ベッドが一つしかなく、同じベッドで床につき一夜が明けた。


バーニングレスキューの仕事を一先ず四人は手伝うことになった。
もうバーニングレスキューではないが、炎なくともこの街の救助活動組織として当面の間は活動することとなっている。そのためまずは体力測定を行うことになり、課されたメニューにナマエは顔色を変える。

平均以上の優秀な成績を収めるリオ、ゲーラ、メイス。反対に平均以下な数値な上に息切れをし、挙げ句体調不良で倒れかけたナマエは待機室にあるベッドで横になっていた。
もちろんこうなりそうだとアイナ達も理解していたらしく、真っ青なナマエの頭をアイナは優しく撫でる。やっぱり止めておけばよかったかなと思いつつ、一応はどれだけの体力があるかは測る必要があった。うわ言のように、ごめんなさい、と謝るナマエを見てアイナが眉を下げ、泣きそうに顔を歪める。大丈夫だと安心させるように頭を撫でるが、気休めでしかないだろう。

一方ナマエは、体力測定に合格できなかった、ここでは働けない、つまりここにはいられないとじわりと涙をにじませる。焦燥感に駆られ、せめて最後まで体力測定を受ければと思うが、貧血を起こし、吐き気が消えない体では無理だろう。焦りでどんどん頭が真っ白になっていった時、ふとナマエの伏せるベッドに影ができる。

「これでは現場仕事は難しいな」
「…っ」
「文字は読めるか?」
「え……は、はい」

はっきりと責任者であるイグニスに難しいと言われ、ドクリと心臓が音を立てる。だが、次に続いたイグニスの言葉に混乱しながら頷くと、イグニスは満足そうに頷いた。そして、書類の整理や処理を手伝ってほしいと告げられ、ぽかんと口が開いてしまう。そんなナマエを見下ろしたまま、無理はするなと頭をぽんぽんと撫でると、イグニスはまた体力測定をやっている彼らの元へ戻っていった。

「…バーニッシュじゃなくなっても、体調悪そうだね」
「……すみません」
「あっ責めるつもりで言ったんじゃないの!多分ナマエは覚えてないけど、ゼウス博士…えっと、別の所で一度会った時も体調悪そうだったから…バーニッシュの体質がなくなっても、辛そうで…」

私が代わってあげられたらいいんだけど、とまるで自分のことのように辛そうにナマエを見つめるアイナに、きょとりとナマエは彼女を見つめる。そして、ぎぃと音を立てながら椅子を滑らせこちらにやってきたルチアは「調子どお?」と飴を食べながら問い、ナマエの顔色を見た後「うーん、」と顔をしかめた。

「本来は入院した方がいいんだろうけど、負傷者で病院いっぱいなんだっけ?」
「そうなの…栄養剤は支給されたけど、それだけじゃあ…」
「お昼も戻してたしねぇ」

よしよし、と言いながらルチアはナマエの頭を撫でた。申し訳無さそうに眉を下げたナマエは、目眩でぐるりと回った視界に目を瞑る。

お金もない。家族もいない。
まともに、働くことができない。

身体能力のあるリオ達と違う自分は、緊急事態に駆けつけて活動する仕事の足手まといになる。イグニスは自分を気遣って書類仕事を回してくれるようだが、こういったものはバーニングレスキューを取りまとめる組織の事務が行うはずだ。本当に必要なら自分に回される前に事務の一人くらいこの場にいるだろう。

ここでもやっぱり役立たずだ。
少しでも体調が戻ったら、一人で生きていかなきゃ。でも、そうまでしてどうして生きなきゃいけないんだろう。

じわり、涙が滲み慌ててかけられたブランケットをたぐりよせ、目を瞑った。





▼△



「じゃあ、一応形式的に書かなきゃいけないから書いてね〜」

だいぶ体調も回復した夕方頃、形式的に書いてほしいと雇用に関する契約書を手渡される。
きちんと働けない、ここで働く能力もない。ここをすぐにでも出て一人で生きていくための就職先を探した方がいいと考えていた故に、目の前の契約書の名を書くのをためらってしまった。書類を見下ろし、固まるナマエに首を傾げたアイナは「何かわからないところあった?」と声をかける。
デウス博士の地下研究所で見た時、そして今日と体調を崩しているナマエが人一倍心配なようで、アイナは書類を覗き込んだ。リオ達に渡したものと全く同じ書類だ。強いて言うなら仕事内容が違うだけだ。ナマエは慌てて取り繕うために口を開いた。

「え、えっと…私、名字がないので…名前だけでもいいのかなぁって」
「?じゃあ僕の名字を書けばいい」

隣で書類にペンを走らせていたリオがペンを止め、ナマエを見つめる。ぎょっとしたナマエは慌てて首を横に振るが、リオは不思議そうに首を傾げるばかりだ。それどころか、少し楽しそうに笑った後、綴はこれだと自身の書類に書かれた名前を見えるように近づけた。アイナはその様子に何かを悟ったのか、にやにやと笑みを深める。

「へ〜?解決してよかったね、ナマエ」
「え、えと、あの…そういうわけには…」
「遠慮しなくていいよ」

頬杖をついてこちらを見つめるリオは書類の記入が終わった為か、ナマエが書類を書き終えるのを見ながら待つことにしたようだった。顔をほんのり赤くしてぷるぷると首を振るナマエは、名字は書かずに自身の名前だけを記入した。

「ん?じゃあ俺の名字でも書くか?」
「バカ、ガロ!空気読みなさいよ」
「だ、大丈夫です…」

ことりとペンを置き、書類を書き終えたナマエは居心地が悪そうに目線を落とす。
リオは人差し指をナマエの書類の名前欄に、こつこつと指差すように示した。頬杖をついたままナマエを見つめると、少し意地悪な顔をする。

「書かないのか?」
「あ、う……」

顔が熱くなり、今度は恥ずかしそうに目線を逸らし、服を握りしめる。そんな二人の様子にルチアは「代筆は禁止だからねー」と釘を刺すと、小さく舌打ちをした。リオが舌打ちをしたことに驚いて顔をあげれば、にやにやとしたゲーラとメイスと目が合い、また視線を落とした。






2020/11/15