プロメアが去ったとはいえ、残された地球はお世辞にも良い状態といえるものではなかった。建物は壊れ、山も変形し、地面が盛り上がる。そんな街の復興へと世界中で準備が進み、バーニッシュへの人体実験が露呈した。クレイに対する処罰の審議や、フリーズフォースの解体や個々への処罰の審議など、文字通り慌ただしくなっている。

マッドバーニッシュであるリオ達も審議中ではあるが、バーニッシュの人権侵害や捕まれば実験施設に閉じ込められていたこと、また地球崩壊を防いだことによる情状酌量がありバーニングレスキューで奉仕活動をすることになった。そこにはデウス博士が置き土産に残したバーニッシュの研究資料によるバーニッシュへの知識の変化や、イグニスにより進言もあり成し得た結果でもある。

法廷や政治など各国の組織はその対応に追われ、一方元バーニッシュである人々は重傷者を特に優先して病院で検査を受けていた。もちろんナマエもその一人で、一通りの検査を終え、ぼんやりと病院の廊下にある大きな窓から外を見下ろす。瓦礫が積まれ、建物の工事や道路の舗装、取り残された人がいないかの救助活動が現在も続いている街は車の音やサイレンの音、工事の音であふれていた。けれど、ナマエにとっては静かな世界だ。炎の、プロメアの声とバーニッシュの感情が聞こえないのだから。

「ナマエ、検査は終わったのか」
「ボス。…はい、一通り」

最終的な結果や検査を踏まえた診断結果を伝えるために、診断室の前の椅子に座っていたナマエの隣にリオは腰掛けた。目の前の部屋の扉の横には液晶画面がとりつけられ、待機中の番号が表示されていた。ナマエの手元にある番号札も、そこにはある。

ぽん、と音がなる。どこかぼんやりとしたナマエがはっと顔を上げ、慌てたように立ち上がる。当然のようにリオも立ち上がると、少しふらついたナマエの腰に手を添えた。首を傾げるナマエに、付き添いだとリオは口角を上げる。リオの検査は既に終わっているのだ。


検査結果は、大きな異常数値はないとのことだった。

だが、栄養失調と若干貧血気味であり、血圧も低いことが気にかかると医者は続ける。あくまで簡易的な検査であり、本来なら念の為精密検査を受けたほうがいいのだが、この世界的混乱でそのような空きがない。また、検査中の様子を看護師越しに聞く限り、とても体が弱っているから無理をしないこと。恐らく元々体が弱いとの見解。バーニッシュではなくなったとはいえ、体質の変化や小さな体の変化があるかもしれないと医者はリオにも伝えるかのように告げた。
どこか他人事のような心地のナマエは形だけ頷き、リオは眉を寄せしっかりと頷いた。

お大事に、と医者がカルテに何かを書きながら検査は終わった。


大きな病気や欠損もなく、今生きていることが奇跡であると、重々理解している。

一先ず地球崩壊阻止と、マッドバーニッシュである彼らの歓迎会が今日事務所内で開かれるのだ。こんな状態でやっている店は少ないはずだが、こんな時だからこそといくつか開業している店舗もあるらしい。行こうか、と差し出したリオの手に、未だどこかぼんやりとしたナマエの手が重ねられる。

炎の声は、ずっと聞こえない。




▼△




歓迎兼打ち上げ会が終わり、一先ずリオとナマエ、ゲーラとメイスはバーニングレスキューの宿舎に泊まることとなった。だが、この災害で半壊していたり、部屋の中が散乱しているらしい。家はあれど帰れなくなったも泊まるようで、部屋が限られる。

それを説明するアイナの声に耳を傾けながら、ゲーラとメイスが同室ということだけは頭に入れたナマエ。魂が抜けたかのようにずっとぼんやりとしているナマエを、リオだけでなくゲーラにメイス、ガロ達も心配しているが災害直後の為様子を見ることにしたようだった。

これだけ人がいるのに、声が聞こえない。うるさくない。負の感情も伝わってこない。炎の声も、もちろん聞こえない。

ーーーー人が何を考えているのかわからない。

血の気が引き、ひゅっと息が止まったナマエに、リオが声をかけた。顔色の悪いナマエの様子に眉をしかめ、大丈夫かと身を屈める。取り繕うようにふんわりと笑い、頷くナマエに納得はできないものの話しかけた目的の話をすることにしたようだ。

「その箱の中に支給された生活用品がある。必要なものを持って、先に部屋に行っていてくれ」
「わ、かりました」

手のひらに握らされた鍵をぽかんと見つめる。続けて部屋の番号を伝えられ、頷く。ゲーラとメイスだけでなくガロやアイナ達も何やら話し合いをしているようだった。自分の体調が悪そうだと思って先に休ませることにしたのだろうか、と考えながら支給用品からいくつか手に取り、その場を後にする。

建物自体は比較的綺麗なままで、静かな廊下に自身の足音が響いていった。コツ、と足音が止まり、ナマエは記憶にある部屋の番号と見上げた部屋の番号を照らし合わせる。そして、そっと渡された鍵を差し込めば、がちゃりと音を立てて解錠された。
おそるおそるドアノブを回せば、丁番の軋む音と共にドアが開き、暗い室内に思わず目を細める。手探りで部屋のスイッチを探し電気をつければ、ホテルのように最低限の家具があることを視認した。

一先ず手にある荷物を落ち着けようと、部屋にあるテーブルにそれらを置き並べる。どこに収納しようかと思考し、ふと目に入った冷蔵庫を開けた。中には何も入っておらず、冷蔵庫の後ろを見れば電源コードが壁から外されていた。食べ物をここで保管することになるのかわからない上、電気代やそもそもの宿代をどうするのか聞いていない。どうしよう、と立ち尽くしていると、ドアノックの音にはっとする。
返事をする前にドアが開かれ、慌てて振り返るとナマエと同じ用に支給用品を手にもったリオがいた。後ろ手にドアを閉めると、片手でガチャリとドアの鍵を閉めた。てっきり一人部屋だと思っていたナマエは首を傾げていると、考えていることが伝わったのか、リオはテーブルに支給用品を並べながら「ああ、」と疑問に答えた。

「僕とナマエが同室なんだ」
「そ、そうなんですか」
「…本来男女で同室にすべきではないけど、ナマエが心配だったんだ」

嫌だったか、と聞かれ慌てて首を振るナマエにくすりとリオは笑う。コツリ、靴音を響かせナマエの元へ歩を進めたリオは蜜を垂らしたような、ありったけの甘いものを煮詰めたような瞳でナマエを見下ろし、頭に手を滑らせる。

「で、でも…私、もう、声も出ます。体調も…悪くなりません」
「……それでも、心配なんだ」

するり、リオの指先がナマエの髪を掬うように滑らせる。愛おしげに指を滑らせるリオに、疑問符を浮かべてばかりのナマエ。リオ自身が心配だから我儘を通したのだという体で話すが、ナマエはそれが理解できず混乱していく。

何故なら、もう自身は特殊能力のあるバーニッシュではない。

炎の声が聞こえない、プロメアのいなくなった世界で、ただの人間になったのだ。
リオが自分を守る必要は、なくなったのだ。







2020/11/15