「あんた、安室さんの何なのよ!」

こちらなまえ、現在ポアロの裏口。至急応援を頼む。

脳内で救援を呼ぶも、もちろんそんなものは来るわけがない。目の前で仁王立ちをし、私を睨みつける女子高生にビビる社会人というなんとも情けない図だ。チキンなのだから勘弁してほしい。私よりばっちりと濃いメイクをした今時の女子高生に恐怖しか覚えない。学業はどうしているのだろう。ほぼない眉毛に書かれた偽物の眉が吊り上がる。

「何か言えよ!」
「え、えっと…」

お手上げポーズをとるも、彼女の視界ではなかったことにされている気がする。香水のにおいが鼻につく。ポアロの裏で行われている為、助けてくれる人などいない。

いつも通りの日だった。いつも通り私はポアロに行こうといつもの道を歩いていた。そこに、この女子高生に呼び止められ気づけば店の裏で尋問を受けている。

「友達?です…」
「はあ?」
「ひい」

ころされる。何を言えば彼女は開放してくれるのだろう。どんどん怒りゲージのたまっていく彼女は眉間の皺を深くさせていく。

いつか安室さんのファン、ガチ恋の人に刺されるとは思っていたけれどまさか女子高生に締め上げられるとは。意識を遠くに投げていると、怒りゲージのカンストした女子高生は私に掴みかかった。

「ただの友達なのに慣れ慣れしいんだよ!ブスのくせして!」
「ひぃ…」
「透さんにぶりっ子しやがって!二度と近づくなアバズレが!」

女子高生の口からとんでもない言葉がでた。最近の女子高生怖すぎる。近づくなと言われても、だいぶ前にポアロに行かなかったら鬼電がきたことがあるんだけどな。連絡先教えてないのに。こわいよね。

かわいい顔はしていないだろうけどあばずれはひどいんじゃないか…どんどん女子高生の口から私を罵倒する言葉が叩きつけられる。怒鳴られることに耐性があるわけではない。泣くものかと、年下の子に怒鳴られて泣くものかと歯を食いしばる。
自身を蔑む言葉の暴力にジワリと涙がにじんだ。そのあとすぐに、乾いた音が響いた。そして、その衝撃で私は地面に落ちてしまった。

「二度と近づかないって言えよ!」

私の頬を殴った女子高生は逆上している。本当に手加減なく叩かれたようでじんじんと頬が痛む。歯は折れていない。でも、涙が一筋流れてしまう程度には痛かった。

「お前なんか死ねばいいのに!」

ああ、それだけ彼女は安室さんが好きなのか。いつからかぽっかりと穴の開いた心では、どこか遠いもののように感じた。

安室さんが本当に好きで、こんなに化粧を頑張って、努力して。でも私が邪魔だからこういうことを?ううん、わからない。彼女が常連なのかは私はわからないけれど、安室さんへの想いは本当なのだろう。早く、二度と近寄らないと言えば済むのだろう。それでも、何故か私はその言葉を口にできなかった。

安室さんが笑って、秘密ですよと私の目の前にケーキを置く。出された食事は何を頼んでもおいしくて、安室さんとジョークを交えながら話す時間は宝物だった。でも、女子高生は勘違いしているんだ。

だって、私は安室さんの特別にはなれるはずもないのだから。


「何を、しているのですか?」

聞きなれた声が耳に届く。それは、きっと目の前の彼女にとって残酷なもの。
彼女は、安室さんの特別になりたかったんだ。

靴音がこちらに近づく。そうっと見上げた安室さんは、厳しい顔をしていた。彼女の口からこぼれる言葉は、絶望の孕んだ悲痛なもの。痛む頬は未だ熱を発し、じんじんと痛みを主張する。

ああ、でもやさしい安室さんのことなのだから私が彼女をフォローすれば。

「ちょっと、手が当たっただけなんです。この子は何も、」
「なまえさんを叩きましたよね?しかも、怒鳴りつけて」

ゴミを出しに行こうとしたら怒鳴り声が聞こえて、と続ける安室さんの顔がうまく見れない。女子高生の顔も、私は見ることができなかった。

いつも聞く安室さんの声色が違う気がした。違う、とうわごとのように紡がれる彼女の言葉は支離滅裂で単語の羅列のよう。


「無抵抗の女性を殴るだなんて、いい趣味をお持ちですね」
「ち、ちが…だって、だってこの女が!こいつが!」
「彼女が、貴女に、何を?」

手の感覚がなくなっていく。思考回路はどんどん鈍くなり、頭が真っ白になっていく。どうしたら、いい。使い物にならない私の頭では解決策は見つからなかった。
好きな人に嫌われるなんて、本気で安室さんを好きな彼女にとって耐えられるものではないだろう。なんとかごまかしたいところだったけれど、すでに一連のものを安室さんは見ていたようだ。

「げ、劇の練習をしていたんですよね!ね?」
「なまえさん」
「はい…」

もうだめだ万策尽きた。ごめんJK。

衣服の擦れる音がする。安室さんがしゃがんだとわかり顔を上げると、痛そうな顔をして私の頬に手を伸ばした。その手で触れられることはなく、もう片方の手で抱き寄せられる。安室さんの胸元に飛び込む形になり、冷えた体に熱が伝わる。

「もう一度聞きますよ。僕の、なまえさんに何を?」

私はいつから安室さんのものになったのだろう。

それにしても、珍しい。安室さんなら、波風立てずに事を穏便に済ませるはずなのに。火に油をそそぐようだ。
抱きしめられてしまっていて、安室さんの顔が見えない。くぐもってうまく聞こえない。それでも、思ってはいけないことはわかっているけれど。安室さんの姿を見たとき、安心をしてしまったんだ。


女の子といくつか会話をした後、彼女は泣きながら走り去ってしまった。

安室さんとの間に静寂が流れる。少しすると、安室さんは私を抱き上げてしまった。悲鳴を上げる私に構うことなくスタスタとお店の裏口へ歩いていく。下ろしてほしいという私の願いも空しく、私は従業員控室の椅子に座らされ、無言の安室さんに手当を受けていた。無言が怖い。そして、消毒液が尋常じゃないくらい痛い。わざと痛くされているんじゃないだろうか。

湿布を当てられ、やさしくテープを貼り付けると安室さんは救急箱を棚に戻していた。そういえば、ポアロの従業員控室に入るのは初めてだ。並ぶロッカーのどこが安室さんのものなのかはわからないけれど、ここで安室さんは支度をして出勤するのだろう。

「何故、庇ったんです?」
「へ?」
「あの女子高生を」

隣に座った安室さんは、しっかりと私の目をみていた。どの言葉を使うべきか、未だ使い物にならない頭ではうまく選択ができない。急かすように見つめられ、慌てて言葉を掴んだ。

「だって、好きな人に嫌われたくないでしょう」
「…なまえさんを殴ったのに、庇うんですか?」
「いつかは安室さんのファンに刺されそうとは思っていたので」
「答えになっていませんよ」

はぁ、とため息をつかれる。ため息一つでびくつく私に、安室さんは小さく笑った。

「嫌わないであげてください。彼女、本気で安室さんが好きなんですよ。若いから突っ走ってしまっただけで」
「だからといって人を傷つけていい理由になりますか?」
「うう…」

ことごとく安室さんに論破されてしまう。アフターフォローも万策尽きてしまった。ごめんJK。私は無力だったよ。

「でも、これでなまえさんは”本気の気持ち”を無下にできないということがわかりました」
「まぁ…みんなそういうものでしょう?」
「だからきちんと、僕の”本気の気持ち”をお伝えしようと思いまして」

にっこりと安室さんは貼り付けたような笑みを浮かべた。私の話を聞く気のなさそうな安室さんは、私の怪我をしていない方の頬へ手を伸ばした。
強くはないけれど、顔が動かせなくなる。突然のことに驚いている暇もなく、ぐっと近づいた安室さんの顔。理解が追いつくのは、ずっと後のことだった。


唇に柔らかいものが当てられている。息ができない。小さく漏れた声が出したことのないような声で、羞恥心が頭を埋め尽くす。食べられるかのように角度が変えられる。慌てて胸板を押すけれども、鉄のようにびくともしない。それどころか手首を掴まれてしまい、退路が閉ざされてしまった。逃げ腰の私に気づいたのか、ぺろりと唇を舐められ安室さんが離れる。

「伝わりました?」

ジョークですか?といつも軽く笑えるはずなのに言葉が出ない。ぱくぱくと金魚のように口を動かすことしかできない私に、安室さんはまたぐっと近づいた。


「安室さん!ゴミ出し終わ……あっ」

美人店員さんの梓さんだ。さぞかし真っ赤だろう私は振り返ってしまったことを後悔した。

「ごめんなさい!お邪魔しちゃった!」

梓さん出ていかないで助けて!





2018/04/14