「強くなりたいので、護身術を教えてください!」
「突然どうしたんだ…」

細々とした作業をしている零さんに張り切って高ぶった感情を隠すことなくそう言えば、作業を止めて振り返ってくれた。握りこぶしを作ってファイティングポーズをとってみたら、怪訝そうに見られてしまった。不服である。

私はテーブルに置いていたブルーレイのパッケージを零さんに見せた。

「もしゾンビが襲ってきた時用に!」
「ないから」
「ゾンビに襲われたらどうするんですかー!死んじゃいます!」
「ゾンビなんていないから」

零さんはわかってない!
ちなみに私が手にしているものはとある中世西洋が舞台のファンタジーアニメ映画だ。両親と家や財産を失った少年が悪魔と契約する話である。豪華客船に乗ることになっていろいろあって大量のゾンビに襲われるんだよ!!説明下手だけど伝わってほしい。一般人で何もできないモブは逃げられず無残に殺されていく…私は武術も習っていないし逃げ足も速くない。つまり死んでしまう!

と説明しても零さんはあまり相手にしてくれない。拗ねそう。

「それに、あの事件の時も私が体術を習得していたら無力化できていたかもしれません!コナンくんを危ない目に遭わせずに済んだかもしれないんですよ!」
「…はぁ、ちょっとこっち来い」

膝に置いていた雑誌をテーブルに置き、零さんは自分の座るソファの隣を叩いた。おとなしく隣へ座れば両肩を掴まれ、覗き込まれる。空色の瞳から逃げられない。

「俺もヒロも言ってるだろう。戦おうとするな、逃げろ」
「でも…」
「相手は殺そうとしてきているんだ。そんな奴にちょっと習った程度の術で対抗できるわけがないだろう。逆に大怪我をする可能性がある」
「うう…」

正論すぎて言い返せない。確かにひろにいにも零さんにも口を酸っぱくして危ない奴がいたら逃げろと言われてきた。
武道に優れているからといって暴漢を倒せるわけじゃない。武道と実践は違うのだ。それに昔、ひろにいや零さんが腕を掴まれた時の対処法を教えてくれたけれど全然抜けられなかった。力がない女性でもできるってものだったけれど、本当に私に力がなさすぎるのか運動音痴すぎるのか。とにかく抜けられなくて、これが本当に襲われていたらと思いぞっとしたものだった。


「でも、私がこんな弱くなくて強かったら、零さんもっと安心してお仕事できていたかなぁって…零さんは、国の平和を守っているから、」
「好きな女一人守れない奴が何を守れるんだ」
「ひえ…」

急にイケメンなこと言い出す!!
まっすぐ見つめられそんなセリフを言われ、直視できず目をそらす。

私は手に持ったままのブルーレイに意識を逃亡させた。ゾンビいるもん。整いすぎた零さんの顔を直視しないようパッケージをずいっと出せば零さんの顔が見えなくなった。

「でも脳を動かして死体を操る技術ができるかもしれないじゃないですか」
「ゾンビに俺が負けると思うか?」
「思いません…」
「じゃあいいだろ?」
「はい…んん?」

確かに零さんならゾンビくらい素手で倒してしまいそうだけれど。なにかおかしいと首を傾げていると、ぐっとパッケージを没収されてしまった。悲鳴を上げる前に私の届かない場所に置かれてしまい、零さんの目から逃げる手段がなくなってしまった。割としっかり握っていたはずなのに一瞬だった。

「いいか、危険人物がいたら逃げろよ」
「はい…」
「…いつも俺が側にいて、守ってやれたらいいんだが」
「なんかマンガのセリフみたいですね」
「こら、俺は真剣に言ってるんだからな」
「いひゃい」

ほっぺを横に引っ張られてしまった。少し動けば唇が触れてしまいそうなくらい近くて、顔に熱が集まる。わかりましたからと必死に訴えても納得しないようで、眉をひそめている。
髪きれいだなぁ、サラサラしてる。青空をぎゅっと閉じ込めたような零さんの瞳は宝石みたい。肌の黒ささえ魅力の一つにさせる零さんの顔面偏差値が憎い。

「…聞いてるか?」
「零さんは今日もかっこいいなぁ、と」
「はぁ」

素直に答えてしまい聞いていないのがバレてしまった。が、怒るような素振りはない。そのまま顔が近づいたかと思えば口の端に唇を落とされた。

「お前は何もしなくていいよ」

そうっと目を細め私を見下ろす零さんに、私は頷く他なかった。





2018/06/28