※救済夢です。





宿題は、どうしてもこの先やりたいことの欄を埋められなかった。謝りながら紙を渡せば、どれかを見て少し悲しそうにした後、期限はないのでゆっくり考えてくださいと紙を優しく返された。

私に転生主人公みたいにチート能力があれば、零さんと一緒に戦うだとか同じ職について手助けをするという選択肢があったのだけれど。生憎チートとは正反対な身体能力と頭脳しかない。兄達が優秀すぎて妹の私に能力がいかなかったんだと思う。うん。優秀な兄をこの世に産み落としてくれてありがとう神様。

零さんを直接的に助けられない。ある程度家事はやっているし食事を作ったりもしてはいるけれど、そもそも毎日帰らない零さんの助けにはならない。せめて心配させないようにとこれまでやってきたけれど、どうやっても零さんが私に関しての心配が消えることはなかった。もう、お手上げだ。やりたいことと言われても、思いつかない。



紙とにらめっこをしながら一日を過ごして数日後、今から零さんが来ると風見さんから電話が来た。突然のことで身構える心の余裕もなく、混乱して一先ず紅茶の用意をしたところでガチャリと解錠しドアが開く。入ってきた風見さんの後ろに立つ零さんの姿に息が止まった。

「れ、零さんその顔…!」
「……なまえ」

左頬に薄くアザができている。慌ててソファから立ち上がり駆け寄ると、壊れ物に触るかのようにそっと零さんが私の頬に指を滑らせた。

「…風見から、いろいろ聞いたよ」
「えっと…」

風見さんからどこまで伝わっているんだろう。私、変なことを言っていないだろうか。話を逸らすように、零さんの頬のことを指摘すれば、笑って風見に殴られたと言った。え……風見さん…?

「なまえはこんなに、俺を想って…何もかも捨てたのに、俺は……」
「…零さん」
「…足枷は、やりすぎたとは思ってる。監禁も……頭ではわかっているんだ」

少ししゃがんだ零さんは、私の背に腕を回し、強く抱きしめた。ぎゅう、と力がこもり、零さんの声が少し震える。

「お前が生きてさえいてくれればいい。そのためにやってきたことは後悔していない」
「零さん、は…」
「ん?」
「零さんは、私を閉じ込めても…安心できていませんでした」

胸板をやんわり押すと、名残惜しそうにゆっくりと離れていく。

「…なまえを自由にしたくとも、出来ない。俺はお前を離してやれない。…だから今日は顔を見に来ただけなんだ」
「零さん…」
「…追い詰めて、ごめん。また来るから」


泣きそうな顔で笑って私の頭を撫でると、零さんはくるりとこちらに背を向ける。そして何も言わずに玄関へと向かっていくその背中に慌てて彼の名を呼ぶけれど、ぴたりと止まって、ごめんと小さく言うとそのまま去っていってしまった。

呆然と玄関のドアを見つめる私の肩に優しく手を置いた風見さんは、すみませんと私に謝った。

「本当は、前の状態のまま降谷さんの過剰な拘束がなくなって貴方が自由にしようと思っていたのですが……私が考えていた以上に、執着していたようで」
「……風見さんが謝ることじゃないですよ」
「…ですが」
「風見さん、よければ紅茶飲んでいってくれませんか」

できるわけ自然に見えるように笑顔を作り、テーブルに用意したティーセットを指差した。用意してしまったのでと続けて申し訳なさそうに眉を下げれば、風見さんは眉を下げながら口角を上げる。

「……自分でよければ、喜んで」


…まぁ、はいそうですかと手放すような性格じゃないようなぁ、零さんは。
それだったらそもそも監禁なんてしないで私と縁を切ってるだろうし。

ティーカップにそそいだ紅茶に映る私は、酷く情けない顔をしている気がした。











以前より格段に頻度は減ったけれど、元気かどうかだとか、ぽつりぽつりと零さんと連絡を取り合う日々が過ぎていった。私は最近料理に挑戦していて、板挟みになっている風見さんに少しでも栄養のあるものを食べてほしいと思ってスーパーへと向かっていた。まだ練習段階だから出せる状態ではないけれど、ネットで調べた材料のスクショを見返し、ふとスマホから顔を上げた時だった。

ふと、目があった男性。深く帽子を被っていて、ツバが影になって顔が見にくかった。マスクもしていた。真っ黒のパーカーに細身のズボン。不審者としか言いようがない格好だ。けれど、たった一瞬でも見えたその瞳は、ずっとずっと、ずっと焦がれていたものだった。

私と目があったことで、するりと視線を外して路地裏へと踵を返す男性に慌てて走り出す。角を曲がり、慌てて男性の服の裾を掴んで、泣きそうな声色で名前を呼んだ。

「ひろにい!」

じわりじわり、涙が滲んでいく。慌てて走ったせいで少し息が切れた。

カタカタと男性の服を掴む手が震える。ぽろり、質量に耐えきれず瞳から涙がこぼれた。

「…なまえ」
「ひろ、に……」

困ったような、けれど泣きそうなひろにいが振り返る。声も、姿も、ずっとずっと逢いたかったひろにいのものだった。髪の色が変わっているけれど、変わらない。私の大好きなひろにいだ。思わず抱きついた私の背に、しっかりと腕を回して抱きしめてくれて、また涙がこぼれる。

夢を見ているのだろうか。

顔を上げて見上げれば、ひろにいも目尻に涙を溜めて私を見つめていた。私と同じ瞳の色。大好きなひろにいの目に私の泣き顔が映る。

「ずっと、ずっと逢いたかったよ、なまえ…」

優しく、柔らかく、指先にたっぷりの愛を詰めて私の頭を撫で、掻き抱くように力を込めて腕の中に閉じ込められる。ふわりと香ったひろにいのにおいは、前と少し変わったところはあれど、変わらないひろにいのにおいだった。

帽子が落ちそうなくらい強く私を抱きしめるひろにいの背から、こつこつと足音が響き、思わず目を向けた。そこには、メガネに明るい髪色で、細目の男性が立っていた。誰だろう、と首を傾げた私はひろにいの服を掴んだ。

「感動の再会なところすまないが、念の為話をするなら車内にしてもらえるか」
「ああ…すまない」
「……知り合い?」

ひろにいがふわりと笑って、また私の頭を撫でる。


「命の恩人だよ」








2020/11/15