はチョコレートらしく、片方はホワイトチョコレートらしい。甘いものが好きだから嬉しいけれど、安室透として行動する零さんの姿にそれどころではなかった。脳内会議は依然として審議拒否、再審拒否の大混乱状態だ。

「そうだ。僕、今日は5時までのシフトなんです。それまで待っていて頂けますか?」
「えっ?はい」

イエスの選択肢しかない零さんに慣れてしまい、思わず了承してしまった。帰っても緊急でやらなくてはいけないことなんてないから支障はないけれど。ニートだし。…無職ってあまり公言したくないなぁ。結婚はしていないから主婦でもないし。

「送りますから」

あくまでも、物腰柔らかな安室透の顔と態度だった。何故か黄色い声をあげる蘭ちゃんはきっと誤解をしているのだ。

私には見える。零さん、怒っています。真っ黒い何かが漏れ出ています。二人と別れたら私の命はないかもしれない。


2018/04/29