あの事件の日から夢見が悪くなった。

お兄ちゃんは元気なのか、大怪我をしていたりしたらどうしよう。もし、銃に撃たれて大怪我でもしていたら。報道されていない事件で怪我をしていたら。
心配で夜もうまく眠れなくなって、そして

やってきました警視庁。


もちろん零さんには言ってない。コンビニに行くって連絡はした。コンビニには確かに行っているから嘘は言っていない。

手首にかかる紙袋にはお兄ちゃんへの差し入れが入っている。こっそり購入したお弁当箱と使い捨ての容器に、たっくさんお兄ちゃんの好きな食べ物を詰め込んだ。ちゃんと日持ちするものも入れている。まぁ、私が作ったものだから味の保証はできないけれど。

新品のタオルにガーゼや消毒液、痛み止めも詰め込んだ。それからお兄ちゃんへの私からのラブレターも。

本当は零さんに渡してもらうのが1番かもしれないけれど、零さんもいつ帰ってくるかわからない。それに、少しだけ、少しだけもしかするとお兄ちゃんに会えないかなという下心がある。

「……あ」

そういえば、お兄ちゃんの所属している部署知らない。

受付が見えてから気づき、サッと血の気が引く。慌てて隅に寄ってスマホを掴み、行き交う警察の人と目を合わせないように目線を落とした。
どうしよう、零さんに聞くわけにはいかない。零さんは頭が良すぎるから、ちょっとした言葉で私がここにいるのがバレてしまう。友達に聞いてもわかるわけがない。残された選択肢の連絡先に迷わず電話をかけた。…あ、そういえば仕事中なのでは?

数コールで通話画面になり、私は慌てて耳に当てた。

「風見さん、今よろしいでしょうか…」
“…何かありましたか?”
「お兄ちゃんはどこの部署に所属しているのかだけ教えてください…」
“はい?”

部署だけでいいんです!と補足を入れるけれどやはり簡単に風見さんは教えてくれない。風見さんは零さんが忙しい時、何かと面倒を見てもらっている零さんの部下の人だ。
何故、と聞かれてうまい言い訳が出てこなかった。言葉を詰まらせている間にも周りの警察官の人たちは忙しそうにしていて、どの部署にどうだとか指示が飛び交っている。

”…まさか今警視庁にいます!?”
「えっなんでわか…あ、」
”今すぐ行きますから絶対にそこを動かないでください、いいですね?”

周りの声で警視庁にいるってバレてしまった。やばい、と慌てて出口へ走ろうとするけれどもう既に警視庁にいることがバレてしまっている。いやでもすぐに出ていって何事もない顔して家に帰れば!と慌てて出口へ向かう足を止めたのは知らない声だった。

「あの、諸伏さんですか?」
「!?はっはい」
「こちらでお待ち頂くよう風見さんからの言伝です」

スーツの警察の人に呼び止められてしまいもう逃げ道がなくなってしまった。用意周到すぎる。これはなんとしてでも風見さんを口止めしなければ零さんに怒られる。
カタカタ震えながら待つこと数分、走ってきたらしい風見さんが私の前まで駆け寄る。それまで見張りのような役割をしていたスーツの警察の人と一言二言会話すると、彼は去っていった。

「…まずはこちらへ」
「あの、零さんには…」
「理由次第です」

ちくしょう。
ちらちらと警察の人の目線を頂きながら通されたのは客室のような場所で、ソファとテーブルのある空間に装飾品は少ない。取調室ではないことにほっと肩の荷を降ろした。
一先ず座らされると、風見さんの目が私を捉える。お忙しいのになんだか申し訳なくなってきた。

「それで、何故ここへ?」
「お兄ちゃんに、差し入れをしようと思って…」
「その紙袋ですか?」
「はい」

風見さんが深い溜息をついた。そして次の瞬間、風見さんから放たれた言葉に心臓が止まる。

「…だそうです、降谷さん」
「へ…」

独り言?電話?真っ白になった頭を必死に直そうと頭を回すが、ガチャリと開いてしまったドアに死刑宣告をされる。壊れたブリキのおもちゃのようにドアを見遣れば、私服姿の零さんがいた。さようなら、お兄ちゃん。私はもうだめみたいです。

「では私はこれで」
「ああ」

風見さん行かないで!
言葉に出せるはずもないけれどじっと風見さんに念じながら見つめれば、正直に話せば大丈夫ですよと何の根拠もないことを言って去っていってしまった。零さんの怖さを知っているはずの仲間に見捨てられてしまった。いや私が悪いんだけど。

隣に座った零さんに心臓がドクドクと嫌な音を立てる。ぎゅっと握りしめた紙袋の持ち手は、少しぼろぼろになってしまった。

「ヒロに差し入れだって?」
「はい…」
「急に何故」
「…う、」

震えた声で、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。俯いたまま手のひらをぎゅっと握りしめた。
あの事件の日から、夢見が悪いこと。ひろにいが大怪我をしてしまう夢を何度も見てしまうこと。忙しいのはわかっているけれど、不安で、少しでも元気になってほしくてご飯だとか治療道具を警視庁に持ってきたこと。…あわよくば会えないかと思っていたこと。

風見さんに言われた通り全て正直に話し、沈黙が訪れる。じわじわ滲んだ涙が落ちかけた時、ぐっと腰を抱かれ引き寄せられた。名前を呼ばれ、零さんの顔がぐっと近づく。覗き込むように接近した零さんに思わず逃げ腰になるけれど、回された腕がそれを許さない。

「ご、ごめんなさい」
「警視庁はコンビニではないな」
「う…」
「まぁコンビニにも行っていたから嘘ではないが…」

全部バレてることに尋常ではないくらい心臓が慌てている。俯く私の頬に手が添えられ、ぐっと上を向かされる。真っ直ぐに私を見る零さんの瞳から逃げられなかった。そっと、優しく目の下を指の腹でなぞられる。

「…隈ができてる」
「ん、んん」

隈なんてできていたっけ。少しだけぽかんとしていたら身を屈めた零さんが目の下に唇を落とした。近づいた時に思わず目を閉じてしまい、腰を固定する零さんの腕に意識が集中してしまう。

「…はぁ、これだけやってるのに目を離せばお前は…」
「ご、ごめ…なさ、」
「まったく…次やったら足枷つけるからな」

怖い。少し明るくなった声色に目線を上げれば、仕方ないと言いたげな零さんの顔。怒って、ない?おそるおそる零さんの服を掴めば、受け入れられる。

「ヒロの部署は教えられないが、それは渡しておくよ」
「ほ、本当ですか?」
「中身見てもいいか?」
「はい」

零さんがあまり怒っていないことに、少しずつ心臓が落ち着きを取り戻していく。血液が回り始める。紙袋からひろにいの好物や救急セット、タオルを出せば今度は零さんが拗ねたようにむすっとした顔になる。最後にお兄ちゃんへの手紙という名のラブレターを出せば、零さんの機嫌が下がったような気がした。何故!?

「俺にはないのか」
「…怒ってます?」
「妬いてる」
「…ちゃんとお兄ちゃんに渡してくださいね?食べちゃだめですよ?」
「どうしようかな」

楽しそうに笑う零さんに慌てて服を引っ張れば、眉を下げた零さんの顔。一瞬、悲しそうな顔をしていた。覗く前に気づけば近づいた零さんに口を塞がれていて、言葉が出せなくなってしまう。

「…続きはまた今度な」
「つ、つづきするんですか?」
「もちろん」

にーっこりとした完璧な笑顔を向けられた。紙袋は零さんに手に渡り、部屋の外で待機していた風見さんの手へ移された。何か二人は話していたけれど聞こえなかった。机に置いておいてくれとか、かな?
家まで送ってくれるらしい零さんに連れられ警視庁を去ることになってしまい、結局お兄ちゃんに会うことはできなかった。

「ひろにい、今日は警視庁にいないんですか?」
「…ああ」

タイミング悪かったのかなぁ。
いつになったら、お兄ちゃんに会えるんだろう。





2018/06/22