別荘にテニスをしに行った零さんを見送ったその日の夜、またしても事件があったことを教えられた。どんな事件だったかは教えてもらえなかったけれど、怖いから知りたくない。
零さんの言う通りになっている。なんで探偵は事件を引き起こすんだろう。毛利探偵だけなのかな。

「…ん?」

通知音では無い音楽にスマホを見れば着信画面だった。コナンくんと書かれた文字に目を見開く。
そういえば以前連絡先を交換したのだった。すぐ助けに行くのは私はできないけど相談に乗るからね、とか言ったような。何かあったのかなとすぐにスライドさせて電話に出れば、少し焦ったような声色だった。

“なまえさん!聞きたいことがあるんだけど…”
「ん?なぁに、コナンくん」
“安室さんにまだ護衛って頼んでる?”

突然なんでそんなことを聞くのだろう。首をかしげながらスマホを持ち直し、言葉を紡いだ。

「安室さん?変わらず護衛…用心棒?お願いしてるよ。どうして?」
“なまえさん、すぐに…”

続きを、聞くことができなかった。いつの間に近くにいたのか、するりとスマホが取られたことに心臓が跳ねる。声を出す前に、人差し指が私の唇に当てられる。ふわりと笑った零さんに何も言えなくなってしまう。

「なまえさんに、何か用かい?コナンくん」
“っ安室さん!?なんで…”
「たまたま一緒にいてね。用件なら、僕が聞くけど…どうかしたのかい?」

くるりと背を向けた零さんはコナンくんと何かを話している。零さん私のスマホだよ。少し離れた場所でお話をしてしまい、会話が聞こえなくなった。どうすることもできずに立ち尽くしていると、ぷつりと通話を切った零さんが振り返る。

「はい」
「…あの、コナンくんはなんて…」
「ああ、なまえに最近会っていないから無事かどうか心配していたんだよ」
「そうなんですか!…あれ?でもなんで零さんが…」

スマホを受け取り、ふと思った疑問を口に出す。別に零さんが変わらずとも私が答えればよかったのでは、と思った所でするりと腰に手が回る。

「俺以外の男とあまり話さないでくれ」
「コナンくんですよ?小学生ですよ?どこでそんなヤンデレ言葉取得してきたんですか…」
「ふふ、半分冗談だよ」

じゃあ残りの半分は本気ってことじゃないか。
するすると手が移動し、そのまま髪を梳かれる。零さんを見上げたままでいれば、零さんは私を見下ろしゆっくりと目を細めた。するする、髪に指先が絡められる。そして、ぐっと顔が近づき私は慌てて零さんを突っぱねた。両手で零さんの口元を塞ぐと、不機嫌そうに眉を寄せた。

「んぐ」
「だ、だめです!ちゅー禁止!」
「何でだ」
「最近、ちゅーすると息できなくなるくらいするから嫌です…きゃーっ!!」

ぐぐ、と押しのけようとしたら塞いでいる手をべろりと舐められた。思わず叫んで仰け反ると、腰に回った腕がガッチリと固定していて逃げられない。

「もう1回言ってくれないか、ちゅーって」
「やです」
「かわいいからもう1回聞きたい」
「やーでーすー!」

こうしている間にも零さんはぐいぐい近づいてきて、力のない腕では防ぎきれない。もう!と声を上げると零さんはまゆを下げた。凹んだ顔してもだめです。

「呼吸の仕方がわからなくなるってすごく怖いんですから」
「だから俺が呼吸を教えてるだろ」
「なんだか零さんがいないと息までできなくなっちゃうみたいですね…」

そもそも息ができなくなる原因を作っているのは零さんである。眉を寄せながら零さんを見上げれば、ぎゅっと開いた瞳孔に輝く瞳。何の色が滲んでいるのかわからず、思わずじっと見つめてしまった。

「なまえは俺がいないとだめな子になってくれるか?」
「零さんどこでヤンデレ台詞履修してくるんですか…」
「本心だよ」

それはそれで問題なんだけれど。キスは諦めたのか、ぎゅうと抱きしめられる。答えるまで話してくれないな、と悟り質問に対して思考を凝らす。

零さんがいないと、何が出来ないか。まず無職期間が長いし職を探すのは大変だろう。お料理は上手くできないままだし、零さんの作った食事しかとっていないから他のものが食べられる気がしない。
人見知りなせいで知らない人と話すのは苦しいし、まず零さんがいない日常が考えられなかった。

おいしいものがあったら零さんに言いたい。好きなものの話や見た景色、いろんなこと。それに、零さんが話してくれるいろんな話。零さんがいて初めて色づく世界。

ぎゅう、と零さんに抱きついた。

「零さんがいないと生きていけないです」
「…そうか…」
「もう、零さんがいないと息ができないみたいです。だから…いなくならないでくださいね」

私を抱きしめる腕に力が込められる。一層強く抱きしめられ、絞り出すように「…ああ」と答えられた。

あ、もちろんお兄ちゃんもですよって言えない雰囲気になってしまった。


2018/08/15
修正公開2020/09/28