「みすてりぃとれいん?」
「そうです!」

聞き慣れぬ言葉に首を傾げると、蘭ちゃんがわかりやすく説明をしてくれた。なんでも蒸気機関車に乗車し、探偵役や犯人役などに役割が与えられる体験型ミステリーイベントが行われるらしい。楽しそう!と目を輝かせればその列車の写真も見せてもらった。蒸気機関車なんて乗ったことないなぁ、と眺める。蘭ちゃんたちはこれに行くんだな、とミステリートレインを見ていると蘭ちゃんがおそるおそる言葉をかけてきた。

「偽物ですけど、事件が起きたりするんです」
「ん?そうだね、ミステリーだもんね」
「なまえさん、事件以来こういうのも駄目ですか?」
「リアルじゃなければ…どうして?」

なんでそんなことを聞くんだろう。確かに少しミステリーものは遠慮してしまっているけれど。蘭ちゃんを見つめれば、おずおずと手を握られた。美女に手を握られてドキッとしてしまう。まっすぐに見つめられ思わず見つめ返す。

「よかったら、なまえさんも一緒に行きませんか?」
「ええっ!?で、でもこれ…予約いっぱいだってさっき…」
「実は園子が用意してくれたんです」

園子ちゃんは最初蘭ちゃんたちと出会った時に一緒にいた女の子だ。後で話に聞くと、あの有名な鈴木財閥のお嬢様らしい。それを聞いた時は腰が抜けそうになった。

探偵役や被害者役、犯人役。聞くだけで楽しそうなイベントに胸が高鳴るけれど、零さんが許可を出すかどうか。列車で事件なんて起きないと説得して、なんとか行かせて貰えないだろうか。

「なまえさんを外の楽しさを知ってもらおう作戦の一環ですから!」
「まだ続いてたの?」
「ケーキもありますよ」
「行きたい!!」

蘭ちゃんに見せられたケーキはすごくおいしそうだった。お高いレストランで出てきそうで凝った装飾のケーキは芸術品のようだ。思わず出てしまった言葉にハッとするが、時すでに遅し。嬉しそうな蘭ちゃんに微笑まれ、逃げ道がなくなってしまった。

「これ、ミステリートレインのパスリングです。園子に事前に貰っておきました」
「あ、ありがとう…そうだ、お金…」
「園子からの招待ですから気にしないでください!」

握らされたパスリングだという指輪は大きめのもので、試しに中指にはめてみたらぶかぶかだった。安物の作りではなく、高すぎるわけでもない。デザインまで凝っていて素直に感動してしまう。さすがお金持ち。

「なまえさんと一緒に遠出したことないので楽しみです」
「!…私も楽しみ」

友達と遠出するなんて、何年ぶりだろう。ニートになってから零さんと数回海を見に行ったり、テーマパークに連れて行ってもらったことがあるけれど片手で数えるくらいの回数だ。

今から楽しみで仕方ないけれど、零さんの顔がチラつく。

「…彼が…許してくれるかな…」
「泊まりじゃないですし、遊びに行くって言えば大丈夫ですよ!」
「絶対バレる…」

たまに友達と遊びに行く時も、どこに、何をしに、誰と、何時から何時までなのかこと細かく言わなくちゃいけない。その上場所移動をする度にメッセージを送らなくちゃいけなくて、一度忘れた時はすごく電話がかかってきた。あと打ち間違えて違う場所を送ったら何故か違うことも指摘された。あれはなんでわかったんだろう。

「…あっ充電器忘れてきちゃった…」
「あ…ごめんなさい、私スマホじゃなくて…」
「ううんいいの!最近充電すぐなくなるんだよね…」
「なまえさん、よければ充電器貸しますよ!」
「わーい梓さんありがとうございます!」

持つべきものは友達だ!ありがたく充電器を借り、伸ばしてもらったコードで充電をする。バッテリーの寿命だったりするのかな。

蘭ちゃんから日時と場所を聞き、スマホにメモを取るけれどやはり零さんの許可が降りるかどうか。もしだめだったら、蘭ちゃんの言う通り遊びに行くって言ってでかけてみようかな。でもうまくごまかせる気がしない。

蘭ちゃんはもしだめだった場合のシュミレーションを始めてくれてるけれど、私には出来る気がしないよ。しかも梓さんまでノッてきてしまった。

「ただいま戻りました」
「安室さんおかえりなさい。ハムサンド、注文入っているのでお願いしてもいいですか?」
「はい。…おや」

買い物から戻ってきたらしい安室さんが、エプロンをつけながら何故か私の方までやってきた。私ハムサンド頼んでないしハムサンドにはならない、と見当違いのことを考えていると屈んだ安室さんと目が合う。
いつもカウンターの席に通されるから、必然と距離が近い。

「髪にゴミが…取ってもいいですか?」
「えっ?お願いします」

するりと髪の束をとられ、真剣な顔のまま指先が動く。そういえば私、髪伸びたなぁ。蘭ちゃんも髪長いけど、私も髪長いほうなんだなぁ。
するりと手が離され、腰近くまで伸びた髪が揺れる。そのまま流れるように撫でつけられた。

「ありがとうございます」
「いえいえ」

「…ずっと思っていたんですけど…」

こちらをじっと見る蘭ちゃんは、何故か梓さんとアイコンタクトをしている。きょとん、と二人を交互に見つめた。

「安室さんとなまえさん、距離近くないですか?」
「…そうかな?」
「そうです!」

もしかして…と怪しまれて慌てて手を降って否定をするけれど、結託して二人で怪しんできている。
どうしよう、と安室さんに視線を送ればにこりと笑みを作っていた。

「一緒にいる機会が多いですからね」
「でも簡単に髪を触らせるなんて…」
「なまえさんですから」
「…そうね、なまえさんだもんね」

なんか私の知らないところで二人が納得してしまった。私を置いていかないで。どういうこと?と聞いても誰も答えてはくれなかった。

「でも聞いている限り過度な束縛軟禁するような彼氏より安室さんの方がいいと思いますよなまえさん」
「あはは…」

そこにその彼氏がいるんですよね。言えないけど。





2018/06/29