強盗事件があったばかりで危ないからとポアロに連れられ、毛利さんの事務所へ差し入れのサンドイッチを持っていった安室さんを見送って一息。零さんの言う通り梓さんとは気が合うようで、話題に花を咲かせていた時だった。なんでも毛利さんの探偵の依頼に同行するようで、私も一緒に行きませんかとのお誘いだった。まぁ、言葉の裏を読めば一緒に行くぞという強制されたものなんだけれど。

「すみません毛利先生、彼女もご一緒させて頂いてもよろしいですか?」
「あ、なまえさん!」

嬉しそうに声をあげてくれた蘭ちゃんに、ほっと肩の力が抜けた。蘭ちゃんとお話してからネットで調べた毛利小五郎さんはものすごい有名な探偵だった。有名人を目の前にしている緊張に再び体が固まる。が、気づけば毛利さんは目の前にいてしっかりと手を握られてしまった。

「初めまして、かわいらしいお嬢さん。私、毛利小五郎と申します…」
「えと、諸伏なまえです…」
「なんと!名前までお美しい!」
「ちょっとお父さん!」

もっと怖い人なのかと思っていたけれど、案外ユニークな人らしい。蘭ちゃんは私がストーカー被害に遭っていたことを毛利さんに説明をし始めた。なんだか申し訳ない。ストーカー被害に遭ってないです。

依頼人の方と待ち合わせをしている喫茶店コロンボはよくあるファミレスだった。ここに行くことがわかっていれば、ポアロで昼食を取らなかったのに。ケーキはお店でちょこちょこ食べるようになったけれど、主食はいつも零さんの手料理だ。そういえばここ数年、零さんの手料理しか食べてない。味覚が肥えすぎていろんなものが食べられなくなっていたらどうしよう。

依頼内容はコインロッカーの鍵の調査。依頼者の兄の遺品らしく、兄というワードにドキリとする。お兄ちゃんとは未だに連絡が取れていない。本当に忙しいらしい。パスタを食べる蘭ちゃんたちと反対に、私はコロンボのプリンを食べていた。安室さんはコーヒーだ。これで安室さんまでがっつりご飯を食べていたら本当に居心地が悪かった。

「…来ないね、依頼してきた人…」

テーブルには注文した食後の飲み物が並べられていた。携帯を確認する毛利さんは険しい顔をしていて、どんどん居心地が悪くなる。私、やっぱり邪魔じゃないかな。
近辺にコロンボというお店はここしかないらしく場所を間違えたわけでもない。その上依頼人とは連絡がとれないらしい。もしかして、ブッチというやつなのだろうか。その依頼人の方のアドレスが違うらしいけれど、友人の携帯を借りているかもしれないらしい。返事をしたのは友人のものかもしれないアドレスで、私達は急いで戻ることになった。

「…あの、安室さん」
「どうかしましたか?」
「私、邪魔ではないですか?先に帰り…」
「いけません。強盗事件の犯人も捕まっていないんですよ」
「でも…」

あのセキュリティ環境の整った建物にわざわざ強盗が来るとは思えない。タクシーで帰って引きこもれば安全だとは思う。と言ってもどういった家に住んでいるのか、蘭ちゃん達もいる中口に出せるわけもなく口ごもる。

「諸伏さんさえよろしければ是非ご一緒してください!」
「い、いいんですか?」
「もちろん!」

ここ一日で毛利さんの株が上がった気がする。

初めて入る毛利さんの事務所にドキドキしたけれど、依頼人の姿はなかった。これだけ有名人なのだからとんでもなく高級家具が並んでいるのだろうかと危惧していたけれどそういったものはなく。落ち着いて話せそうな空間作りだ。
紅茶を淹れる蘭ちゃんにお手伝いを名乗りあげる安室さん。慌てて私も立候補すれば、一緒に茶葉を選んでほしいとのことだった。お手洗いに行こうとしていた毛利さんにタイミングよくメールが届く。コロンボについたらしく、急いで来てほしいとのことだった。じゃあ急いでコロンボに行きましょう、と安室さんとコナンくんはドアへと駆け出す。コナンくん、お手洗いに行きたいって言っていたけれどよかったのかな。

言われるがままついていけば、ドアがしまった瞬間安室さんが声をひそめた。なんでも依頼人を毛利さんに合わせたくない人がいて、誰もいない毛利探偵事務所で依頼人と落ち合ったのだ、と。証拠に見せられた、こじ開けられている鍵穴は酷く傷ついていた。しかも台所にわずかに濡れたティーカップが入っていたらしい。一瞬で何でも見つけてしまう零さんが怖い。
おかしな点がコナンくんの口からも告げられ、なんだかドラマのワンシーンにいるかのようだ。探偵ってすごい。いつもこんな展開を現実で体感しているのかな。

コインロッカーの鍵の依頼なのに、調査をしてほしくない理由。犯罪の臭いしかしない。そのロッカーに見られてはいけないものが入っていると考えれば、いきつくのは大金や死体、盗品。

「それは、本人に聞いてみましょうか」

音もなくドアを開けてしまった安室さんにぎょっとする。
トイレに行こうとした毛利さんやコナンくんに反応するかのように送られたメール。トイレの前にあった、何かを引きずったような跡。つまり、犯人はトイレの中にいる?急な展開に少しだけ目眩がした。心音が鼓膜を支配しだす。

瞬間、銃声が聞こえた。その音に驚くほど肩が跳ね、後退してしまう。実際に聞こえた銃声に心臓が激しく暴れだす。銃声のした方向へ走り出したコナンくんに、同じく駆けていった安室さんたち。一人取り残されるのは怖くて、ふらふらとしながらついていけばぎょっと目を見開いてしまった。

トイレに充満する鉄の臭い。縛られた女性。そして、

「っ来ちゃいけません!」
「…あ、」

頭から吹き出した大量の血液が壁に飛び散っていた。ぐらぐら、視界が揺れる。その光景はすぐ目の前に来た安室さんによって遮られたけれど、目に焼き付いて離れない。さっと血の気が引いていく。なに、あれ。死んでるの?
すぐにその場から離れさせられたけれど、手の震えが止まらない。少しずつ呼吸が浅くなっていく。さっきの銃の音で、死んだの?ということは、さっきまであの人は生きていたの?手に、銃があった。たくさん、壁に血がついていた。

「すみません蘭さん、なまえさんをお願いします」
「はい!」

情けない。年下の蘭ちゃんに気を使わせてしまっている。ソファに座らされるが、ずっとあの光景が頭から離れない。見たのは一瞬なのに、こびりついて離れない。私の背中をさすりながら、蘭ちゃんはテキパキと警察への連絡をしていた。震えて真っ青になって固まってしまった私と大違い。

「なまえさん!真っ青だよ、大丈夫?」
「コナン、くん…」

こんな小さい子にまで心配されちゃった。年上の私が、こんな状態じゃだめだ。無理やり口角をあげ、そっとコナンくんの頭を撫でた。

「だいじょうぶ。コナンくんは、大丈夫…?」
「ボクは平気だよ…なまえさん」

大丈夫、だいじょうぶ、ダイジョウブ。言い聞かせるようにもう一度呟いた。小刻みに震える手を隠すように握りしめた。




2018/05/27