ざあざあ降り注ぐ雨音は止むことはなく、バケツをひっくり返したような雨に天気予報では注意を呼びかけている。そして、カーテンの隙間から部屋まで届いた光にびくりと体が震えた。間を置いて轟く轟音に体が固まる。ソファでぬいぐるみを抱きしめて毛布にくるまり震える私はテレビの音量をあげようと手を伸ばした。その時、真っ黒な物体に意識が真っ白になりかけた。


気づけば叫んで寝室へと逃げ込んでいた。途中で零さんの上着をひっつかみ布団に潜り、一緒に持ってきたスマホを慌てて操作する。が、またカーテンの隙間からチカチカと光ったのを見て涙が滲んだ。

「風見さん助けてください!!」
”…はい?”


























「…で、来てみれば雷と虫ですか…何故私に電話をしたんですか」
「零さん忙しいじゃないですか…」
「私も忙しいのですが?」

少し濡れてしまっている風見さんに謝りながら、手に持っていた毛布を差し出そうとすれば断られてしまった。じゃあ肩にかけている零さんの上着を、と言えば真っ青になった。ごめんなさい。
風見さんも忙しいのに申し訳ない。けれど緊急事態なんだ。

「大きかったんです助けてください」
「申し訳ないのですが、私は玄関より先に行ってはいけないんです」
「なぜ!?」
「降谷さんの命令ですので…」

それじゃあどうしたらいいんだ。リビングにいた真っ黒なあいつはどうやって出ていかせてくれるんだ。すがるように風見さんのスーツの袖を引っ張るが、上司命令には逆らえないらしい。社会の闇だ。その上司、私の彼氏だけれど。

「今回だけ特別に!お願いします!」
「できません。殺虫剤は置いていないんですか?」
「奴と対峙できません…」
「奴って…」

メガネを拭き終えた風見さんはため息をついた。お勤めご苦労さまです…ごめんなさい…でも本当に緊急事態なんです…。
カタカタ震えたままの手を握りしめれば、風見さんはスマホを取り出した。

「私虫がいる空間にいられないです…」
「ちょっと待っていてください」
「風見さんー…」

電話をかけた風見さんは背を向け話し始めた。かけた時に降谷さんと言っていたから、おそらく電話相手は零さんだ。どうしましょう、と相談しているようだけれどこんなことなら最初から零さんに電話をしたらよかったのかな。いやでも国を守る仕事と虫退治って、だめでしょ。優先順位が桁外れに違うでしょう。私にとっては緊急事態なんだけれど。

「はい」
「えっ?あの、」
「降谷さんが代われ、と」

促されるまま風見さんのスマホを受け取る。人の携帯を触るとちょっとドキドキしちゃうよね。目で促され耳に当てれば、大好きな零さんの声が聞こえた。

”なまえ、大丈夫か?”
「う、うう…零さん…」
”怖かったな。今風見が退治してくれるから、もう少し我慢できるか?”
「はい…」
”えらいえらい”

なんか子供扱いされてる。
この世で苦手なものランキング上位にダブルアタックされて私の精神はボロボロだ。それをわかっているからなのか、零さんの声色はとっても優しくて飴のように甘い。手の震えが少しずつ収まり、冷たい手に少しずつ血が巡っていく。

”もう絶対出ないように、帰ったら対策するから”
「ありがとうございます…」
”今日は帰るよ”
「うう…」
”雷もあと一時間もしたらいなくなるから、な?”
「はい…」

外も怖いし家にいても怖いことが起きた。もうどこに引きこもればいいんだろう。まずこの歳になって雷と虫に覚えて半泣きっていかがなものだろうか。しかも勤務中の零さんと風見さんにまで迷惑をかけて。

「お二人とも仕事中なのにごめんなさい…こんなことで」
”なまえにとっては一大事だろ?気にしなくていい”
「零さんが優しい…」
”いつも俺はなまえに優しいだろ”
「いつも…?」
”こら”

ふふ、と笑うと電話の先で零さんも笑う声が聞こえた。途中雷の音にびびって壁に激突してしまったし音に気づいて様子を見に来た風見さんに変な目で見られてしまった。

零さんと話している間に風見さんは退治を終えたようで、片手に何重にも包まれたビニール袋があった。中身を悟りあまり直視しないようにしながら風見さんにスマホを返した。

「では、私はこれで」
「お忙しいのにすみませんでした…」
「…いえ、構いませんよ。いつでもというわけにはいきませんが、何かあれば駆けつけますから。…降谷さんが」
「あれっ?」

途中まで風見さんいい人、聖人!と感動していたら最後の言葉でずっこけそうになってしまった。なんだか某テニスマンガのダブルスペアみたいなオチだった。確かに肌は黒いけれども。

まだ通話は繋がったままのようで、スマホを耳に当てながら風見さんは玄関のドアノブに手をかける。

「あ、あのっ風見さん」
「?はい」
「ありがとうございました」
「…いえ。仕事ですから」

やっと風見さんは緩く微笑んだ。風見さんがこれを仕事だというのは、零さんが対応できない時に私のことを見るよう命令をしているらしい。上司命令には逆らえないのだ。こんなニートのくだらない面倒まで見ることになってかわいそう。

「私も風見さんのお手伝いできることあれば、全力でお手伝いしますから!」
「いえ、お気持ちだけで結構です」
「今度一緒にパンケーキ食べましょうね」
「…降谷さんと行ってください…頼みますから…」

じゃあ三人で、と言いそうになったけれど風見さんがリラックスできないだろうから口を閉じる。風見さんを扉の隙間越しに見送り(下まで送ろうとしたらものすごい剣幕で止められた)、しんとした部屋に視線が下がる。
リビングから微かに聞こえるテレビの音に少しだけ安心したところで、風見さんにお茶もタオルも何も出していないことに気づいてしまった。慌てて後を追いかけたいところだけれど、ものすごい形相で家から出ないよう再三注意をされてしまったから何もできない。

冷たいフローリングをぺたぺた音を立て歩きながらスマホに目線を落とす。風見さんに何もできなかったお詫びとお礼のメッセージを送ったところで、ピロンと音がなった。零さんからメッセージがきたようで、開いて文章を読めば自然と口角が上がる。文末に、いい子で待ってろよと書いてあってやっぱりたまに子供扱いするのは変わらないなぁと笑ってしまった。

返事と一緒にスタンプを送り、零さんの上着を握りしめた。イヤホンをさして、パソコンでなにか見ようかな。



2018/06/26