咳が治らない。熱を出したのは一週間前で、風邪の流行る時期ではないのに微熱と咳、喉の痛みに倒れた。虚弱なおかげで自己治癒力もなく、市販の薬では治るのに時間がかかってしまう。零さんに連れられ病院にかかり、薬を貰ったのだけれど。咳だけが治らず、すぅと息を吸えば発作のようにげほげほと咳をしてしまう。
あまりにも咳が止まらず、嘔吐感まで出てきてしまうから本当に家にいてよかった。

最近の目覚ましは咳となってしまった。渇いた喉に連続する咳。一先ずうがいをしようとベッドから出ると、シーツに落ちているテープにため息をついた。気管支を広げるだとかなんとかの医療用テープを寝る前に貼っていたけれど、寝相が悪くて起きた時には剥がれ落ちている。これで二度目だ。咳をしながらリビングにいけば、カップを持った零さんが準備をしていた。

「おはよう。…咳、辛そうだな」
「っけほ、けほ…おはようございます」
「…ん?テープは?」
「寝てる間に、けほっ…取れました」

新しいのを貼らなきゃ、と薬箱に足を向ける。貼り方が悪いのかな、と包装を解いていると思っていたより近い場所から零さんの声がかかった。手に持ったままのカップはテーブルへ移される。

「俺が貼る。なまえの貼り方、いつも取れそうだなって思ってたし」
「じゃあ、お願いします」

零さんならしっかり貼ってくれるだろう。貼りやすいようにパジャマの合わせをぐっと引っ張ると、なぜか零さんが吹き出した。テープを持ったまま急に俯いた零さんは小さく肩を震わせている。急変した零さんに困惑していると、零さんはながーいため息を吐いた。

「…そのまま動くなよ」
「へっ?はい」

ぐっと近づいた零さんに逆らうことなく棒立ちをしていると、胸元にしっかりと医療用テープが貼られた。零さんが貼ってくれたのだから今日はもう取れないなぁ。安心して服を掴んでいた手を外す前に、手首を掴まれてしまった。意識が追いつく前に回された腰が引かれる。声を上げる前に身を屈めた零さんの頭が胸元へ近づく。

「ひゃ、」

足が浮くくらい抱き寄せられ、混乱するよりも早く胸元をべろりと舐められた。突然なんで舐められたのかわからなくて言葉を失っていると、ちくりと胸元が痛む。しかもそれは一回では終わらず、挙句の果てに首元をがぶがぶ噛まれ始めてしまった。

「え、やっ!零さん、急に何を…」
「なまえが悪い」
「わたし!?」

壁に押しつけられ逃げ場がついになくなってしまった。やめてくださいと言っても零さんはやめてくれない。壁に押しつけられ、足の間に突っ込まれた零さんの足が逃げることを許してくれない。前にも後ろにも引けない状況を体感したくなかった。

何度も胸元に唇を落とされて吸われ、噛まれて体の力が抜けてしまった。しっかりと零さんの足が私を支えるけれど体勢がよろしくない。パジャマは上からいくつかボタンが外されてしまっていて、起き抜けで下着をつけていないからその、大変よろしくない。

「れ、れーさん、もう、やだ」
「っは、お前には危機感が足りない」
「う、うう…離してください…ひゃっ」
「嫌だ」

最後の力を振り絞ってばたばたと抵抗したら、あっさりと私の両手首を片手で拘束してしまった。いやいやと顔を背けると思い切り首筋に歯を立てられ、変な声を上げてしまう。
やだ、とうわ言のようにこぼしても止まる気配はなかった。羞恥で死んでしまいそうだ。呼吸が浅くなり、ひゅっと息が詰まる。

「っけほけほ、けほっ」
「!悪い」
「けほ、う、けほっ」

発作のように止まらない咳に口を覆う。生理的に出てしまった涙が目尻に溜まった。ぱっと離れた零さんは私を支え、落ち着くまで背中を擦ってくれた。咳が収まると、テーブルに置いていたカップが差し出される。

「はちみつ入りの紅茶だから、苦くないよ」

差し出されるまま口に含めば甘くておいしくて、ようやくほっと息を吐いた。複雑そうな零さんは言葉を探しているようだった。外されたパジャマのボタンもさっと直される。私はこの後鏡を見るのが怖い。

「…はぁー…あのな、急に肌蹴させるな」
「うう…」
「襲いたくなるから」
「…へんたい」
「好きなんだから仕方ないだろ」

早く治るといいな、と微笑まれたけど今ので悪化した気がする。零さんの変態。もう一度小さな声で主張すれば、男はみんな狼だって開き直られてしまった。零さんのかば。





2018/06/25