一週間外出禁止令が出て数日が経った。事件に巻き込まれる前ならショックだった禁止令も、私にとって安心材料になっていた。この家が安全なことは十分知っている。ここにいれば、銃を向けられることも死体を見ることもない。怖いことは、なにもない空間にいられる。

夢見は、よくならなかった。

「なまえ、はいこれ」
「え?」

紙袋を渡され、不思議に思いながら受け取ると零さんはなんだか機嫌がよさそうだった。促されるまま包装を解けば、某有名ブランドのルームウェア。しかも超人気デザインで売り切れになっていたはずの幻の種類。思わず目が輝き服を広げる。もこもこの生地にかわいいボーダー、一緒に入っていたうさぎの薄いスリッパに気分が高揚していく。

「い、いいんですか?」
「ああ。ほら、お揃いだよ」

一緒に掲げられた紙袋には男性用のルームウェアが入っていて、思わず顔がにやけてしまった。次零さんがおやすみのとき、これを絶対一緒に着たい。提案を口に出す前に零さんが次の休みに一緒に着ようと言ってくれて、ふわふわした気持ちのまま頷いた。

突然こんな素敵な贈り物、どうしたんだろう。零さんはまだ他にも紙袋を持っていて、そこに視線をやる前にふと思い出す。

「…零さん、もしかしてこの前のこと、これで許せっていう…」
「なまえにしては察しがいいな」
「ええー…」

この前、といっても昨日のこと。事件があった日に着ていた服や靴、鞄一式がなくなっていた。言わずもがな犯人は零さんで、けろりと自分がやったと告げたのだ。
幸い財布とスマホ、ポーチの中身の大事なものは捨てられなかった。けれど、私は靴を一足しか持っていない。零さんと一緒に住み始めてからは零さんが勝手に服や靴などを見繕ってくるのだ。といっても、ほとんど家から出ないから増えていくのはルームウェアだけれど。

零さんの靴は大きすぎる。ベランダのサンダルは二年前に処分されてしまった。うーん、本当に外に出ることができなくなってしまった。通販で買ったものは全部一度零さんのところに届くし。

「だめか?」
「元々零さんが買ったものですし、怒ってはいませんけど…」

気に入ってはいたんだけどな。もやもやと拭いきれない感情にそっと蓋をした。仕方ない、零さんのやることだもの。

「そうだ、蘭さんがなまえに礼がしたいって言っていたよ」
「え?わたし?」

蘭ちゃんに何かしたっけ、と首を傾げる。何かお礼をされるようなことをしたっけ。記憶を掘り起こそうとした時、少しため息をつきながら零さんが答えをくれた。どうやらコナンくんを庇ったことらしい。私は勝手にやったことだから、お礼を言われるようなことではないんだけど。
それを言うと零さんに軽く小突かれ、二度とあんなことするなよと釘を刺される。

「お前にって菓子折りを渡されたよ」
「おかしですか!」

お菓子の一言に目が輝いた。零さんの腕にくっつくが、零さんが持っているのは真っ白で小さな箱。菓子折りではないだろう。零さんを見上げると、にーっこりとした笑顔を向けられた。

「俺が処理しておいた」
「そんなぁ!!返してくださいー!」
「…なまえ、俺もヒロも散々言ってるよな?他人から貰ったものは口に入れるな」
「蘭ちゃんですよ!?」

そんなスパイみたいな!無慈悲!
わあわあと言葉を投げまくる私は、もう会えることのない菓子折りに思いを馳せた。どんなお菓子が入っていたんだろう。チョコかなクッキーかな、シフォンケーキでもいいなぁ。零さんが”処理”をしたってことは捨てられたか職場の人に渡したか、だ。

「零さんのばか、かば、あんぽんたん」
「代わりにケーキ買ったから、機嫌直してくれないか?」

温かくて大きな手が優しく頭の上を滑る。そんな風に撫でられてしまっては何も言えない。でも食べ物の恨みはおそろしいんだから。零さんのばか。

目の前にちらつかされた紙の箱に金色で刻まれた筆記体のアルファベット。近くのテーブルに置かれ、零さんは器用に私の頭を撫でながら片手で開封した。すると、真っ白の箱の中には宝石のようなキラキラが詰められていたのだ。

「わあ…!」
「全部食べていいから」

イチゴタルトにショートケーキ、シフォンケーキにブリュレ。どれもデザインが凝っていて、芸術品のように象ったチョコレートがスポンジの上で輝く。イチゴにかかったコーティングはより輝きを増し、宝石箱のようなケーキ達に目も思考も奪われる。

「これ全部食べていいんですか…?」
「もちろん」

零さん神。嬉しすぎて思わず抱きつくと零さんも腕を伸ばしてくれた。蘭ちゃんのくれたお菓子食べたかったけど全部許した。しかも今度菓子折りと同じものを買ってきてくれるらしい。そんな二度手間しなくても、そのまま渡してくれればよかったのにな。

「その代わり、もう絶対俺以外のやつから貰ったものは口に入れるなよ」
「判断基準がいまいち…」

というかそれって結構難しいのでは?外で食べる食事はいいんだろうか。貰ったものがだめなのかな。少し間を置いて零さんは私から離れ、屈んで目を合わせてくる。

「お前は今から潜入捜査官、俺は上司だ」
「はい」
「潜入中、一般人だろう人間に差し入れを貰った。どうする?」
「食べません!降谷特等!」
「よろしい。…ふっ、特等って」

何かがツボに入ったらしい零さんは口元を覆って肩を震わせた。私はびしりと敬礼ポーズを取って零さんを見上げる。あ、なんか楽しい。

「じゃあ知り合いから差し入れを貰ったら?」
「…食べ、ません」
「正解」

知り合いを疑いたくはないけれど、いつどこで薬物を盛られるかわからないもんね!誰かが知り合いを騙して盛られたり、知り合いが犯人だったり。それに、知り合いを疑わない為の方法でもある。

そういう判断基準で決めればいいんだね。零さんはいつもわかりやすいなぁ。でも私、潜入捜査官とかじゃないんだけどな。まぁそれで零さんが安心するならいっか。

「今日はロールキャベツだよ」
「にんじんもありますか?」
「もちろん」

やった、お花型にしてもらお。





2018/06/12