「零さんのっばかっ!!」

思っていたより大きな声を出してしまった上に、大好きな零さんを罵倒してしまったことにハッとする。血の気が引くけれど、私も譲るわけにはいかなかった。ぐっと眉をひそめて零さんを見上げれば、表情の消えた零さんに息が止まる。

「駄目なものは駄目だ」
「ーーっ!もう知らないっ!」

ばたばた走って自分の部屋に駆け込み、ドアの前に椅子を置いた。零さんの筋力ならこれくらいぶち破ってきそうだけれど、こじ開ける気配がないことにほっと息を吐く。じわじわ滲んだ涙がこらえることもできず頬を伝った。零さんと喧嘩をしたのは、久しぶりだ。零さんと付き合って長いけれど、喧嘩をしたのは片手で数えられるくらいだ。だって、いつも零さんが身を引くか私が身を引くから。

でもこればっかりは譲れなかった。ポケットに入れていたスマホを取り出しロックを外せば、さっきまで開いていた画面が目に入る。叶うことにないものに深い溜息をついた。

「イベント…行きたかった…」

零さんに監禁紛いのことをされて数ヶ月。SNSで流れてきた好きなジャンルのイベント開催に目が輝いたのは最近のことだ。限定グッズに限定メニュー、それから限定イベント。同人即売会は限定グッズがどうしてもほしいけれど通販や、最悪零さんに頼んで入手することはできる。どうやって入手しているのかは知らないけれど。

けれど、コラボメニューは!食事だけはその場に行かないと味わえない!二重の意味で!しかも今回のアクスタの絵柄がとんでもなくかわいいし、メニューもすっごくおいしそう。行きたい、行きたいのだ。しかも勝手に抽選に申し込んだら当たった。外出禁止だけれど、コンビニ圏内じゃないけれど、数時間ご飯に行くくらい許してくれるだろうと思っていた。
別にそれだけで怒ったわけじゃないけれど、行きたいところを我慢しすぎて爆発したというか。旅行番組とかお昼の番組でおいしそうなお店だとか楽しそうな場所だとか、そういったものに行きたいって言わないよう、思わないよう我慢し続けていた結果というか。でも、一番好きなジャンルのイベントだったからすごくショックで、私は気持ちを殺すように涙を拭った。

どうしよう、小さなことで零さんと喧嘩しちゃった。バカなんて言っちゃった。頭に血が上っていても、まさか嫌いなんて思ってもいないことは言わなかったけれど。嫌われたかな、呆れられたかな。でも、イベント行きたかった。

ぼろぼろ落ちる涙が止まらなくて、私は部屋にある一人がけソファに膝を抱えてうずくまった。私の部屋にはベッドがない。まぁ、寝室は零さんと一緒だからという理由だけど。パソコンの完備されたデスクに座り心地のいいパソコンチェア、かわいい真っ白なチェストにドレッサーに、ローテーブルにお姫様みたいな一人がけソファ。軟禁に文句がないわけじゃないけど、ここまで用意してもらっている。けれど、うう、行きたかった。毛布を手繰り寄せて膝を抱えた。涙が止まらないままぎゅっと目を閉じる。泣くのも怒るのも疲れちゃった。























「…ん、ん?」

いいにおいがする。ぽやぽやしながらゆっくり目を開ければ、真っ白な天井が広がっていた。見慣れた天井に白黒しながら身を起こせば、ぼとりと柔らかいものがお腹に落ちる。少しひんやりとした布はしめっていて、なぜか目元はすっきりしている。顔を触れば肌がしっとりしていて、直前まで泣いていたことを思い出し疑問符が大量生産された。私、なんでベッドで眠っているんだろう。

広いベッドから出て寝室を出れば、起きた時に感じたいいにおいに包まれた。おそるおそるリビングを覗けば、エプロンをつけた零さんがキッチンに立っていた。

「おはよう、なまえ」
「れ、い…さん」

なんて、言おう。言葉を詰まらせた私は咄嗟に俯き、フローリングを見つめた。こちらへ近づく足音が聞こえ、びくりと肩が震える。

「ごめん、なまえ」
「…え、」
「いつも我慢させて、本当にごめんな」

辛そうに顔を歪めた零さんに、そっと頭を撫でられた。それからするりと目元を指の背で撫でられる。少しくすぶったいソレに目を細めた。

「私こそ、ごめんなさい…酷いこと言いました」
「かわいいものだよ。むしろもう一回言ってみてくれ」
「え、マゾ…?」

くすくす笑う零さんにほっとして全身の力が抜け、頬が緩んだ。お互いごめんなさいと言いあってから、屈んだ零さんに抵抗することなく目を閉じる。合わさった唇が離れると同時に小さなリップ音が響いた。

「お詫びに、今日の夕飯は頑張ったんだよ」
「…え、これ…零さんが作ったんですか?」
「さすがにプリントクッキーは作れなかったけどな」

キッチンテーブルに並ぶ食事を目にして思わず言葉を忘れてしまった。そこにあったのはコラボメニューそっくりの食事達。むしろ画像のメニューより凝っていておいしそうだ。パスタの真ん中を飾るプリントもなかはないけれど、代わりに飾られた薄いパイ生地に画像のクオリティ以上の装飾が施されている。

「こ、これ…」
「全部食べていいよ。ご所望なら何度でも作るけど」
「いいんですか…!?」

しかもこれ、私が寝ている数時間に作ったというのだろうか。すごすぎないか。彼氏のスペックが高すぎるってエッセイマンガ作れてしまう。

「許してくれるか?」
「えっもちろん」
「はは、よかった」

ぎゅうと抱きしめられ、頭にキスが落とされる。答えるように抱きつけば、とろけたように目を細めた零さんと目が合った。

「零さんは天才なので、ばかじゃないです」
「ん?…ふふ、ありがとう。ごめんな、泣かせて…」
「…零さんがケアしてくれたから、大丈夫です」

ぎゅうぎゅうと抱きつけば答えるように強く抱きしめられた。安心する、大好きな零さんの香りに幸せいっぱいで。起きた時目元がしょぼしょぼしなかったのも、私が寝ている間に零さんがやってくれたんだろう。ソファで体勢の悪い姿勢で寝ていた私をベッドに運んでもくれた。

コラボメニューの食事を作ってくれたことより、零さんと仲直りできたことのほうが嬉しかった。

限定グッズは買ってきてくれるらしい。





2018/06/17