どさり、と袋が落ちた。中に入っているだろう食材を包んだビニールごと落ちたソレに目を向けることなく、目を見開く風見さんは呆然と立ち尽くしている。あの、と指摘する前に慌ただしく駆け寄った風見さんは、靴を乱雑に脱ぎ散らかし私の肩を掴む。勢いのまま掴まれ少し痛かったけれど、それに構うような形相ではない。

「その、足の…ソレは、降谷さんですよね?」
「は、はい…」

それ以外に誰がいるのか。否定する理由もなく肯定すれば、恐ろしいものを見るかのように私の足につけられた足枷を見下ろした。痛くないように配慮はされてますよ、なんて言っても火に油なことはわかる。

風見さんが言葉を失って、静寂が辺りを包む。じー、と何かの機械音が聞こえるくらい静かな時間。私は掴まれたままの肩をどうにかすることも、風見さんに声をかけることもできず、ただただ風見さんの言葉を待った。
きっと、時間にすると数分なのだろうけれど。私にとっては一時間は経ったかのように長く感じた。

「…今まで、ずっと言えずにいました」
「…?」
「貴方に対する過剰な保護や監禁に関して、何度も降谷さんに改善できないか抗議はしていました。けれど、私には…」

…初耳だった。この状況に関して風見さんが、あの降谷さんに抗議していただなんて。

「さすがにこれは、看過できません。降谷さんはおかしい。恋人を…一人の人間を、拘束して…こんな足枷までつけて、監禁するだなんて」

カタカタと、小さく風見さんの手が震えている。それは怒りなのか、何もしなかった自分を責めているのか。そっと風見さんの手を優しく覆い、風見さんが顔を上げるとにこりと微笑んだ。思っていた通り、風見さんは良い人だ。

「いいんです」
「…は…」
「ありがとうございます、風見さん。心配してくださって」

そっと肩から風見さんの手をおろし、両手で包み込んだ。

「零さんは警察で、大変な立場にいて…私には想像の出来ない大きなものを守っています。毎日、尋常ではないストレスを抱えているんです。そんな零さんの重りになりたくない」
「だ、から…好きにさせているというのですか…?」
「一言で言ってしまえば、そうですね」

メガネが落ちそうなくらい瞠目する風見さんの両手を少しだけ強く握りしめ、何も言わないで、と言葉にせず微笑んだ。

「どうして私を閉じ込めているのか…何となくわかっています。…ひろにいに、何かあったのでしょう?」
「!」
「もちろん零さんに聞いたりしていません。私をここまで過剰に保護するということは、ひろにいに何かあったからに違いありません。それに…」

少し、視線を落とす。フローリングに落ちたままの袋の中身が落ちたのか、がさりと音がした。

「…ひろにいの携帯に、繋がりません。音声案内は、現在使われていない番号です、って…」
「…」
「妹である私が危険かもしれないから保護したんでしょう。これだけ年月が流れても私の監禁をやめないのは…兄のことが関係している。」
「そこまで、わかっていて…何故、言わないんですか。何故、降谷さんに何も…」
「零さんが私に隠していることをわざわざ暴こうとは思いません」

そう、わかっていた。

繋がらない兄の電話。番号を変えたのなら、私に絶対伝えるはず。年月が経って未だに繋がらないのは、何かがあったから。それは、連絡もできないくらい危険な場所にいるのか…死んでいるか。
そして、これまでの過剰な零さんの束縛に、時折縋り付くように私の瞳を見つめる姿。きっと、ひろにいは……

「…全てわかっていて、理解した上で受け入れているというのですか」
「はい」
「満足に出歩くことも許されず、交友関係も制限され、全ての自由を奪われて、挙句こんな足枷までつけられて…」
「私がここにいれば、零さんが安心する。…それで充分です、私は」

するり、風見さんの手が離れる。俯いていた風見さんが急に顔を上げたかと思うと、眉間に皺を寄せた怖い顔で私を瞳に映した。

「降谷さんの負担になりたくないから、言われるがまま監禁を受け入れているというんですね?足枷をつけられていても」
「はい…」
「これを、貴女の兄が見たらどう思うか想像できますか?」
「……そ、れは……」

きっと、怒るだろう。守る為とはいえ、やりすぎだ、と。

今の状態が良くないことはわかっている。捜査で安室透として活動し、恐らく危険な組織に潜入する顔も持ち、そして降谷零でもある。常人では考えられない生活をしている零さんの負担になりたくない。少しでも安心させたい。だから、何も言わずにいた。気づいていたけれど、零さんが私に隠しているから指摘しなかった。私といる時は、安心して欲しかった。だから、馬鹿みたいな話をして、何でも素直に話して、ずっと笑った。

間違っていたのか、じゃあどうすればよかったのかわからなくて目頭が熱くなる。突然、ぼろりと目から涙が落ちた。ぎょっとした風見さんのジャケットを強く握る。

「だって、ひろにいがいなくなって、零さんまでいなくなったらって、考えただけで…っ」

急にぼろぼろと流れていく涙を止めることもできず、手に力が籠る。風見さんのジャケットにシワが寄ることを気にする余裕がなかった。ずっと心のなかに抱えていた想いを口にした途端、堰を切ったように涙が溢れて止まらない。

「私、自由もいらない。人並みの幸せもいらない。この家からずっと出られなくたって、足枷をつけられたっていい。零さんが……ひろにいが、生きてるなら……っ」
「…っ!」
「うっうっ、ぅう……」

ごしごしと目元を擦る私の手を風見さんがやんわり止めると、綺麗なハンカチを目元に押しつけられる。少しだけ、風見さんのにおいがした。手にハンカチを握らされ、素直に受け取ると頭を優しく撫でられる。さっきまで怖い顔をしていた風見さんが、悲しそうな顔をしていた。

「…すみません。貴女の気持ちを考えず、勝手なことを」
「…いえ…」
「ですが…この状況を見過ごすことはできません。俺から、降谷さんに言います」
「…か、ざみさ…」
「大丈夫。…よく一人で耐えましたね」

柔らかく笑った風見さんが私と目線を合わせるようにしゃがんで、優しく頭を撫でた。その撫で方が、ほんの少しだけひろにいと似ていて。ぽろり、また涙がこぼれる。

「今まで、この状態を知っていて私も何も出来ませんでした。私の責任でもあります」
「そ、そんなことは…」
「いえ。無理矢理にでも貴方を連れ出して、降谷さんを殴ることもしなかった私が悪いです」

風見さんが零さんを殴るなんて想像できなくて、ぽかんと口を開ける。そんな私にくすりと笑った風見さんは、辛そうに眉をしかめる。

上司である零さんに逆らえなかっただけ。風見さんは、そんな中私を気遣ってくれて、何かあったら駆けつけてくれて、零さんに内緒でお願いを聞いてくれたりしていた。風見さんは悪くないのに、まるで自分も悪いかのように辛そうな顔をする。


「私だって、警察ですよ」
「そ、そうですね…?」
「国民である貴方を守る、警察です」

私の足元にしゃがんだ風見さんは、懐から棒状の何かを取り出す。そして足枷の錠に形を変えて差し込み、カチャカチャと金属音を響かせる。その様子を呆然と見つめることしかできず、はっとした時には足首から足枷が外れ、床に音を立てて落ちていた。

風見さんはそれを常備していたらしい袋に入れると、来訪時に落としたビニール袋を持ち上げた。

「今日明日の食事です。降谷さんに話をして、私が駄目だと判断したら貴方をここから連れ出します」
「……へ!?」
「貴方は安心して休んでいてください。他に何か入用のものがあれば言ってください。今日はこれで失礼します」
「え、あの、風見さ…」

ガチャン。ドアが閉まる音と風見さんの後ろ姿に呆然と立ち尽くすしかできなかった。

いや、あの、え?頭がついていかない。
私が駄目だと判断したらって、どういうこと?連れ出すって…風見さん、暴走してる?
開いた口が塞がらないとはこのことかと実感してしまう。理解が追いつかないけれど、足枷のない状態の開放感がすごい。やっぱり人間足に何もつけないほうがいいと思う。どんなに軽くしても重いし、枷が肌に当たって擦れていつも痛かったし。

まぁ、零さんが戻ってきたらまたつけられそうな気がするけど。

「…あ、シュークリーム入ってる」

あとで紅茶いれて食べよ。








2020/11/14