甘い話には乗らないように、と散々言い聞かされたお兄ちゃんの言葉が蘇る。お兄ちゃんの言う通りだったよ。乗っちゃった、甘い話。物理的に。

「なまえさん、どれにしますか?」
「え、えーっと…」
「イチゴの生クリームカスタードクレープとかありますよ。お好きではないですか?」
「好きです…」

どうしてこうなった。

私に外の世界の楽しさを教えると意気込む蘭ちゃんに、安室さんは用心棒の役目もあるので自分も一緒に行くと言った。そして気づいたら現在に至る。蘭ちゃんや園子ちゃんは授業中、つまり平日のおやつの時間である。

「あの、お金…」
「これくらい奢りますよ」

いや私が払っても零さんの奢りになるわけだけど。零さんとお出かけ出来るのは嬉しいけれど、隣にいるのは降谷零ではなく安室透なのだ。これ、浮気に入るのかな。不可抗力だと思う。

スマートに私の分まで支払いを済ませてしまった安室さんからクレープを受け取った。鉄板で焼かれた焼きたてのクレープを食べるのは久しぶりだ。コンビニにクレープはあるけれど、こういうのじゃないから。

あまり立ち食いはよくないけれど、座る場所もないし端に寄って食べるしかない。人気のない場所まで移動し、安室さんは私を建物側に通すと壁になるように私の前に立った。おかげで安室さんに隠れる形となり、顔バレはせずに済みそうだ。ポアロの安室さんファンに刺されてしまう。

「!おいひい」
「それはよかった」

にこにことしたままの安室さんの手にはチーズケーキ入りのクレープが握られている。私がそっちと迷っていたからだ。お兄ちゃんと以前こうしてクレープを食べに行った時も、こうして私の好きな物を頼んでくれた。たまにおかず系のクレープを頼んでいたけれど。

「僕も一口貰っていいですか?」
「?はい。…えっ?」

特に何も考えずに了承してしまったけれど、ここは道端であり人目のある場所だ。ハッと気づけばすらりとした指先が自身の髪を耳にかけているところだった。色気のあるその姿に固まっていると、クレープを掴む手を軽く掴まれる。身を屈めた安室さんは、ぱくりと食べてしまった。…私の食べていたところを。

これってよくある間接キスというやつなのでは?

「甘いですね」

にこりと笑みを作った安室さん、いや零さんが憎い。確信犯であることはわかっているんだ。これ、どうやって食べよう。零さんの食べたところを避けるように食べていって、口をつけないように回しながら食べ進めるしかない。

頭の中で必死に解決法を考えていると、ずいっと目の前にクレープが差し出された。どうやら私も一口貰えるらしい。
もやもやとしながら、安室さんの食べたところを避けて一口頂く。…が、持ち手を固定していなかったからなのか食べた時の反動で少し口元にクリームがついてしまった。

「んむ」
「クリーム、ついちゃいましたね」

慌ててハンカチを取り出そうと鞄に視線をやった、本当に一瞬だった。ぺろりと口の端を舐められ、思考が完全に静止する。今、舐められ、舐められた?

「取れましたよ」

にっこりと見本のように微笑む安室透が憎い。ゆでダコのような私は口元を抑えて固まることしかできず、じっと安室さんを睨むもケロリとしている。

ああ、こういう時はお兄ちゃんとの思い出を振り返るんだなまえ。そう、お兄ちゃんとクレープを食べに行った時は頬にクリームがついてしまって。お兄ちゃんが指先で掬って、ついてるぞって微笑んでくれたお兄ちゃん。ひろにい大好き。はい現実逃避終了。

「すみません、かわいらしくてつい」
「…私、浮気は絶対しませんから」
「おや、一途なんですね」

零さんにあとで絶対怒ってやる。にっこりとした笑顔のまま平然とそう言ってのける安室さんが憎い。大体教えてくれれば自分で取ったのに。

「…当たり前です。これから先もずっと、一番大好きなのは彼氏ですから」

小さく息を飲む音が聞こえた。反撃成功したことに心の中で歓喜する。平然としたままの安室さんは相変わらずきれいな笑顔を作っている。

…これ、本当に反撃できているのかな。なんだか不安になってきた。そう思いふと安室さんのクレープに視線を移せば強く握りしめられたせいで中身が溢れていた。…反撃は成功していたみたい。



2018/05/14