「30分で支度できますか?引っ越しをしてもらいます」
「はえ……」

たくさんの新品の段ボールを手にやってきた風見さんの言葉にスマホを落としかけた。段ボールを床に置きながら、一時間でも大丈夫ですと続けられ首を傾げる。零さんの指示でまた引っ越しすることになったのだろうか。引っ越しが多く、そのたびに断捨離をしていたからものが少ない。漫画だとかも全部電子書籍で買っているから少ないし、外出もしないから服も少ない。手伝って貰えば30分で終わることを告げれば、風見さんは段ボールを組み立て始める。

「ちなみに、これは私の独断です。あの人の目が覚めるまで、なまえさんには会わせません」
「へ…?」
「見方によってはこれも私の我儘です。ですが、このままなまえさんをここにいさせるわけにもいきません」

レンズ越しに風見さんと目が合う。決意の固い瞳はしっかりと私を見つめていた。いさせるわけにはいかない、それは零さんへの怒りというよりは、私への心配が詰まったような声色に聞こえた。
でも、と迷っている私に組み立て終えた段ボールを渡される。

「このままでいいんですか?」
「それは……でも、私…」
「このままではお互いが駄目になります。一度、私に託してください。やはりここがいいと思えば、すぐに帰しますから」
「………わかり、ました」

確かに、このままでいるのはよくない。零さんが一番安心する方法を取りたいのだけれど、その一番安心する軟禁の状態を選んでも彼はいつも私のことで不安になったり、情緒不安定になったりする。結果、足枷に繋がったわけだ。
アニメやゲームならば許される展開かもしれないけれど、現実的に考えて双方によくはないだろう。託してほしいというまっすぐな風見さんの瞳に、小さく頷いた。

40秒で支度しろとかじゃなくてよかった。

「それから、スマホを少し貸してください。貴方のスマホには盗聴アプリと位置特定アプリが入っているので」
「初耳なんですが?」













「前の場所ほど広くはありませんが…今日からここに住んでください。よほど遠くに行くのではなく近所に出かける程度でしたら報告は不要です。毎日20時に電話をします。何か必要なものがあれば用意するので、なんでもおっしゃってください」
「あ、ありがとうございます…?」

連れてこられた部屋はセキュリティはきちんと整っていて、一人暮らし用の10畳ほどの部屋だった。白いローテーブルに私の部屋にあったような白い棚。…私の趣味に合わせてくれたんだなぁ。
連絡は必要だけれど、零さんほどの報告義務もなく近所への外出は自由だ。

運ばれた荷物の開封も風見さんは手伝ってくれて、終わった後仕事があるとのことで申し訳なさそうに去っていった。仕事がなければまだ一緒にいてくれていたのだろう。
新しい環境に少しドキドキしつつ、冷蔵庫には風見さんが言ったとおり一通りの食材があった。明日にもまた来てくれるらしいので、必要な食材があったらお願いをすればいいのだろうか。…あ、でも近所にスーパーがあれば勝手にでかけていいんだっけ。
慣れないなぁ…

きちんとテレビも設置してくれた風見さんに頭が上がらない。
リモコンを持ち上げてテレビをつければ、ニュース番組が画面に映る。人の声、BGM、音が空間に響き始めたことに少しだけほっと息を吐く。

そして、ローテーブルに置かれた紙を持ち上げ、ふわふわのソファに腰をおろした。

風見さんのいない間にやってほしいと言われた”宿題”
達筆な字で書かれた言葉に眉を寄せる。

・この先やりたいこと
・一つだけ何でも願いが叶うなら何を願うか

よく考えて書いてくださいと言われたこの質問に、ううんと声をもらした。

この先やりたいこと、なんて思いつかない。零さんが無事に生きていてくれることが私の望みだ。そのためならなんでも捨てられた。文字通り、捨ててきたけれど。
やりたいことの欄を飛ばし、次の項目に目を落とす。何でも、何でも………何でも、かぁ。

「……ひろにい」

本当に何でも願いが叶うなら、ひろにいに逢いたいよ。











2020/11/14