声が聞こえる。意識がはっきりとしなくて、まるで水の中に沈んでいるかのよう。女性の声と子供の声は既視感があり、少しずつはっきりし始めた脳で樫塚さんとコナンくんの声だと判別できた。そういえば私、何をしていたんだっけ。前後のことが思い出せない。

少しずつ浮上する意識の中聞こえた二人の会話に、更に頭がついていかなくなる。そして、急にドアの開く音がしたと同時に怒鳴り声が聞こえた。慌てて目を開ければ、一先ずわかるのは変わらず車内であるということ。そして、見知らぬ女性がコナンくんを拘束し、樫塚さんに銃を突きつけているところだった。

「そこまで知られたら黙って帰すわけにはいかないねぇ!」
「コナンくん…っ」

なにが、何が起こっているの?私が起きたことに樫塚さんは驚いたようだった。が、つい声を出してしまったことで銃口が私にも向けられる。

「さぁ、早く車を出しな!」

これは、ドラマだとか漫画の中の出来事じゃない。現実に起きていることだ。固まる樫塚さんの横の窓に発砲される。その音は、数時間前に聞いた銃声とあの光景をフラッシュバックさせた。全身を支配する恐怖に、息ができなくなる。だめ、このままじゃ、また同じ役に立たず。

「そ、その子じゃなくて私にしてください!」
「ああ?」

震えて裏返った声で訴えると、女性はぎろりと私を睨みつけた。子供と成人女性を比べて人質に取りやすいのは、明らかに子供であるコナンくんだ。わかっているけれど、もしトリガーが引かれてしまったら。最悪の展開から避けたくて私は必死に犯人の目を見つめた。
まだ眠気の取れない体は力が入らなくて、呂律が回っているかも怪しい。頭もはっきりとしていない。それでも、コナンくんを守らなくてはという使命感に駆られていた。守らなくちゃ、蘭ちゃんも悲しい顔をする!

「へえ?じゃあ着いたらすぐあんたを殺してやるよ」

女性が私の隣まで移動し、コナンくんは助手席へと戻された。コナンくんと同様に拘束され、カタカタと体が震える。突きつけられた拳銃に目が行ってしまう。

コナンくんが、小さく私の名前を呼んだ。恐怖で震えて声が出ない。答えることはできなかったけれど、小さく微笑んでみせた。大丈夫。絶対コナンくんを、蘭ちゃんのところに帰すからね。

走り出した車は景色を高速に流れていく。パトカーは通らない。ドクドクと心臓がうるさく警報を知らせるけれど、これ以上何をしたらいいの。涙がこぼれかけたその時、急に車の前に真っ白な車で塞がれた。突然横向きにスライドするように突進してきた車に、樫塚さんも対応することはできず衝突してしまう。あまりの出来事に女性は私を拘束したまま車外へ踏み出した。

「な、何なのよ…何なのよあんたら!」

逆上した女性はトリガーに手をかけたまま私の頭に拳銃を突きつける。うまく立つことすらできない私は涙の滲む視界の中、ひとつだけ鮮明に見えた人影に目を見開いた。零さん、と言葉に出すことはなかったけれど思わず口が動く。
慌ててコナンくんも出てきたけれど、主張するように私に銃をめりこむように突きつけた。瞬間、鈍くて重い音が上から聞こえた。

「吹っ飛べえええ!!」

女性も、銃も離れた。突然拘束がなくなり、地面に尻もちをつくように倒れてしまう。視界の端に見えたのは大型のバイクで、まさか、バイクで女性をふっとばしたとでもいうのかな。そんなまさか。

そのバイクに乗っていた人は真っ先にコナンくんに抱きつき、安否を確認したいた。

「コナンくん!なまえさん!」
「そうだ!なまえさん大丈夫!?」

コナンくんに駆け寄る蘭ちゃんは涙をこらえていて、未だどういう状況なのか追いつけない私はぽかんとしたままだ。

「大丈夫か?」
「は、はい…」

バイクに乗っていた人に支えられ、なんとか立ち上がることができたけれどずっと体がカタカタと震えている。じわじわと涙が滲みだし、慌てて目をこすった。一番怖かったのはコナンくんなのに、大人の私が泣くわけにはいかない。

コナンくんが無事でよかった。蘭ちゃんのところに無事届けられた。樫塚さんも、無事だ。本当に、よかった。

「なまえさん」
「…あ」

どうにも立っていられない。地面に座るわけにもいかない、と考えているといつの間にか目の前に安室さんが立っていた。ハンカチを差し出され、思わず受け取ると安室さんの表情にぎょっとした。安室透ではなく、降谷零の顔。辛そうな、苦しそうな、苛立っていそうな、ごちゃごちゃの感情を煮詰めたような顔。毛利さん達には死角だけれど、ここで降谷零として感情的になるわけにはいかないのだろう。

「…すみませんでした」
「え…?」
「僕が、ついていながら…守ると、誓ったのに」

迷った後、そっと肩に手が置かれた。温かい温もりに、零さんのにおい。目の前に零さんがいるということを認識した途端、ぼろぼろと涙があふれだした。慌ててハンカチで押さえるけれど、全く止まることなく次々に溢れていく。

「ご、ごめ、なさ…」
「怖い思いをさせて、すみません」
「だい、じょうぶ…です」
「…本当に、すみません」

抱きつくわけにもいかない。あくまで安室さんとはボディガードと依頼人なのだ。それがわかっているから、必要以上に触ることはできない。

「とにかく、警察が来るまで休んでください」
「っえ、あの」
「もう、大丈夫ですから」

急に体が浮いた。泣いて視界が奪われている間に気づけば安室さんにお姫様抱っこをされていて、思わず涙が引っ込んでしまう。視界の端に映った野次馬の数に血の気が引く。あの中に安室透のファンがいたら刺されてしまう。

離れなくてはいけないことくらいわかっていたけれど、力のはいらない体ではされるがままだった。ふと、安室さんの手に力が入っているのがわかった。肩と膝裏に回された安室さんの手が痛い。見上げた顔は髪の毛で影になっていて、よく見えない。

…これ、説教ルートとかいかないよね?私、ちゃんと連絡はしたよね?でも零さんから許可は出てない。だめだ、帰ったら説教ルートだ。





2018/06/05