ひろにいと、これから一緒にいられることになった。

ついでのように赤井さんは、私のつけている指輪には発信器がついていると爆弾発言をして、混乱する私をよそになにかの機械を近づけて発信器の機能を壊したようだった。FBIがわからない。私、スマホも盗聴と発信器がつけられていて、指輪にもつけられていたの?零さんやりすぎだよ。


とてもお世話になった風見さんには電話で、兄が迎えに来ていて、これから兄と一緒に暮らすという旨を話した。風見さんは恐らく一番上の兄を思い浮かべたのだろう。すんなり了承し、挨拶がしたいところだけれど今やっている仕事から手が離せないらしい。風見さんには悪いけどいいタイミングだった。零さんには少し日にちを置いてから伝えてほしいと告げ、また定期的にメールで連絡することを約束に通話は終わった。

赤井さんの車で私の住んでいるマンションまで行ってもらい、赤井さん監修の元荷物をまとめていく。赤井さん監修なのは、発信器だとか盗聴器がついていないかを見る為だそうだ。そんな日常的に使われるものなの?

風見さんがせっかく用意してくれたのに、一ヶ月も使わなかったなぁ。

まだ片付けず、念の為保管していた段ボールに荷物を詰める。段ボールの荷物は赤井さんの仲間の人が新居に届けてくれるらしい。申し訳ない。
そのためにと赤井さんに鍵を渡した時、離れていく鍵をちらりと見つめる。もう本当に、帰れない。

零さんの家の鍵は持っているから、帰ろうと思えば帰れるのだけれど。この鍵を渡した瞬間、なんとなく気軽に帰ることはできないと感じた。

一泊用の服や化粧水やら大事なものは鞄に詰め、家を出た。一応こっそりと赤井さんの車に乗り、ひろにいと一緒に新居に向かう為に車にキーが差し込まれる。一度だけ振り返ったマンションは変わらずで、迷いから逃げるように私を呼ぶひろにいの元へ駆け出した。













都心からだいぶ離れた県外まで車は走った。セキュリティは万全らしいマンションは、元々ひろにいが一人で住んでいた為リビング以外に一部屋だけしかないらしい。私はあまり気にならないし、できる限りまたひろにいと一緒にいたいと言えば嬉しそうにひろにいは私を抱きしめた。唯一ある部屋は寝室件ひろにいが作業をしたりする時の部屋にすることになり、私はリビングが主な生活場になる。そんな私達の会話を聞いた赤井さんは、少しだけ驚いたような顔をして「…随分仲が良いんだな」と言っていた。
ひろにいと二人で得意げに、そうでしょうと答えたら、おかしそうに赤井さんは笑っていた。

「家具だとか欲しいものがあったらなんでも買うからな、遠慮しないで言うんだよ」
「えっ そ、それはちょっと」

慌てて首を振れば、また遠慮しなくていいからと続けられる。この機会にヒモ生活から脱却したい。
私の様子を見て、少し笑ったひろにいは笑って私の頭を撫でる。強要せず私の意思を尊重してくれているのだとすぐにわかり、頬が緩んだ。

「ゆっくり療養しに来ているのだから、休むことを第一に考えた方がいい。回復してきたら、まずは少しずつ自分のやりたいことを見つけていけばいい」

赤井さんはぽん、と私の頭に手を置いて口角を上げる。背が高くて顔がいいことに今更気づいた。ぽかんと見上げつつ頷けば満足そうに赤井さんも目を細めた。瞬間、バシッと頭の上に乗っていた手が弾かれ、ひろにいのにおいに包まれる。

「俺の妹に気軽に触らないでくれ」
「…やれやれ」

す、すみません…うちの兄が…

苦笑いをしつつ、回った腕に抱きつく。これが兄妹じゃなければ他所でいちゃつけと怒られても仕方ないくらい、私とひろにいはいつもこんな調子だった。零さんは見慣れてるけど、赤井さんは見慣れていないんだろうな。

「何かやりたいことはあるか?」

何もしないと証明するかのようにポケットに手を入れた赤井さんを見上げる。うーん、と風見さんに出された宿題を思い浮かべ、ちらりと部屋の中に目線を向けた。

「…自分でお金を、稼ぎたいです」

ずっとずっと、強制だったとはいえ養われてきた。やっぱり命がけで働く零さんや、今回はひろにいや赤井さんからのお金で私がのうのうと生きていくわけにはいかない。生活費や税金だとか自分の欲しい物を買うお金を稼ぎたい。いや働きたくはないけど、働きたくないけど、人として。

「そうだな…キミの生活を聞いた限り、急に近くの店でのアルバイトは体力的に難しいだろう」
「俺の手伝い…をさせるわけにはいかないからなぁ…」
「……そうだな、なら…」

顎に指を置き考える仕草をした赤井さんのメガネが少し反射で光った。

なんでも、赤井さんは全く別人として普段活動している。その別人が大学院生という設定な為、院の教授の手伝いで簡単な書類作成や資料集めをお願いされているらしい。報酬もきちんと出るらしく、できそうなら赤井さん経由で報酬を渡してくれるとのこと。今度持ってこようと言われ、できるかわからないけどがんばりますと拳を作る。

家にいながらできる仕事が他にもないか調べてみよう。赤井さんやひろにいが時間のある時に、必要があれば専門知識も教えてくれるらしい。頭が上がらない。やっぱり優秀な人はすごい。

「何か他にやりたいことはあるか?」
「…うーん……料理…できるようになりたい…です」
「じゃあ一緒にやろうな、なまえ」
「うん!」

せっかくだから風見さんにと練習していた体にいいご飯をひろにいに食べてもらおう。…練習してたけど、結局風見さんに一度しか食べさせてあげられなかったな。おいしいと言ってたけど本当だろうか。風見さん優しいからまずくてもおいしいって言いそうだし。


ずっと監禁、軟禁状態にあったことで感情のストッパーが勝手にかかってしまっているらしい。自覚はないらしいけれど、赤井さんは今日一日で私をそう判断したようだった。そして、ひろにいは言葉にはしないけれど、ゆっくり休もうと私の頭を撫でる。
なんだか零さんが悪者みたい、別に嫌なことはされていないんだけどな。そもそも人を拘束するのがだめなんだっけ。う〜ん、わからない。黙っておこう。

赤井さんは私の荷物のことや、他にやることがあるらしく一言二言告げた後出ていってしまった。

何か食べたいものはあるか、と笑うひろにいに手を伸ばし、ぎゅうと手を握った。

一人の家じゃない。ひろにいがいる。
今までずっと太陽を失っていたかのように、胸がぽかぽかとして、高揚感に包まれていく。
テレビなんてつけなくても、ひろにいがいる。声がする。音がする。

窓から差し込む光がひろにいを照らし、目を細める。


零さんの言う通り家にいても、零さんは安心できなかった。
零さんを助けることは、私の力ではできない。
きっと、零さんが今関わっていることが終わらない限り、零さんは私への不安がなくならないだろう。
私にできることは何もない。零さんの気持ちが変わらない限り。

本当によかったのかなと思う気持ちとは裏腹に、ひろにいと一緒にいられる嬉しさや幸福感、安心感を逃そうと思えない。白黒世界に色がついたかのような、太陽が戻ってきたかのような心地に胸元で手を握る。



ごめんね、零さん。結局、ひろにいを選ぶ形になっちゃったね。


ここにいてくれと、縋るように私を抱きしめたあの日のことが脳裏をよぎる。ごめんなさい、と心の中で何度も何度も謝った。どうしたら、よかったんだろう。
きっと、零さんの関わっている大きな事件が終われば、またひろにいと私と零さんで、笑い会えるかな。

私よりすごいだろう赤井さんもサポートをすると言っていたし、ひろにいも裏で動いていると言っていた。一般人で何の力を持たない私が零さんを助けることはできない。

悩む私に手を差し伸べるかのように、太陽の光を背にまとったひろにいが私の名前を笑顔で呼んだ。ふにゃりと頬が緩み、ひろにいの元へと歩を進めた。









2020/11/15